公式1日1枚絵より⑤(10.29-11.5/12.7/2015.1.28)

題名を押すと各話に飛べます。
10.29赤目ウサギと泣きっ面幼稚園演奏会の刻神
10.30He Bit Cake!刻神。未来のモブの話
10.31腕組メガミー天籟フェスでの花澄と谺
11.1風邪をひいたら天籟フェスでの奏←音
11.2It’s a SOUL world♪小人化?した部内。ファンタジー
11.3ぼくの片腕前半神峰視点、後半刻阪視点
11.4検算!奇数戦隊ナナレンジャー幼稚園演奏会に臨む刻神+部長
11.5良い子悪い子普通の子佳苗+智香と、ナンパ二人組
12.7ネガチェイル・チャラガールズ佳苗+智香。元ネタは2NE1のI AM THE BEST
1.28屈折男子パーカスのメガネ男子と棟梁

 

 
赤目ウサギと泣きっ面

全曲完奏のハッピーエンド、舌足らずなアンコールも聞こえ始める演奏会のラストにそのハプニングは起こった。
耳から前足から指揮棒までうさぎデザインの神峰のひと声で、うずうずしていた子ども達が
一気にステージに駆け寄ってしまったのだ。悪気はなくとも子どものことだ、自分よりずっと背の高い位置に注目すれば、
きちんと列をなす余裕はない。案の定、先生が止める前にひとりが派手に転んでしまった。

「うわ、いい子だから泣くな、な! ほらだっこするぞー、高いたかーい!」

どぎゃっと泣き出したその子を、神峰はもふもふの前足で慌てて抱き上げる。これも子ども慣れというか、
心慣れからして現在進行形で頑張っている彼への試練だろうか……?やむをえず他の子を僕達演奏メンバーが任される中、
上ずる声でなんとか泣き止ませようとあやすアクションは、見ていてとてもほほ笑ましい。
しかし変顔で笑わせようとする神峰に、一瞬、何か別のとまどいが浮かぶのを僕は見逃さなかった。

「……『うさぎさん』!」

神峰の耳付き帽子にとっさに手を伸ばし、上からぎゅっと押さえてムリヤリ目深にかぶらせる。
急に前が見えなくなってわたわたしている彼の手を取り、横から支えるように一緒に子どもを抱えた。
ただし二人がかりで勢い余ると怖いだろうから、高さはちょっとおさえるよう、強張る神峰の肩にも手を添えて。

「ほら。いたいのいたいの、とんでけ――大丈夫だから、泣かないで!」

宙ぶらりんに浮いた足の、ほんのり腫れた膝を優しくさする。
そのまま何度か高い高い、泣きべそをかく頬をやわらかく拭ってやったら、決めてはやっぱり音楽だ。
今日やった中でウケの良かった曲をハミングすると、子どももだんだんと落ち着いて機嫌をよくしてきた。
下ろして手を放した時にはもうにこにこ顔で、他の子がずるいー、いいなー、と転んだことをうらやむ始末。
そうして早速次は誰だ、胴上げの順番待ちを始める子達を、奏馬部長、打樋先輩と手分けして引き受ける。

「悪ィ、刻阪。助かった……」

深くかぶった帽子の下から、詫びる鳴き声には返事しない。まるまる尻尾、その代わりにぽふんと叩きつつ。

その日の帰り、神峰から改めて「泣き止ませた」ことへの礼をしおらしく言われた。
やはり僕の目は間違っていなかった――
あの時、転んで泣き出した子ども心につられて、自身まで泣きそうになったのだという。

「人自体避けてた頃は、はっきり気付きにくかったんだけどさ……。
何つーか、幼ェほど『見』える心のブレも激しいみてェなんだよな」

遊びたいなら一も二もなく駆け出してしまうし、転んだら痛い、泣きたいなら泣きたい。
成長して理性や常識が身につくにつれて抑えられるそのブレを、直球で食らえばひとたまりもないだろう。
子どもはもらい泣きに弱い。ゆえに、神峰の涙を見てさらに不安が伝わってしまうのを避けようと勝手に
目隠ししてしまったが、ひとまず結果オーライのようだ。何はさておき、帽子をかぶっていてよかった。

「神峰が面白い格好しようって言い出してなきゃ、なあ。普通に制服で演奏してたら、アウトだったぞ」
「や、そりゃあ、先輩らも来てくれたから。人数足りなけりゃ、高い高いの順番待ちからしてもうヤベェし」
「うわ、僕とお前とで、あの子ら全員を高い高い……!?腕が上がらなくなりそうだ、合宿の恐怖再来だな」

