刻々と、明度を下げていく黄昏の空。花舞う昼とはうって変わって、
冷えた空気が辺りに満ちていく頃。そろそろ帰り時だ、と俺は思った。
包丁を握る。それは日常茶飯事の作業。とんとんと葉を刻みながら、包丁を持つのと反対の手は
脇によけた水桶の中へ。水中から血の色をした小さな実をつまみあげると、透ける水滴が落ちた。
裏庭の固い土を無理矢理耕して作った畑でも、そこそこの実りはある。
水をまけばその分吸収するし、種子だって運がよければ五つに一つは芽を出してくれる。
わずかながら緑あるそこは、自分たちの食卓を満たすには充分だった。
白かぶと野草の煮込んだもの、山鳥の干し肉、庭で花をつけていた真っ赤な木苺。それらを
石田の分と俺の分に等しく分け、器に盛り、卓上に並べる。向かい合わせ、左右対称にして。
「なあ、飯出来たぞ」
「ん……分かった」
居間へ声をかけると、もうふた月ほど火をいれてない暖炉の前で寝そべっていた石田から、
眠たげな返事が返ってくる。睡眠時間は普段通りだけど、それで起きている間の調子も普段と同じ
とは限らない。俺からしか血を獲ない彼の体調が、俺の血液の状態に左右されるのは当然の話だ。
「いただきます。」
食卓に向かい合って座り、きちんと手を合わせてから始める。いまだにぼんやりとしている
石田に構わず、俺は硬い肉の咀嚼に専念する。食事時の会話なんて一つしか話題がなくて、
それを避けたかったからだ。まあ、俺から話をしなければ、それは常に成功するのだが。
皮肉な事に、毎度それをふっかけるのは石田の方なのだ。
「ね、もう何回も言ったけど……僕のぶんは作らなくていいから。」
噛みかけのそれが軟らかくなる前に、一言。
ため息をつこうにも口の中はいっぱいで、それを水ごと強引に流し込んでから俺は言った。
「……何回も言わせんな。食えるんだからいいだろ」
「だって僕は――君の血でないと、食べても意味が無いのに、」
「命令しなきゃ分かんねえか? お前は俺と同じの食ってりゃ良いそれだけだ」
吐き出した言葉は、知らず強い口調になる。
石田が黙り込み、待ち望んでいたはずの静寂に俺はひどく後悔した。
事実石田の言う通りだ。吸血種でない者の血を吸い、その成分を動力として生きる彼にこんな
『食事』は意味がない。それが『血液』という形をとらない限り、栄養として吸収されないのだ。
俺は、その事が嫌で嫌でたまらなかった。自分たちの間には、血を介した繋がりしか
望めないだろうかと。俺は石田と共有したい。全ての時間を、全ての経験を、等しく重ねたい。
(俺が血を捧げるのは、石田の一部になりたいから。
搾取されて吸収されて、石田の中に俺が息づいている事を感じたいから。)
血液も食事も、同じように分け合いたいと思うのは、そんなにいけない事か。
石田が、ゆっくりとした動きで皿に手を伸ばす。いつもと同じだ。何も変わらない。
石田が、熟れた木苺を口に運ぶ。いつも同じだ。血の色をしたそれを。
欠陥品のような、ぎこちない動きで。見ていられなくなって、俺は窓の向こうに目をやる。
燃えるほどの黄昏は去り、ちょうど夜が始まろうとしていた。