「――あ、街頭演説してる。二年振りだっけ、選挙」
「お。ちょうど受験生だった時か、テレビ見ねェしあんま覚えてねェわけだ」
「なるほどなぁ……、あれ?」
駅前に停まった選挙カーの上の候補者を眺め、いざ話を振ってからふと思う。
あの政治家が訴える聞こえの良い政策が本心からのものかどうか、神峰には「見」切ってしまえるのだろうか?
とっさに思い浮かべた選挙権を有する二十歳の彼は今より少し背が高く、
肩書きや実績で判断するまでもなく、心を見極め……って、何考えてる!
「ご、ごめん!今の僕、厭らしい目でお前を見てたな」
澄んだ瞳と視線がかち合って、自分の浅はかさにはたと気が付いた。
素朴な疑問とは言え『出来るかどうか』なんて彼の能力を試すような好奇心を見せてしまったのだ、
恥ずかしさのあまり火が出そうな顔を熱冷ましに(?)はたくけれど、
そんな自罰的な僕の両手を、神峰は慌てて取り上げる。
「おいよせ、バカなこと言うな!
全然厭らしくねェよ、つうかそれってむしろ、オレに興味があるってことだろ!」
注目されてつらいぜ、なんて自信過剰ぎみに参ってみせる身振りには思わず苦笑させられてしまう。
そうだ、こんなことでビクビク気を遣う、ヤワな関係でももうないのに……
とにかく彼が気にしていないのは確からしくひとまず胸を撫で下ろしたら、
神峰は選挙カーをついと指差し、こそこそっと教えてくれる。
「今は熱心に見えてっけど、それがあの人の『普通どおり』かどうかはパッとは分からねェな。
だって人前で演説すんのって、真剣に演奏すんのと同じで、意識から切り替わっちまうし
……例えがヘタだな、我ながら。分かるか?」
「うーん……? あ、とっかかりは分かった気がするよ。候補者の人って大体イメージカラーで着飾ってるし、
胸の前にたすきもかけるし、近づいて握手とかしない限りは遠目だものな」
「そうそう。まあ毎日身近に接してたら分かりそうだけどなー、刻阪みてェに、
前髪の分け方が微妙に違ったり、弁当に辛口のおかずがある時はいつもより機嫌よく昼飯食ってたり、
手のひらのふちがシャーペンですすけて、今日はノート取んのに苦心したのかなァとか」
ぺらぺらと挙げる例に僕はいたく感心する。なるほど神峰の観察眼ではそういったことが出来るのか、
合点がいったとふんふん頷いて……ちょっと待て、指先揃えたミトンの片手で、僕は空っ風にツッコんだ。
確かに彼には心が見える。しかし僕の内面のみならず、表に出るそんな小さな差異まで、見られていたというのか?
たまたま選挙カーの前で立ち止まれば、つられた神峰と「あっ」と見合う。
すかさず『若い人達の未来のためにも一票を』なんて、僕らを足止めさせることが出来たと勘違いした、
マイクの声が降りしきる――ひらひらと、初雪とともに。
「…………」
(二人で雪を見るのは、別に初めてじゃないのだけれど。
初めてじゃないから、二年目の訪れを知ったから、言葉を失ったのかもしれない。)
困り顔のまま、白い結晶を映してきらめく瞳だけ、返す言葉を探してる。
他人のスピーカーにかき消されそう、まるで腹から出ていない声がやっと。
「い、今のオレ、ヤな目してた。ごめん。刻阪のこと、いつもそうジロジロ見てる訳じゃ」
「なんで、全然、やらしくないぞ!?むしろそこまで見てるってつまり、お前も、僕に興味があるってことだろう!?」
あたふた空振る神峰の両手を、もぎ取るように握手に走る。
お互いに手袋をしているから温もりなんて伝わらないのに、
政治家よろしくぶんぶん振りかぶって、力ずくに伝えようとする。いっそこのまま情熱的に
抱き締めてしまっても、……さすがに目立ち過ぎてしまうか、そこはすんでで我慢しながら。
すぐ近くで必死に声を張り上げる、候補者のえらい先生より目立つのはさすがにズルいだろう。
決まりで夜八時までしか人に見てもらえない彼と違って、僕らはいつでもひそひそ話が出来るし、
何より『見られて』いられるのだ。
しめたと出した赤い舌に溶ける、味のしない冷たい雪のおかげで声も滑り出る。
「好みは相変わらず正反対だけれど。興味のあるもの同士、来年も、よろしくやろうか」
「……よろしく。ただまあ興味が薄れたら遠慮なく言ってくれ、見える見えねェに関わらずなんとかすっから」
「当然、僕もね。倦怠感なんて厭らしくって、お前には見せられないよ。」
……激しく繰り広げられる選挙戦の陣営を通りすがる、まだ選挙権もない未成年達の足を、
降り始めた大粒の雪が追い立てる。選挙カー上の彼が選ばれなかったのも無理からぬ話だ。
候補者よりも確かに約束を果たせそうな人を、二人は見つけてしまったばかりに。