そんなことにはならないように、今は彼を労おう――
子どもの勢い、後ろからがばっと肩に両手をかけてもふもふ揉んでほぐしてみる。
ウサギの前足には及ばない、ちょっと骨張った貧弱な指先で悪いけれども。
すると神峰はくすぐったいと身をよじらせて、ふいに、横顔に何か別のとまどいを浮かべた。

「あ、暖けェ……? 刻阪? 火でも起こしてんのか?」
「さあねえ。そんなことより前を向いたら、じゃなきゃあの子みたいに転んじゃうよ」

手は離さない。厳しい冬はそこまで来ている、から、二人で暖を取るだけ。

くすぐったさに笑い転げ、目尻に光る涙は今更隠す相手じゃない。痛い痛いはどこかへ飛んでった、気心
知れた相棒との、夕日に照らされる帰り道。長い耳を立てずとも聞こえる距離で、赤い目配せ交わしてみた。

 

 
He Bit Cake!!!It’s Show Turn!!!

『毎日遊ぼう』って約束が守られるかは分からなかったけど、一分一秒でも早く友達と仲直りしたくって。

「ごめんお母さん、おれ、今からひびきんちに遊びいくから!」

学校から帰って早々靴もランドセルも脱ぎ散らかして、おれは外に飛び出した。が、肝心のカードケースを
持っていないのに気がついてまたふりだしに戻る、もどかしくポケットに忘れ物を押し込んで玄関に走れば、
先回りしたお母さんが仁王立ちで立ちはだかっていた。この世の終わりか、いつものんびり気長なお母さん
が、炎系モンスターのようにふうぅっとため息吐いて!……と、思わず身構えたが。

「ほら、忘れ物の、おやつのケーキ。響君と仲良く分けるのよ? 気をつけて入ってらっしゃい、翔太」
「……! ありがと、行ってきます!」

小さな箱を受け取ると、ほっと安どのため息が出た。友達の家までケーキを持たせられたもう一つの理由が
『箱が揺れるほど走って道路に飛び出したりしないように』だったことは神のみぞ知ることだけれど……
まだ温かな焼きたておやつを胸に抱えていると、立ち昇る匂いは甘いのに、飲み込むつばはすっごく苦い。

――昨日、本当にささいなことでヒビキとケンカしてしまった。
今日はうちでやろうと家に呼んでいつものようにお気に入りのカードゲームで遊んでいたところ、
たまたまおれが続けて勝ったのが気に障ったのか、『もうおやつあげないから』なんてすねられたのだ。

「あげねェって、何だよ。おこづかい出し合って一緒に買ったやつじゃねェか」
「ほら、すぐそんな風にいばる。甘いの好きだからって、チョコ菓子ばっかり自分かってに選んで」
「かっても何も、おまえも美味そうに食ってんだろ!
買う時もせんべいとかポテチも一応、見たし……ま、まあ結果的に候補どまりだったかもな。“ダメ金”だ」

……大好きな吹奏楽ゲームの用語でごまかしつつチョコレートをつまむ懲りないおれに、怒り心頭のパンチが
飛んできてからは早かった。外で遊ぶよりゲーム大好きなひ弱な拳からはぽかんと間抜けた音しかしなくて、
それでも初めて叩かれた衝撃にあっけに取られていたら、ヒビキの方がびっくりした顔で立ち尽くしている。

「ッ、ショウタの、バカ! もう遊ばない!」

(「おまえの方が好きなお菓子、喜ぶ顔見て一緒に食べるのも悪くないなって、思ってたのに。」)

ぐさりと心に刺さる、ずっと前に聞いたきりのおれの名前。仲良くなってからは『ショウ』と短く呼んでいた
のに、そんな時間はなかったかのようにふりだしに戻る――帰ってしまう彼を、追いかけられなかった。

「……悪ィこと、したなァ。」

ヒビキの家まで遊びに行くのに、こんなに気が重く感じたことはない。
だけど、今日一日こそこそと顔色をうかがうだけで全然話も出来ないまま、
帰りの会がすんだら逃げるように帰ってしまったあいつとの時間を、どうしても取り戻したいのだ。
今日はお母さんに持たされた甘いお菓子だけれど、明日は、明後日は、辛口なやつもおこづかいで試したり。

勇気を出して、謝れるかな。お守り代わりに持っていく、ハートのレアカードの効果を信じて。
『治癒魔法、ヒールキャッチャーズ!場にあるすべてのカードのHPを初期値まで回復!』

 

