掃除の時間は、サボれない。
日課を終えての安堵のため息と放課後の予定の話に花咲く教室の中、オレは黙々とほうきを動かす。
選択授業で移動した時しか使わないそこはクラス教室ほど汚れてはいないけれど、
だからって何もせず楽をする理由にはならないのだった。
椅子の片足を持ち上げた下も毛先をくぐらせて、塵一つまであまさず集めていく。
見かけはいたってくそ真面目、内心まで本当にそうなら良かったのに。と客観視。
「…………」
ちらと片目で周りを見やる。
同じ班になったクラスメイトは誰も、雑談するか、手を動かしていても携帯をいじっているかのいずれかで、
今から混じるには厳しい心模様だ。トゲや凹凸こそないものの、楽しげなスクラムには立ち入りづらい。
いくら刻阪のおかげでこの『目』を肯定的に思え始めたとはいえ、人間そんなにすぐには変われない。
つまりオレには――掃除の他に何も、何もすることがないのだった。
時おり(うわこいつ良い子ぶってやがんの。暗らあ)なんて遠目に見える心にちくちく突かれつつ、
だけれど今はうつむき堪えるだけじゃない、こんな時は、落ち着いて耳を傾けるに限る――
教室のスピーカーからは、ほんのひと月前に聞いた、刻阪のぐねぐねの音が流れている。
全時限が終わってからの掃除時間には、日替わりで色んな音楽がかかる。
吹奏楽部と軽音楽部の演奏の音源、もしくは放送部員が持ってきたCDがランダムで使われるようなのだが、
今日は吹奏楽部の日らしかった。それもあの刻阪がいまだ唇を噛んで恥じ入る、悩める頃のダメな音。
羞恥プレイもいいとこだ、なんてマジな赤面でぼやいてたっけ(これは『見られて喜ぶ』とは違うらしい)。
ほうきを押し進める。綺麗になった上を歩く、足音が少し、軽くなってる。
あのオープンな性格であれば、掃除に手を抜かないのはもちろん、雑談にもあいづちを打ちながら上手くやっていそうだ。
サックスを吹いた後に丁寧に入念に手入れをする、あの手つきに習ってほうきを動かしてみる。
見習いたいものだ、本当に。改革の後の真っすぐなソロを追うつもり、一直線を意識した。
そう言えば前のオレは、音楽を聴く余裕もなく、立ち回る掃除時間さえ息苦しかった。
だけれど今の音も、前の音も――どちらも大事な、刻阪の歴史の音。
書き損じの答案だってここまで酷いかどうか、一日かけてくしゃくしゃに丸められた疲れた空気を、
吹奏楽部の音が見る間に広げて伸ばしてく。ああダメだって疲れた心も、ごしごし拭って手を振ってった。
ああまた幻でも見たのか、なんて思わずごしごし拭った目に映るは、綺麗な床と消えるアウトロ。
掃除の時間は、音楽の時間。楽してサボるのはもったいない、今日を美化する十五分間。
曲が終わって、片づけて教室を出て行く。
ただしあくまでオープニング、続きは気になるHRの後――部活動の時間に、心はもう急いでいる。