13日の金曜日

「奏馬。オレの顔って、怖いと思う」
「……最後が聞き取りづらかったが、それは疑問形か?」
「そうだ」

音羽が抑揚のない声で頷いた。彼が持ち前の容姿について考え込むなんてめずらしい、
ただし会話をしながら蕎麦ぼうろをつまむあたり食欲は悩みに勝るのだろう、
もとよりここは彼の居城だ、他人の目を気にすることもない。

「悟偉、お茶菓子ひとり占めしちゃダメよ? 俊平君も遠慮しないでね!」
「すみません、お気遣いありがとうございます。」

キッチンカウンターからティーポットを持って来る母親は嬉しそうにそわそわするのに、
面影を持つ息子は浮かない顔でそれを受け取るアンバランス。その落差に思わず小さくふきだしたら、
だだっ広いリビングのテレビ画面でも、返り血まみれで大笑いする殺人鬼がちょうど大写しになっていた。

音羽家に遊びに来て、レンタルのスプラッター洋画を鑑賞しながらお茶を呼ばれるという奇妙な接待。
それは音楽室の防音設備に業者の点検が入り、部活動が休みになった年末のある日だった。

『こんなこと奏馬の他に頼めない。今日だけでいいから、オレとズッ友になってくれ』
『…………はっ?』
『冗談。病院でセッションした子の影響だ』

言い訳はその帰り道で聞かされた。先月、神峰君が仕掛けたあの病院演奏会を機に、音羽父子は和解した
――までは良かったが、それまで厳しく躾けた反動か、父親が妙に子の交友関係を心配し始めたのだ。
やれメンバーとは仲が良いか、部活外にも友人はいるかだの、連日の問診もいいところ。
すっかり調子が狂ってしまった彼は、とりあえず母親に「証人」になってもらおうとオレに共演を持ちかけて。

だから今日は、明るく仲良く……する段取りだったが。
店員のススメで適当に借りたスプラッターホラー(病院の家だからグロテスクや血に耐性があるとか、そんな認識でいいのか?)に
思う所があったようで、音羽は片膝に頬杖をついてぽつぽつと語り始める。
セッション相手を探して病院内をさまよっていた時、迷子を見つけて案内しようとしたら泣かれたのだと。

「怖い、って逃げられた。ホッケーマスクなんてかぶってないし、ナタも持ってなかったのに」
「うーん……、眉毛が前髪で隠れてるから、子ども目線じゃ表情が分かりづらくて怖いのかなぁ」
「……セッション吹っ掛けて怖がらせるのは止めたつもりだったが。オレの勘違いか」

可愛らしい花型に焼いた甘い蕎麦ぼうろをぱくつきながら、流血の惨劇を眺める暴君らしさ。
あの鋭い犬歯でばりばり噛み砕いて、唇の端を汚す欠片は大きな舌でべろりと舐めとって、
隣のソファにかけるオレからすれば猛獣の食事風景でも見ているよう――なんて、食い入るように。

「別に、お前の顔を怖いとは思わないよ。……それに比べるような話じゃないけど、
背が高くて怖がられたことならオレもあるな。むしろ背の低い奴にバカにされたくらい」
「……想像もつかないな。どんないきさつで」

どう用意したか分からないけれど、取っ手まで温かなティーカップを傾ける。香りも味も申し分ない。
それをよく味わうのに返事を待たせてから、さらりと昔を振り返る。

「小学生でもうデカかったからさ。ちょっと鈍くさかったし、体育のドッジじゃからかって狙い打たれてたよ」
「へぇ……意外。奏馬の背の高いのは、うらやましい限りなんだがな。追いつきたいとかねがね思う」
「ええ、勘弁してくれ。オレがお前に勝てるものがなくなるじゃないか」

苦笑いを美味しい紅茶で流し込む。勉強もスポーツも音楽も出来る男に身長まで与えられては、
鬼に金棒・殺人鬼にナタ、暴君にトランペットみたいなものだ。
ほら、なんだか納得いってなさそうな音羽はぼうろの最後の一枚をつまんで、
テレビの中でもまた、丸腰で隙だらけの少女の背後に、殺人鬼が舌なめずりして迫っている。

――三途の湖で背水の陣。ここからオレでも音羽に勝てるとしたら、あれくらい。

「うふふ、お医者さんのお勉強が出来そうな映画ねえ。二人とも、紅茶のおかわりもあるのよ」
「あ、ではお言葉に甘えて。」

リビングに顔を覗かせた家族がキッチンへ戻るのを確かめてから、芝居がかった『きゃああ』なんて
断末魔を上げられないよう、身を寄せて――音羽が口に運ぶ甘味に、軽く押し付けるようについばんだ。

かけらの半分、強引にかじりとって。
びくりと跳ねた肩から手を離す。

触れたか触れないか、音羽は刺されたように瞳を瞠って、けれど間近で目があうのも一瞬だ。
オレはすぐに身を引いて、知らん顔を決め込んで……いられたのは、胸ぐらを弱く掴まれるまでだった。
見れば音羽は、スプラッターを直視するより引きつった顔で、音程の定まらない声を絞り出す。

「お、おい。なんだ、今の」
「……お茶菓子はひとり占めしちゃいけないと、お前のお母さんが」
「っ」
「それに、近くで見てよく分かった。お前の顔は怖くないぞ」

(身長くらいでしか勝てないのに、大きくなって追いつかれたら、こういうことも出来なくなる。)

音程の定まらない声なんて、自分も大概だ。
やがてうきうきとポットを持ってきた母親が、惚けた顔で「友人」の胸ぐらを掴みっぱなしの息子を
叱った時には、テレビの中の湖畔にはもう誰もいなくなっていた。

「下手なことされないように、ホッケーマスクでもかぶってれば良かった……」
「……顔くらい見せてくれよ、『ズッ友』なんだろ、オレ達。」

(クリスタルじみた青い心が時に刃物のように鋭く光るのを、彼はまだ自覚しない。)