 
腕組メガミー

「ケンカはやめなよ~、音楽は楽しまなきゃ~」
「カスミンごめんね、今黙ってて!」
「はぁい、っと」

天籟ウィンドフェスに向けた曲選びのためにパートリーダー達(プラス指揮者志望君)が集まった席で、
わたしは発言早々カリンに叱られてしまった。こちらとしてはごく単純に争いの火種を消して場の仲裁役を
引き受けたかったのだけれど、燃えるように怒る彼女にとっては、むしろ火に油となってしまったようだ。

「ド素人が振るなんてありえない。あたしら来年三年じゃん、最後の夏だし、全国大会行きたいの!」

前半は、音楽室の隅っこで肩身狭そうに縮こまる新入部員への牽制だったが、後半は彼女が常から繰り返す、
もう何度も聞いたフレーズだった。後輩にもそう言い聞かせてパート練習に打ち込む熱心さはいつものこと、
だからわたしも、いつものように……どちらの熱意も、分かってあげられない。
だって皆楽しかったら、ケンカがなかったら、あの指揮者志望の一年生も、誰もイヤな思いをせずに済む。

(学生が指揮を振るなんてイレギュラーは諦めて、普通に、吹奏楽を楽しんでくれるかもしれないのになぁ)

にこにこ笑顔で一歩引いても、砂上に傾いで立っているよな、不安定さが拭えない。
団体競技である以上、一人で勝負に打って出てもすぐに有言実行とはいかない、彼女の今の空回りと。
個人競技だからこれ幸いと、手を抜いて妹を助けた虚言実行の過去の自分。そしてわたしには小難しかった
勧誘で刻阪君が連れてきた、早くも部長とパートリーダーらの見る目を変えつつある異分子の彼。

バラバラの意見はまとまらず、結局集まりはなあなあでお開きになってしまう。
誰が折れれば――誰が枯れれば、丸く収まるのか? 楽をしてるのは、誰なんだ?
導かれるままついてったら、わたしの心は枯れずに済んだけど――代わりに声が、少しかれてた。

(夕子先生、ごめんなさい。)

助手席に座らせたあたしのシートベルトを締めるまでしてくれた先生が、オーディオを切ってから
車を発進させるのを少々もったいなく思う。先生の運転する横に乗るのは当然これが初めてで、
ゆえに彼女セレクトの車内BGMを聞けるいい機会、なんて一瞬期待してしまったのだが。

……あぁ、音楽の溢れる空間から退場して、
本当の自分を見つけた勝負の場を途中で降りて、それでもまだ音楽を聞きたがる、この衝動こそ真実。

いつか燃えるように飛び火したカリンの熱意が、妹の手により煽られ、わたしにもうつってしまったのか。
風邪をひいたら熱が出て、風邪をひいたから頭を冷やせる――わたしはまだまだ吹けなくならない、
一度は倒れてしまったけれど、次はどんなに高く熱い壁でも、きっと吹き越えてゆけるはず。

「―――吹越。すぐ着くからね、安心して」

……そのためにもまずは、きっちり全快、治すところから。
ダッシュボードに据え付けてある砂時計を象った芳香剤ボトルも、風邪っぴきのこんなつまった鼻では、
どんないい匂いがするのかも分からない。それはやっぱりもったいないことだ、とあたしはまた、思ってた。

 

 
風邪をひいたら

学校の枠を超えて同じ志の人間が語らう開放的なムードがそうさせるのか、さほど感じなかった空腹感は、
数々の料理を前にだんだんと湧いてきた。天籟ウィンドフェスの打ち上げパーティー会場に用意された
子どもの好みと大人嗜好の中間くらいのビュッフェ、見回したテーブルにはなんとわんこ蕎麦まであり、
少し離れた所で忙しなくする奏馬へ、オレは無意識に目をやってしまっている。

自分の好物も後回しに、はしゃぐ後輩たちに飲み物や皿を配って世話を焼く自然体に、内心妬けてしまう。
こうなれば彼の世話はオレが焼くかと、彼の分の蕎麦と他の料理を適当に取り分けて戻ったのだが――
背い高のっぽの壁の花、後輩たちを会場に見送った後の彼は、何故だかひどく落ち込んでいた。

オレが黙って椀を押し付けると、彼は礼を述べつつもそもそ蕎麦をすすり、やがて細々と言葉を吐いた。
聞けば、早退してこの会場にはいない吹越の、体調不良に気付けなかったことを悔いているらしい。

「集合した時、オレ、吹越とも二言三言喋ったんだよ。なのに……」
「そんなの、単純に奏馬の前でも演技してたってことだろう? 一人だけ騙された訳じゃない、気にするな」
「いや、騙すも何も、言い方ってものが……」

言い含めようとする奏馬の歯切れが悪い理由が、オレにはとんと分からない。
さっきまでは竹風の部長と浮かれて乾杯などしていたのに(もちろん学生の集いに酒が並ぶはずはない、
あくまで物の例えだが)今や泣き上戸のように、すっかりしおれて項垂れているのだ。まさか誰かさんの
持ち込んだ酒がいつの間にか混ざってしまったんじゃないか。ものは試し、飲みかけグラスの、一口頂戴?

