石田は、それを生理的なものだと言った。つまりはくしゃみやあくびと同じで、
何の欲求も自覚もなく、気付けば口からこぼれ出てしまうのだと。
「大丈夫、どこも痛くはないんだ」
だいじょうぶ。いつだって彼は呟いて――
小さい背を折り曲げて咳き込んでは、握り拳ほどの血の塊を吐き出すことを繰り返している。
「触らないでね? 汚れちゃうから」
それが治まった石田は、もう普段と何も変わらなくなる。手のひらで受け損ねた
それに染まったシーツや飛沫の落ちた床、そういうものの清掃に取りかかるのだ。
「これで拭けばいいか」
机から俺が書き損じた羊皮紙をつまみあげて早速拭き掃除を始める石田。
裁縫であまった布切れがあれば、それを使うこともある。
彼は、自分のために何か新しいものが消費される事を嫌がっているようだった。
それは俺から血を獲るのでも同じことで、本当に、歩くとか喋るとか日常生活のための
最低限しか喰っていない。俺に消費される時は、ひどく嬉しそうな顔をするくせに。
いつか、底無しの赤と一緒に彼が吐いた言葉。
『くしゃみとかあくびみたいなものだよ』。だから何の意味もないんだ。………本当に?
くしゃみは身体に不必要なものを排除する行為で、あくびは酸素を摂取しようとする行為で。
それらは結局、自身を護り保とうとする無自覚の欲求だ。
――もしも彼の場合、欲求が引き起こす吐血だとしたら。
『触らないでね? 汚れちゃうから』
さわらないでね。さわらないで。ぼくにさわるな。
彼が拒んで求めるのは、廃棄物でも酸素でもない別のなにか。吐き出す赤に潜む意味。石田はその
身体を、何から護ろうとしているのだろう。石田はその身体に何を取り込もうとしているのだろう。
「ほら、こんな綺麗になった」
血を吸ってぼろぼろになった紙切れを見て。
最初から何も汚されてなんてないように、石田は満足げに笑っていた。