すてみのスターダスト

決して乗り気でないながらも行きは面会場所まで案内してくれた川和先輩が、
この後咲良さんを送るから、とあっさり別れた本当の理由くらい、心の見えない僕でも察せた。
当人のように激昂こそしなかったけれど、初対面の僕達が知己の『五人目』に吹っかけたことで、
やはり引き会わせたのは間違いだったと態度を硬化させてしまったのだろう。
すべては見えすぎる神峰の『目』が、見て見ぬ振りできないせい。
そして普通の僕の目では、それを見るしか出来ないせい。

「砂遊び……塔……番人……、砂の方は、いまいち全体像が見えねェんだよな……。刻阪はどう思う?」
「……とりあえず危ないと思う、神峰が」
「へ。うわ、悪ィ!」

ぶつぶつ呟きながら歩く彼の手を強く引いて、頭から電柱に突っ込みそうになるのをすんでで回避。
しかし彼が謝って申し訳なさそうにしたのはたった二秒で、次の角を曲がるか曲がらないかのうちに懲りもせずまた、思案顔だ。
入部テストのタイムリミットが迫っているのは百も承知だが、
帰り道でまで心の解明に明け暮れて、怪我してからでは遅いのに―――いや、怪我してから、だと?

「あれ?」
「ん? なんか、心当たりあんのか」
「いや、ない……」

日も落ちて暗くなり始めた空に一番星が瞬く。目の色を変えて詰め寄った咲良さんを思い出して、
そう言えば、と。(今日の神峰は、あんまり、ダメージ食らってない……?)
あんなに激怒した、つらく燃え上がっただろう心象と向き合った直後だってのに。
思えば今日の神峰には、どこか「にぶさ」が目立ってみえる。

咲良さんの痛い所を突いてまで演奏会約束を取り付けた神峰は、頭を電柱にぶつけそうになっても一心不乱。
星合先輩と管崎先輩のみならず、僕までもその姿を咲良さんと重ねているのに、彼だけが気付いていない。
 
 
車椅子を蹴倒した咲良さんに、とっさに手を伸べようと動いた実理さん、川和先輩。
それが腕か心かという違いはあれど、自分で自分の身を守ることも殴り掛かることも出来ない、
そんなやるせなさは、心を直視し続けた十六年間で神峰も嫌と言うほど分かるはずだ。
ほとんど流れ弾レベルの感情の起伏は、避けようと思って避けられるものではないし、
ましてや一朝一夕のリハビリで、どうにかなるものではなかったのだ。

『怪我してからでは』と僕は危ぶんだけれど、目に見えないだけ、見せずに振る舞うだけ、じゃないか。
恐れに戦慄く腕の震えにも気付かずに、頭から捨て身で突っ込んでいくのか。

――赤信号。
横断歩道を渡る前、立ち止まって振り向く神峰から、どうしてか目が離せない。

「助けに行かなきゃ。急がねェと、実理さんが危ねェ。刻阪もそう思うよな?」
「……いや、僕は、危ないと思う。神峰が―――危ない!!」

彼の手を思いっきり引いて、バランスを崩した神峰ともつれ込むように歩道に倒れた。
車道を走り抜けてったトラックは、たとえ手を引かずともその身にかすりもしなかっただろうが、
それでも衝動的に、考えなしに守ってしまっていた。
吹奏楽部をなんとかしてくれと、その目に意味があるからと、僕がこの道に引き込んだ。

「刻阪、おい、何して……、どうしちまったんだよ。なんて顔してんだ、」

かき抱けば、たちまち体をこわばらせる気配。ハイタッチ程度の他人との接触さえ入部するまで
無かったといつかぽろっと明かした彼のことだ、混乱しないわけがない。他人を遠ざけ続けたのだから、
至極当たり前の反応だ。そしてそんな当たり前のことを、今まで分かってやれなかった愚か者。
車椅子じゃないからって、両手でピアノを弾けるからって、どうして怪我していないと思えた。
なんて顔を、と言うその言葉すら僕に気を遣っただけで、なんて心を、と本当は思っただろうに。

「……刻阪、大丈夫だ。お前が居るから、オレはなんにも不自由してねェよ。」

青信号。無機質な薄青い光を伏し目がちのまぶたにのせて、神峰はゆっくりと僕の腕をほどく。
そうして先に立ち上がるのも、僕に手を伸べて引き上げてくれるため。

すべては丸見えの泣きそうな心を慰めるためだってことくらい、心の見えない僕にも察せたけれど。
唸りを上げる刃の心と向き合って、ばらばらに断ち斬られたという四肢を――
その時の僕はどうしても、零さないように集めて、抱き締めずにいられなかったのだ。