「蕎麦茶だよ。冷えてる」

なるほど、その通りだ。――小麦色のそれを一気に飲み干せば、香ばしい香りが抜けて頭も冷える。
横取りしたグラスを空けてテーブルに置く音さえ小気味よい、彼も目覚めたばかりのような顔でオレを見る。
本当に蕎麦茶だった、これが深酔いする酒なんかじゃなくて良かった、素面でないとこんなことは。

「吹越は、お前を出し抜くのに一番苦労したと思うぞ。いつも部員をよく見ている、部長が相手なら尚更」
「……えぇ……?、つまりオレが目ざといから、逆に気を遣わせたってことか?」
「…………お前にも面倒くさい時ってあるんだな。素だな? オレの前で演技なんか、するなよ」

口早に言い終え給仕を手招き、オレは新しいグラスをもらう。責任感の強い彼がひとりで
周りに目を配って面倒を見る、そんなのを指をくわえて見てるだけだと、なんだか喉までやけてくるのだ。
たまには風邪でも引いて他人に心配させたり、オレにも何か仕事を手伝わせればいいんじゃないか。
……もっとも、何事もないのが一番なのだが。ハードル高き壁の花、勇気を出して誘ったこんな夜。

彼にグラスを渡すついでに自分のを軽く打ち合わせ、さっきしそびれた乾杯のつもり。
風邪を引いても居ないのに感じる熱っぽさと鼓動の速さは、まさか病欠の女子からうつったのだろうか?
とばっちりで彼女がくしゃみをしているとも知らないで、オレ達はひとまず飲み食い、体力を養っておく
この冬は、風邪を引くわけにはいかない。お前に見破られたら、困るから。

 

 
It’s a SOUL world♪

この世界は、たった一枚の紙きれからできている。
そこに流した汗やうたた寝でちょっと滴ったよだれは野山を潤す川や海となり、力任せに消しゴムをかけたしわ寄せは、
何もない地平に険しい峡谷をいくつも生み、羽根ペンから落ちた一滴のインクは、乾燥した砂漠唯一の
オアシスへと変わった。もちろんそれだけだと世界は真っ暗闇だから、デスクライトを灯して朝にし」

――よくあること、書きかけの紙はくしゃっと丸められて、時にはびりびりに引きちぎられて、
宙に投げ出された。不出来な筆書きを丸める手つきが祈りの形に似ているのは偶然だけれど、
そうして生まれた星屑もまた、散らかった宇宙を少し明るくする。

ある朝目を覚ましたら、アルファベットの大文字よりも小さくなっていた――と、刻阪は訴えた。
姿見のなかの「L」にも足りない身の丈を目の当たりにした時、彼が真っ先に案じたのはもちろん愛器のことで。

「こんな身体じゃ、サックスも吹けやしないよ!」

迎えに来たオレ(こっちも「E」によじ登るのが精一杯のサイズダウン)に謎の小型化についてまくしたて、
原因に心当たりがないか尋ね、こちらが首を横に振るなり刻阪はわっと泣き出した。
わりと耐水性のある楽器だから小粒の涙がしみたところで壊れはすまいが、このままでは彼の心が先に壊れてしまいそうだ。
仕方ない。オレは幸運にもふたの開いていたサックスケースから柔らかなスワブを引っ張ってきた、
そしてぐちゃぐちゃの泣き顔を拭いてやると、刻阪はその隅を手繰り寄せてちーんと鼻をかむ。
オレは小さな背中をさすって、ゆっくり落ち着かせながら諭した。

「オレだって、泣きてェんだぞ。こんななりじゃ指揮棒も握れねェ、とりあえず誰かに気付いて貰わなきゃ」
「うん。でも、どーするかなあ……、あ!これだ!」

スワブには、サックスの管内に通して水気を拭けるよう、一つの対角線にそって長い紐が一本縫い付けられて
いる。よいしょこらしょと二人で広げた布地の紐を、指揮棒の先端と真ん中あたりに結び付ければ、
即席・三角旗の出来上がり。これを振ってSOSのサイン、どこかの誰かに届きますように。

