四月に入って日も長くなり始めたとはいえ、部活後にさらに居残り練習をするとなると、
さすがに町も暗くなる。冷えた空気に肩をすくませ、刻阪と歩くそんな帰り道。逢魔が時と言うにはやや遅いけれど
――妖怪達がわっと目に飛び込んできて、思わず立ち止まっていた。古びたおもちゃ屋の、
ぴかぴかに磨かれたショーウィンドーの向こうに舞い踊る、愛嬌たっぷりのぬいぐるみ、流行りの主題歌。
流れるメロディは居残り練習のおさらいさながら、幼稚園演奏会の本番でやるうちの一曲だった。
「僕そんなに詳しくないけど、なーんかこのネコ見ると神峰思い出すんだよなぁ、」
「はぁ……? オレも詳しくねェんだが、どれのこと言ってんだ」
くくと笑いっぱなしの刻阪の視線の先には、何やら主役らしき赤いネコがスポットライトの下で気取ってる。
蝶ネクタイにタキシードの礼装、こんなのとどこに共通点があるのか怪しんだら、
刻阪は自らの頭の、ちょうど猫耳の生える辺りを指差した。ぽうっと角でも生やすように。
「それはもう、片っぽの耳だけぎざぎざな所とか、チョコ棒が好きな所とか」
「ぐっ。べ、別に耳はぎざぎざしてねェだろ」
「髪型がぎざってるじゃないか。左右非対称に」
「うっ……。じゃあ、刻阪はこっちだな。何かお前、このフワフワしたのに似てねェか」
悪戯っ気の垣間見える心は言わずもがな、言われっぱなしは癪にさわる。
オレはチョコ棒をしまった鞄を防衛反応から無意識に抱えこみ
(なにせ居残り練習は腹が空く、さっき吸い寄せられるように入ったコンビニで買ってしまったのだ)、
街灯のぼんやりした明るさの下でにやにや笑う刻阪に、負けじとディスプレイを指差した。
赤ネコの隣にワイヤーで吊られて浮かぶのは、ソフトクリームをしぼった形にぎょろ目で笑う白い妖怪。
回りには同じキャラの百面相がいくつも飾られていて、喜怒哀楽の豊かさなら刻阪といい勝負だ。
オレは鞄を肩にかけ直し、腰に手を当て大いに威張ってみる。
……決して、抱き締めるあまりチョコ棒が溶けるのが心配になってるんじゃ、ない。
「こういう顔芸が面白ェところとか。あ、このキレてる顔もそっくりか」
「ええ? どこに目つけてるの、全然似てないよ。大体僕こんなに口大きくないし」
「ウソつけ、吹く前に呼吸調えてる時なんかがばっと開いてんぞ、中から物が取り出せそうなくらい」
「失礼な! それにたとえ分からない音楽用語や指示があっても、僕は安易に妖怪トキトキペディアで調べたりしない」
「刻々ペディアって何?!」
ツッコミ終わる前に、刻阪の指先は執事のごとき恭しさですらりと携帯を取り出してみせる。
そしてこちらに向けて見せる画面には――明日演る子供向けアニメソングの名台詞・ゲームの必殺技・決めポーズなど、
なんとかペディア顔負けの情報が、曲中のオレの指示ともに、ぎっしりと打ち込まれていた。
「……んだこれ。スゲェ。スゲェな!」
「おっと僕としたことが。妖怪に電波を乗っ取られてうっかりバラしてしまったか」
演奏だけでも全力だと思っていたら、こんなところで下調べ。
子どもの知識に負けず劣らず、また、知らない子どもが居たとしても話術で上手く引き込めるように、とか。
「ずーっと演奏じゃ子どもも僕達も疲れそうだし、MCまで神峰任せじゃ不安だしね。
そういうわけで指揮はお前に委ねるけど、トークは僕も何とかするよ。勉強、したんだ」
「マジか!スゲェ! ……ん? MCまでオレ任せじゃ不安?」
「うん。ロックフェスなんかもう、都会にキョドる田舎の妖怪みたいな喋り方だったもの」
「ほらやっぱ詳しい! お前何者だ!?」
さて、妖怪だったらどうする――? と、刻阪は意味深に問う。
暗がりの中でニヤリと待ち受ける、そんな妖怪じみた雰囲気の彼もオレは怖がらない。
テレビ画面もゲーム画面も防犯ガラスの壁もない、直接の手の届く場所に、居るのだから。
特別な腕時計でも二度とは巻き戻せない時間をともに過ごす、そんな相手をどう呼ぼう?
「…………くせ者?」
「なんでだよ」
「曲を演奏するだけに、曲者」
「おおう……!? そういうシャレも幼稚園でやったらウケっかなー……難けェな」
「難しいねえ。勉強、勉強しなきゃだ、どうしたら、喜んでもらえるかなって」
何度も吹いたメロディを口ずさみ、見えないものが「見」える指揮者志望の後を、曲者は従って歩く。
次第に夕闇に溶けていく二人の影を、魂の宿ったぬいぐるみ達が手を振り陽気に送り出していたなんて、
彼らには知る由もなく、また不思議なことに防犯カメラの目にもついに映りはしなかった。