「刻阪って、それ、トクベツに頭どうかしてんのか?」
たずねた途端にクエスチョンマークだらけになった銀色の彼の心に、俺はあわてて訂正を申し出る。
何気なくぽろっとこぼれた疑問だったが、これじゃとんだ喧嘩腰だ。
俺が本当に聞きたかったのはそんなことじゃないんだと、まだ先の長い帰路を並んで歩きながらテイク2。
並木に降りつもった黄金色の銀杏の葉の波を、舟をこぐように踏み分け進んで。
「俺の言い方が悪かった……頭っつうか髪の毛な。毎朝のセットとか。お前の髪型、いつもすげえ整ってるし」
「あー……そうか? いや特に何もしてないけれど、昔からこんな感じかな」
今度はOK、カット、会話続行。
こちらを向いた刻阪が「ほら」と示すようにその前髪を摘み上げるので、
俺はつられて手を伸ばす――が、柔らかな黒髪はもう、爪の先を不意にすり抜け流れていた。
思い通りにならずに掴み損ねた指先が強張り、あわてて手をひっこめる。
不思議そうに瞬く刻阪の瞳に映りこむ、左右非対称にはねる見慣れた茶髪がうらめしい。
「うわ、スゲェうらやましい……髪にクセが全然ねぇ」
「いやあ、地味なだけだし、逆に形のつけようがなくてさ。神峰のはそれ、満足いってないのか?」
「そりゃあもう……。中学で諦めたぜ、セットすんの」
眉間に垂れる茶髪をヤケに引っ張ってみても、涙目。
強情な側(向かって右)とおとなしい側(左)は半端に対立し、生まれてこの方和解したことがないのだ。
心の問題もさることながら、嘆かずにいられるか、こんな悲劇。
「髪型のせいで、小学生時代のあだ名なんて『あんかけ焼きそば』だ」
「?」
「ぱりぱりに揚げてとんがったかた麺が右で、汁を吸ってふやけた方が左だってさ」
「ぷはぁっ!」
クソ真面目に打ち明けた俺をよそに、刻阪は思い切り噴きだした。
サックスケースと腹を抱えて、ひーひー言いながらも大笑いしている。……そういやそうだ、
こいつは名うてのサックス奏者なのだった。つまり肺活量がすごいってこと、吹くにも笑うにも。
(俺がそのあだ名に初めて笑えたことすら、多分彼には聞こえていない。)
気持ちよく笑う音を響かせた後、刻阪はすぅっと深呼吸した。白い息がたなびく。
ちらりと盗み見たその口は、心のように牙を剥くことなく楽しげに声を発した。
「ああ、なんだか笑い過ぎてお腹空いた……あんかけ焼きそば食べたい」
「おいまさか……その呼び方を気に入ったんじゃないだろうな」
「まさか。でも――僕は気に入ってるよ、神峰の髪型。一筋縄じゃいかないって、かっこいいだろう?」
「かっこいいか……? 俺には分からん」
「うん。分かってよ。僕には分かるよ、そういうことだ。僕は肉まん(中辛)ね」
「じゃ俺はあんまんで」
かくして、辛党と甘党は同じ方向を目指す。
銀杏並木の出口、交差点の角に建つ古びた中華屋はテイクアウトが主で、辛いものも甘いものも取り揃えている。
部活帰りに買い食いなんて、今まで縁もなかったけれど。
「いつかお前にも分かるといいな、辛いものの良さが」
「それはこっちのセリフだ。あんまん最強」
「くく、手強いね……あ・そうだ、食べて手が汚れちゃう前に」
刻阪の手が――手袋をしていなくて寒さに赤らんだ素手の五指が、突然に俺の頭をさらりとなでていた。
心が見えても考えは読めない、から、驚いた。
いつも見る『音の手』じゃない、体温をはらんだリアルな手が触れて、のんきに感想を述べて。
「やっぱりいいじゃないか、髪。頑固と柔軟と両方持ってて、お前が思うほど悪くない」
「……言っとくが、持ち上げてもおごれねェぞ、俺」
冗談を返すと、刻阪はまた笑いやがった。
嘘も悪意も下心も見えない人肌のほめ言葉は、どうしようもなく温かく、くすぐったくて――
俺は、今まで足蹴にしたくても出来なかったこのクセのある髪が、
細くにやけてしまう目元をうまく隠してくれることだけ内心密かに頼っていた。