「―――め、恵、ずいぶん小さくなったね。……いや、悪口じゃないよ? そんな蔑んだ目で見なくても」
「何よ。小さくなったのはアンタもじゃないっ、忍、バカにしてんの?!」
「誤解だよお!」

平謝りしつつ、ボクは傍らに転がる巨大なクラリネット&バスクラリネットの陰にとっさに逃げ込む。
ただでさえ後輩にも劣る身長が急に文字より小さくなってしまったのだ、
こんなざまでは(S)の下の曲がり角から顔を出すしか芸がない。ああ、ボクって地味でダメなやつ……。
しかし、小さな身体を震わせて抱える頭のてっぺんに、何かが飛んできてぽこんとぶつかる。恐る恐る顔を
上げたら、何百枚という写譜の束を片っ端から丸めて、ちぎって、雪合戦ばりに投げまくる恵が居た。

「勝手にいじけんな、不安なのは、忍一人じゃないのに! あたしのところに、戻って来なさい!」

……ちょっぴり不安のにじむ涙声に、ボクは紙吹雪の中へと身を躍らせる。
小さな世界の小さな血縁、失くさぬように手を伸ばして。

――生命力を感じさせる大泣きで、はっとした時にはすでに遅し。
いきなり身体が小さくなって「どうしよう音羽?!」と振り向いた先には、かすかに彼の面影のある赤毛の赤ん坊と、
見上げるほどの大きさのトランペットが残されていた。いくら自分が将来保育士志望だからって、
訳も分からず小さくなって誰のとも知れぬ赤ん坊を託されたら、こちらが泣きたいくらいだ。

……しかし、野郎二人でおいおい泣いたってどうにかなる訳じゃなし。小さくなったと言っても辛うじて
「日」の上から頭を出せる身長ではあるのだ、オレは赤ん坊を高い高いして、あやしてみることにした。
子守唄はあまり自信がないので、代わりに口笛を吹く。
トランペット吹きの休日……、『親には休日はない』なんてフレーズ、浮かべつつ。

「――ウシャハハハハ! 弦野お前小せェ奴だな!」
「……アンタもじゃねェか」

ぼそっとこぼしたタメ口は聞こえているのかいないのか、降って湧いた小型化に打樋は腹を抱えて転げ回る。
そのたびに足元にある木琴の音板はころんころんと不規則な音を立て、やがて、これだと打樋は膝を打った。

「分担すりゃタップダンスみてェに弾けんじゃねェか、これ。セッションつーか連弾、すっかァ?!」

……こちらはまだ自分の置かれている状況も呑み込めていないと言うのに、
担いだマレットを刀のごとくぶんと突きつけてくる、不敵な宣戦布告に火を点けられた。他の連中が
どうなっているかは知らないが、これが管楽器や弦楽器なら確かに手も足も出なさそうだ。小さくなっても
打楽器なら音楽が出来る、先輩に斬りかかれる願ってもないチャンスに、口角は知らず吊り上っている。

「――わぁ~、小っちゃくなっちゃった! カリンとみやびんも、おそろいだねぇ」
「なにこれ手品?!え、カスミン何かして……今度は何もしてないよね?! ね?!」
「そう言えば『神峰が巨大化すればいい』っていつか言ってたもんね。けどこれ、どうしたものかな」

ごろごろと大きな砂粒を避け、三人で砂漠を行くかしましい旅路。
小さくなってもマイペースなカスミンを問いただす、カリンの髪は焦りで逆立っている。アンテナみたいな
それで助けを呼べないかと冗談半分で黄土色一色の辺りを見回すと、もっと良いものにあたしは気が付けた。

地面に落ちた濃い影を追って頭上高くを見上げると、太陽の光の輪っかの中を、一羽の鳥が大きく旋回していた。
あの鳥をここまで呼び寄せられたら、その背に乗って、広い砂漠をも渡り切れるんじゃないかしら。
空の上からみんなを見つけて助けの手を差し伸べることも夢じゃない――ただの夢なんかにしておかない。
もう一度、みんなで音楽やるためなら。

「ねえ、空の上まで聞こえるように、口笛を吹いてみたら……?」

熱風で乾いた唇に、指をくわえて息を吐く。
親指ほどの大きさになったとしても音は響くと、信じてあたしは息をする。

 

 
ぼくの片腕

腕まくりをして歩くと、剥き出しになった肌で風を感じることが出来る。
そう気づいたのは、近くに人の心あっての暖かさを改めて実感してからだった。
長きに渡って寒い思いをしていた頃のオレでは、長袖をまくり上げることなんか思いもつけないはずだ。
そりゃあ指先が隠れるほどに袖口を引っ張って、何も掴めない両手で、もどかしく膝を抱えもするだろう。

