献血手帳

×月××日
体温/三十二度一分、睡眠/十八時間、食事/間接摂取
備考/活動的でない。眠りは浅く断続的で、行動も鈍い。
――石田が、俺から直接『食事』を摂らなくなって、もう七日目になる。
 
 
天窓から入るほのかな月明かりが、
床に乱雑に転がる硝子の瓶を淡く照らす。赤褐色の粘液がこびりついた瓶は、どれも空っぽだ。

「石田。ちょっといいか?」

万年筆を置いて、しおり紐を挟んでから手帳をとじる。呼べば反応を示す細い背骨。
それまでベッドに沈んでいた痩身は、そうして、のろのろと起き上がった。
横になっていたためにわずかに乱れた黒髪を、彼は気怠げにかきあげる。

「……お医者さんごっこなら、もう飽きたんだけど」

石田は静かに笑っていた。笑った顔のまま、俺の手から手帳を引ったくって――
石田は、それを噛みちぎる。ぐちゃぐちゃと音を立てて、がつがつと歯を立てて。
何も敷かないつめたい床に、白い紙片がまい落ちる。

「……文字に、しないで。」

石田は静かに笑っていた。

「……記録に、しないで。」

石田は、静かに、静かに、

「君が覚えててよ」

静かに、血の色をした涙をこぼす。石田を覚えている事は出来ても、記録をやめる事は出来ない。
俺は石田が言いつける事なら、何にだってうなずく自信はあるけれど。

「……それだけは、聞く訳にはいかねえ。」

ほとんど色のない頬をつたう滴が、いっそう大きく赤くなった。

毎日、毎日、一日だって欠かさず俺は手帳に書き込む。全ては石田のため。
石田を管理するのは俺の役目。医者の真似事だと言われようと何だろうと、
少しでも知識があるのなら石田のために使うべきだ。
観察、記録、それによる把握。変わらない日常の中で、変わるものを見逃さないように。
人生の中で初めて触れる、他者から血を獲て生き永らえるという存在を、失わないように。

――泣かないでくれと言ったら、お前はまた泣いてしまうか?
かろうじて形を残した手帳の背表紙からはみ出す赤い紐は、彼がこぼす止め処ないそれに似ていた。