未来人の主張

こんな予想外な未来を、たとえば文化祭前夜の僕に耳打ちでもしたら腰を抜かすに違いない。
劇的な時間を過ごすうちに度胸もいくらか取り戻せたようだ、
もういっそなるようになれと、飛び込み参加を決めたメインイベント『未成年の主張』。
そのエントリー待ちの列に並んでいた時、背後からぽんと肩を叩かれた。

「よっ、刻阪じゃん! 気が合うな~」
「あ。山市くんも、出るんだ」

振り返ると、同級生の山市が薄紙で作った色鮮やかな花束を抱えて立っている。
クラスも部活も別の彼と知り合ったのはごく最近で、何でも意中の女子を定期演奏会に誘いたいと、相談されたことがきっかけだった。

話を弾ませるための演奏曲についての豆知識、パート全体を眺められる良い席などなど。
一応、どうして自分に声をかけたのかも聞くと「モテるから」と笑顔で舌打ちされたのはさておき……、
結果をそれとなく聞いてみると、なんと肝心のプランは不発に終わったらしい。

「いや、気を引こうとしたのが裏目に出たみたいでさ。だから今日は、リベンジで倍返し! 愛の告白でもかまそうかと」
「わ、すごいな……。その勇気を分けてほしいくらいだ」
「またまた~! しかしお前も罪な男だよな、公開告白なんて、ファン泣かせにもほどがあんだろ」
「えっ、」

もったいぶって顎に手をやる彼のにやけ顔に、僕は慌てて首を振る。とんだ誤解だ。

「罪なんて、まさか。別に悪いことするわけじゃないよ、
ましてや泣かせたりなんか……。だけど……振り向かせたい奴が、いるんだ」

上手く継げない息の代わりに、首にかけたサックスをぎゅっと片手で抱き寄せても、
もちろんそれだけでは何も音は出て来なかった。少しうつむけば山市が携える紙の花束が目に入る、
このお祭り騒ぎの余り物で作っただろうそれは、校舎にあるどんな飾り付けよりも綺麗に見える。

……独りが不安なのだと、そこでやっと自覚した。

いつでも必ず大勢の仲間に囲まれて演奏する舞台が、
神峰が導いてくれた病院での舞台が、どれほど心強かったか。
僕がこれからたった一人でやろうとしている音楽が、果たしてあの心に届くのか、見えないから。

盛り上がりと熱気に包まれる周りと裏腹に、ここだけ温度が下がったようになる。
するとふんふんと頷いていた山市は、あっけらかんと口を開いた。

「……じゃあまあ、ここらでネタばらしするか、そのしょげくさった気分を切り替えるためにな」

来週の漫画の展開でも明かすように、彼が言うには。

「実はオレ――人の未来が、見えるんだよね。
だから分かってんの、笹井にフラれることも、刻阪、お前達がきっとうまくいくことも。」

「……え」

「見」えている。
予想だにしない告白に、繋がりそうになる接点に息を飲む。
しかし危うく名前を口走る前に――山市は先手を打って大笑いした。

「……なーんつって! 演説前のウォーミングアップにしては口が滑ったかもなー、
けどまだ緊張してしょうがねェって言うんなら、こうするか」

へらへら笑いながら、彼は固まっている僕を追い越して待機列の先頭に並んでしまう。
そうして受付のエントリーシートにさっさと名前を書きつけたかと思うと、
振り向きざまに、さあどうぞ、と僕を促した。

「先攻後攻チェンジだ。一足先に、程よく会場を沸かしといてやるよ―――
つか刻阪の後にオレじゃ、どうしたって見劣りするしな!ハデに告白玉砕でもすれば、……本命の安田も本気出してくれるかも、だし?」

悪童っぽく歯を見せてにかっと笑ったかと思うと、山市は鼻歌交じりに列を離れてしまう。
僕は呆気にとられたままで、おかげでお礼を言う間もなかった
(まあ順番待ちに割り込まれて感謝するというのも、おかしな話だが)。

「緊張は……ほぐれたよな、確かに。ありがたい」

重くない足取りで一歩進んで、エントリーシートにペンを走らせる。
自分のひとつ前の順番はもちろん、一年四組、『山市未来』。
初めて知ったその下の名前は、縛られないあの雰囲気に似合って飛躍的な文字で走り書きされていた。