オレの手は膝を抱えるためにあるんじゃない、と初めて思えた。
だったら何のために、誰のためにあるんだろう、と何度でも思う。
来たるその日の前日までも、答えを決めずに試験し続ける。
どこまで持つかと耐久レース、つまずいて地面に手をついたら、それはその時に考えようと先送り。

本当は身体ごともう、お前に借りた気でいるんだ。そう思えば、この目も大事に使えるから。

……明日は勝負だ、眠れやしない。
明暗分かれる分岐点に立たされて床に就く、暗い夜が続くのか、それとも夜明けが来るのかを。
この片腕を引っ張ってくれる、あいつが来てくれるか見えないなら、こちらから走って行こう。

・・・・・

腕まくりをして歩く神峰に寒くないのかと尋ねたら、お前の心がほどよく暖かいからな、と笑われた。
それが冗談じゃなく本心だと気づいたのは、パートリーダーらを焚きつけた木戸先輩の一件からだった。
長きに渡って寒い思いをしていた頃の神峰が自ら火の粉をかぶるなんて、僕でも思いつけない荒業だ。
そりゃあ皆が怒るほど大口を叩けば、両手でガード出来ないダメージを、もろに食らってしまうだろう。

彼の手は自身を守るためにあるんじゃないのか、と初めて疑った。
だったら何のために、誰のためにあるんだろう、と何度でも疑い、心配をする。
来たるその日の前日までも、答えを決めずに試験し続ける。
何かに決めつけたが最後、それはどんなに聞こえが良くたって「僕のために」なってしまうと危ぶんだから。

本当は心ごともう、見張っていてほしいんだ。僕の良心を試してほしい。きみのために、僕を疑ってほしい。

……明日は勝負だ、眠れやしない。
明暗分かれる分岐点に立たされて床に就く、暗い夜が続くのか、それとも夜明けが来るのかを。
その片腕を引っ張って行く、あいつが待っていてくれるか見えないなら、こちらから走って行こう。

 

 
検算!奇数戦隊ナナレンジャー

「刻阪、立てる指が四本になってんぞ。鏡に映ってるから、左に立ってるオレの方がそうすんじゃねェの」
「え? じゃ僕が三本で神峰が……、ってことは僕が後ろに下がればいいんだよね? あれ?」
「はぁ……? なんか、頭こんがらがってきた」
「あはは! 神峰君に刻阪君、なんかロボットダンスしてるみたいだなぁ」

鏡の前で右往左往し決めポーズを取っていたら、コック姿でスタンバイしている奏馬先輩にばっちり見られていて
ちょっと恥ずかしくなった。本番は堂々といかなきゃいけないのに……。開演迫る幼稚園演奏会、
空き教室でファンシーな衣装に着替えつつ、改めて段取りを確認しておきたかったのだ。
今日やる曲目のうちの一つ、朝の特撮ヒーロー主題歌でおなじみの決めポーズ。奇数戦隊ナナレンジャー、検算!

「なるほど。それがしたいなら、つまり神峰君がこうで刻阪君がこうだろ」

戦隊で二番目の背の高さ、リーダーのセカンドブルーっぽい奏馬先輩は首を傾げ、おもむろに
オレと刻阪の腕を持ち上げる。そうしてフィギュア人形のポーズでも変えるがごとく、指を組み換え
立ち位置を入れ替え――たちまち見参、鏡の中には特撮ヒーロー・フォースレッドとサードブラック!

「わ、ありがてェス! これでいけるな!」
「助かった……! よし、もう間違えないぞ」
「その意気だ。いい演奏会にしようよ」

ぱちんとハイタッチ交わす瞬間、奏馬先輩の手のひらから伝わる温度に自分の心まで暖められるのは
特殊効果なんかじゃない。四つめの目を持つオレには見える、三本めの手を持つ刻阪なら掴める――
たくさんの小さな心に喜んでもらうため、戦隊ヒーローは着替えるところから始めるのだ。

 

 
良い子悪い子普通の子

「ああ、お腹空いたぁ。ご飯食べて帰ろうよ、どこ行く?」
「山田うどん!」

カナの一声で決めた行先は、定食からラーメンまで網羅したお気に入りのうどんチェーンだ。
寒くなってきたしこういう暖まるのが恋しいよねえ、なんてみんなも誘ってわいわいと暮れた街に
繰り出したのだけれど、暖房の効いた店内でお決まりの注文を済ませた途端、カナは青い顔で震えだす。

