カミカゼロック

刻阪が抱えて吹く幼子ほどの大きさもあるバリトンサックスを見て、
「兵器みたいだ」と何気なく思った日の夜、本当にそうなった夢を見た。

火器などヌルいと構えた楽器が、吹かす神風の雄々しさや。
大胆不敵な宣戦布告、海の向こうの大国に攻め込まれるのも秒読みかというこの乱世――
先陣を切るその兵士の優れた戦績は、成り上がったばかりの新米指揮官たるオレの耳にも入っていた。
ひとたび出陣し、その大いなる楽器でたった一曲吹き鳴らすだけで、敵を無血撤退させるのだとか。
彼の魔の手にかかったおかげで、入念に侵略を企てておきながら、戦意喪失した国も数知れず。

なるほど、今までの指揮官が自信満々に、手厚く彼を最前線に送り続けるのももっともだ。
積まれた報告書をつまみあげながら頷く、しかしそんなオレにも、分からないことが一つあった。
それは軍のトップ・シークレット、指揮官と、心を開かない兵士の間でだけ交わされる内緒話。

「この先も僕を戦わせることと、貴官の退陣。それさえ約束して頂ければ、他に褒章はいりません。」

……国を守ったあかつきに、彼は必ず指揮官の交代を要求するのだそうだ。
理由を聞き出せた者も、ましてや肝心の「音」を聞いた者もいない。が、戦果は絶対だ。
一兵卒から上層部まで、楽器一本を背負って相手国との交渉に赴く後ろ姿までしか知らない。
ゆえに彼の音楽に酔いしれることが出来るのは、今や相対した敵のみ、というわけで。

「……やたら指揮官がころころ変わんなと思ってたら、そういうことか」

そんな秘匿事項を、伝言ゲームさながらに前任者から伝えられたのが一昨日のこと。
引き継ぎでばたばたしつつ案内された机は未だに散らかり放題、頬杖を突くスペースさえない。
掃除も行き届かないせいで、部屋に舞う細かなほこりが、窓からの日差しに照らされていた。
点けっぱなしのラジオからは、聞き飽きた軍歌や行進曲が流れている。
それにしてもおかしな話だ、戦争はすべて彼が回避しているのに、この国は狙われ続けている。

狙われているのは――誰だ?

「……学校、行きてェなァ。部活も、決めてたのに。」

頭の後ろで手を組みひとりごちたら、くたびれた軍服にいっそう皺がよる。
入隊して三年、引っ切り無しに開戦と終戦を繰り返すしっちゃかめっちゃかな状況にはまだ慣れないが、
刻阪と話をつけるためだけに、ここまでのし上がれただけで御の字だろう。

そもそも、楽器を吹いて人を動かすなんて能力があることは、全然知らなかったのだ。
純粋に彼の音楽が好きだったから――目に見える綺麗な心についても、黙っていたのに。
それでも罪悪感が堪えて、ついに打ち明けようと決心した朝、彼は赤紙を握ってた。

以来、彼を追いかけて力を尽くしてきた日々を、噛みしめるように思い出す。
まったく、どちらがターゲットなのだ?
人の心を動かす力と、人の心を見透かす力、侵略戦争を建前に、オレ達は世界から狙われているらしい。
この地位に就いた日に隣国との会談で『見』た心から、ようやく真実を察せたのはいいものの。

「……刻阪と、学校行って、部活して、音楽して。声、聞きてェ……」

指揮官と打ち解けないことで秘密を守り、国を守り続けた彼を、もう独りでは行かせない。
なにせオレは指揮官なのだ、部下を守るのは、譲れない大事な役目だ。
「見」たくなくて閉じこもっていた自分の不安を、かつて鮮やかに吹き飛ばしてくれた友達のために。

かすかに聞こえた足音に椅子を立ち、窓を開けて空気を入れ替える。
ざらつく電波のノイズは外に抜けて、息吹のような一陣の神風。士気を上げる歌は嫌いじゃないけど、
海の向こうの詞のないスウィングも聞きたくなった。戦争が終われば、それもまた。

「――失礼します。」

打楽器のように軽やかに響く、ノックの音がもう懐かしい。
音楽も聞かせてもらうことと、真実を打ち明けること。それから久しぶりに、目を見て仲良く話をすること。
指揮官になったからこそやれることは、もう目の前に山積みだった。