「あ、あそこにいるの、こないだ絡んできた人達だ……!」

メニューに隠れながら指をさす小声の訴えに、何事かとあたしは近くのテーブル席を盗み見る。
そこにはなんだかガラの悪そうな男が二人、席にどっかと掛けて何事か愚痴りあっていた。面識はない
ものの、話に聞いていたあたしにはすぐにピンときて、あちらからカナが見えないように背を伸ばす。

確か……先日のアンサンブルコンテストの後、街中でやつらとトラブルになったんだっけ。
持っていたユーフォニウムがすれ違いざまに少し当たってしまい、どんなに謝っても因縁をつけてくる
相手に困り果てていたところを、たまたま通りすがった弦野君に助けられたのだと。
今日は部活のメンバーも何人か同伴しているし、人目もあれば大事にはならないだろうけれど、
それでも「もし向こうも覚えていたら」と思うと、気が気じゃないだろう。

今更帰るにもおしゃべりしているみんなに事情を説明する時間はないし、何より注文もしてしまったのだ。
まごついている間にも相手がトイレに立ったりしたら、テーブルの傍を通ったら……ていうかこんなに
お腹ぺこぺこな今、不良のせいで何にもありつけずにすごすご帰るなんて。弦野君が、ここにいたらなあ!

「――あ、そうだ。カナが弦野君になればいいんじゃない?!」

混乱しきりのカナに、あたしはサイドテールを解いてシュシュを手渡す。
「こころもち目を細める感じでいこう」とはコントラバスパートリーダーを思い浮かべてのアドバイスだ、
あたしは背中側に流せばいいけど、セミロングのカナなら、後ろでまとめた方が食べやすそうだしね。
かくていざゆけ作戦決行、みんなそろっての食事くらい、びくびくせずに味わいたくて。

「……っつーか、あそこの席でくっちゃべってる客うるせェな。飽きねェのか?」
「どーでもいいじゃん。あんま目の敵にしてっと、また訳分からねェ横槍入れられるぞ」
「うわ、思い出させんなよ……、けど本当可愛かったしなあ……、……あれ、あの子」
「んだよ。ここで会ったが百年目ってか」
「いや…………、人違いだな。」

先週のほろ苦い失敗を打ち消そうと、七味唐辛子を振りまくったうどんをほんのり涙目ですする。
一瞬目が留まった女はただの人違いのようだ、後ろで髪をひとつに結んで残りはそのままゆるく流した
あんな似合わないひっつめスタイルじゃなかったし、目つきもああまで悪くなかったからな。
むしろ乱入したあの男を思わせるそれ(プラス、辛すぎるうどん)にオレはつい舌打ちしてしまうが
――あの時同じく無様に痛めつけられたはずの友人は、どこか意地悪い目つきでなだめてくるのだ。

「まあ、そうカリカリすんな。お互いクリスマスまでに彼女が出来なかったとなると賭けはチャラだし、
代わりと言っては何だが、年越しはオレが傍にいてやる」
「……蕎麦だけに?」
「蕎麦だけに。あと食う時くらいニット脱げ」
「寒ィし説教くせェ!」

タイムリミット付きの賭けもぐだぐだで締まらない年の瀬、悟ったような腐れ縁の態度が気に入らない。
(まさかこっそりオレより先に彼女作ったんじゃねェだろな、その心を覗き見られれば分かるのに。)
湯気の立つ辛口うどんは、あの子がほっと胸を撫で下ろすのさえ、見せてくれない。意地悪にも。

 

 
ネガチェイル・チャラガールズ

演奏する音に代わってみんなのおしゃべりで騒がしくなる部活終わり、
カナの姿を探したら、未だユーフォニウムとにらめっこをしている所だった。居残り練習するのだろうかと
声をかけるのをためらうけれど、ベルから流れるリズミカルなCMソングに、思わず拍手を送ってしまう。

「カナすごい、それ吹けるの!? タブレット端末のCMだよね」
「あ、やった、分かってくれた!
最初はぶーぶー低音吹かしてるだけみたいだったけど、ちょっとは上達したかな。暇見つけて覚えてみたの」

今度はマウスピースから口を離して『ねがちぇいるちゃらがぁ』、呪文みたいな歌詞をデュエット。
あたしがずっと英語圏の歌だと思っていたそれは実は韓国のアイドルによるもので、
公開中の数あるPVの中には、日本語詞を交えた日本バージョンもある――とは、
K-POPにも詳しいカナに教えてもらったばかりである。
そうだ、一週間かそこらに聞いたばかりなのに、本人はもうマスターしてしまうなんて!

「すごいなー。っていうかいっぺん聞いたらなかなか耳から離れないよね、それ」
「だねー。だから耳コピにはうってつけかもしれない」

すっと息を吸っても一度『ねがちぇい』、軽やかに吹いてにっこり笑うカナにつられ、
いつの間にかあたしまでリズムに乗っている。そう言えばPVはダンスもキレがあって格好良かった、
サイドテールをかきあげて見よう見まねしていると、突然カナがああっと叫んで立ち上がる。

「居残ってる場合じゃなかった! カスミン先輩に聞きたいことあった……って、帰っちゃったし!」
「え?フルートとユーフォで合わせるとこなんてあったっけ」
「いや違うの、先輩が着てるあのモフモフのコートどこで買ったのかって……。うっかりしてた……」
「あー、ちょうどPVの最初らへんに出てくる白プードルみたいな」
「そうそれ!」

あたしとしたことがと大げさに嘆くカナをよしよしと抱きすくめてやれば、暖かさに疲れも忘れちゃう。
あーあ、あたしは憧れの先輩ほどお洒落でもモフモフでもないのに、これで勘弁してくれる優しさよ。
(好きなCMソングも頑張って練習して吹いてしまう、きみは誰よりいかしてる!)

 

 
屈折男子

朝起きたら、枕元に置いていた眼鏡のフレームがねじ曲がっていた。寝相が悪くて潰してしまったのか、
あちゃあと頭を抱える間もなく、とりあえずは前使っていた眼鏡を引っ張り出して学校に行く。
当然壊れた新しい方より古い方がレンズの度数も低くかなり見えにくいのだが、背に腹は代えられない。
帰りに店に修理に持ち込むつもりでなんとか一日をやり過ごし、部活にも顔を出した――が。

(楽譜は目を凝らしたらギリギリ読めたけど、これがあったか。)

いつものパート練習場所が空いておらず、離れた教室まで大きな楽器を移動させることになってしまった。
男手として何もしないのも、なんてためらう内に、すでに一丸となって作業にかかる空気にハンデを
言いそびれてしまう。……何より、今まで誰も僕の「眼鏡が変わった」ことに気付いていないのだ。

(まー、女子が言う類の『気付かれたい』じゃないけど。地味で目立たないのは、元からだ。)

せめて余計な心配をかけないよう雑談交じりに、メンバーと協力して楽器を注意深く運んでいく。
自分が後ろ歩きの方に回っているから、いっそう気を付けなければなるまい。
もしも扱い損ねて傷でもつけようものなら、すぐ先に居る棟梁に大目玉を食らうのは間違いない。

だから、足の置き場にはよく用心していたいたつもりだったのに。
教室の入り口に差し掛かった時、わずかに距離感が狂い、引き戸のレールにつまずきかける。
半分手伝って持ってもらっていた重量に、全身が引っ張られるような感覚。

「――オイ、大丈夫かァ!?」

一瞬、何もかもが止まって見えて――とっさに手を差し伸べた棟梁に背中をがしっと受け止められ、
僕はなんとか、楽器を倒さずに済んでいた。稲妻みたいに飛んできた声に足元はすっかりすくんでいて、
それでも身体を奮い立たせるのにもたもたしてはいられない、僕は下ろしてしまった荷物を検める。

「すみません! 楽器に傷はないみたいで」
「はあ!? 違ェ違ェ、お前のほう! 変な体勢取って、足くじいたりしてねェか」
「えっ。い、いや、別にどうとも」
「なら良し!…………ん?」

もしかして……、怒られている訳じゃないのだろうか? あっけにとられている僕の目の前に、
棟梁がずいとズームアップしてくる。雲間でごろごろと鳴るカミナリのよう、声を低く落としながら。

「眼鏡、変えたのか?」
「あ、……えっと、いつものが壊れて、代わりに古いのかけてきたんです。明日は大丈夫なので」
「そーか。なんか他に不自由あったら、すぐオレに言えよ」
「……は、はい!」

棟梁はすぐに踵を返して、もう他の誰かにぱあっと話しかけている。その背中にぶんぶん頷いたら
眼鏡はものの見事に鼻の頭からずり落ちてしまい、慌ててブリッジを押し上げると、
整ったフレームの中にはいつものパーカッションの風景があった。
いつも通りだ。かつて心配りを尽くし過ぎて神峰君に「細かいことを考えるのが苦手」だと看破され、
その後はあまり細かく考えすぎず、生き生きしていた「いつも通り」――
それでもたまにはこんな風に、昔の眼鏡をかけるように、細かに見てくれるらしい。

雲間が晴れて、世界が少し明るくなる。
古いレンズから覗くぶれていた世界には、誰が合わせてくれたんだろう、いつの間にかピントが合っている。