「相席させてもらっても、かまいませんか?」
にぎわう学食の片隅でひとり、お昼ご飯にありつこうとしたら、恭しくお伺いを立てられた。
テーブルの傍に、キョクリス先輩が立っていた。背筋を伸ばして小首を傾げ、
それでいて食器をのせたトレイは給仕のごとく水平に持つ、そんな器用な真似がつくづく似合う人である。
そして、この先輩が事あるごとにわたしを孤立させまいと気を遣っているらしいのは、
入学当初の不審者騒ぎの顛末だったり、部活の買い物に連れ出してくれることで、それとなく察せるけれど……。
今日は別に、いつもの友達グループがそれぞれ委員会なり補習に抜けたため、たまたまはぐれただけなのだ。
と、そう強がる前にもう「ははは、ぼくも今日は余り者なので」は余計なお世話だし、大体そのお昼ご飯!
「あ、聖月のランチも『エホウマキ』なのですね! ぼくは初耳なのですが、なんでも節分の日に食べると
ラッキーな海苔巻きだと、食堂のお姉さんにすすめて頂きまして。オマケに安くしてくださいました」
「何なのその紳士割引……」
天然スマイルにあきれる間にも、先輩は結局答えを待たず、あたしのいる四人掛けテーブルのはす向かいに
すとんと腰を下ろしてしまう(ちなみに“食堂のお姉さん”は、そろそろ初孫もいようかという年齢だ)。
しかしイタダキマスと手を合わせても、すぐには食べずにしげしげと切り口などを眺め始めるので――
あくまで部活で時々アドバイスをもらうお礼にと、わたしは教えてあげることにした。
(まぁ行事そのものくらいは知ってるだろうけど、)2月3日の節分には、福の神を呼び込んで鬼を追い払うために、
豆をまいて厄除けをする習わしがあること。またその日に、その年ごとの方角に向かって太巻きを食べ、縁起を担ぐこと。
ちなみに、小売店などが積極的に関連商戦を始めたのはここ十年ほどの日の浅さで、
よって帰国子女である先輩が知らないのも無理はないんだからね!
「……ってキョクリス先輩、聞いてないでしょ!?」
「? !、!」
「恵方を向いて無言でかぶりつく」というルールに律儀に則ってか、キョクリス先輩は恵方巻きをむぐむぐ
頬張ったまま、『聞いてますよ、とっても美味しいです』とばかりににこにこ頷いている。
そりゃあえこひいきでオマケしてもらった味だしね、とわたしは内心毒づいて、負けじと自分の恵方巻きの残り半分にかじりついた。
やけ食いじゃなくてルールの通りだ、おしゃべりで騒がしいこの空間で、
相席なのに同じ方角を向いて何も喋らないのも、伝統を守るってだけのことだ。
具だくさんの巻物は、和太鼓を鳴らしたように、がつんと美味しい。
二口三口でお腹一杯になりそうなボリュームを、温かいお茶でひと息ついて。
「…………。」
ふと見たはす向かいの横顔には、あの色眼鏡に邪魔されない、異国の血を引く瞳の色。
わたしの方を向かない時だけ、わたしはそれを垣間見れる。
色白のまぶたに伏せる睫毛も、ああそっか、灰がかる金髪と同じ色なんだなあって、素顔を知る。
……突飛な連想、巻物一本を両手で持って食べている姿は、トロンボーンを構えて吹くにも似ている。
思うだけで別に言わない、だってそしたら、そっちこそフルートかじってるみたいですよ、なんて笑われそうだし。
……て言うか、本当に吹いている時は、こーんな締まりのない顔、してないし。
きっとわたし以外の誰も、彼の味を知らない。
外の世界へ討ち入る時の、見えない牙を剥くかの如く、匂わせるあの血生臭さも。
「…………じゃ――ごちそうさまでした。キョクリス先輩、わたしもう行きますね」
「!!? ええっ、聖月ちょっと食べるの早くないですか! 置いて行かないでください!」
「置いてくも何も、わたしは自主練したくて早く済ませたの!先輩の得意なレディーファーストって奴ですよ、お先に失礼しまぁす」
「こんな時だけズルいです!」
無言ルールを放り出して訴える先輩にかまわず、わたしは席を立つ……が。楽器と同じでよく通るその声が耳に入ったのか、
速足で通り過ぎようとしたカウンター越しに、“食堂のお姉さん”と目が合った。
すがめた視線が突き刺さる、『この子、あの紳士な二年生に意地悪するのかしら』って言わんばかりの!
仕方ない。無言のプレッシャーに負けたわたしは、もと居た席まですごすごと引き下がる。
すっかりしおれていたキョクリス先輩がたちまち顔を輝かせるのは、なんだかとてもシャクだけれど。
「福は内ですね、戻ってきてくれるなんて! やっぱり聖月は優しいです! 福の神です!」
「別に。キョクリス先輩は豆ぶつけてもしぶとく居座りそうだから、わたしが出て行ってあげたのに」
「ヒドい!それってぼくが鬼ってことですか!?」
再び大げさに嘆くキョクリス先輩に、あたしは知らん振りを決め込んでみる。
いや、どうせ自主練の時間が削られるなら、いっそ質問責めでもして、演奏のコツでも教えてもらおうか?
小悪魔ぽいこと考えながら見て見ぬ振り、慣れないまま海苔巻きにかぶりついたせいで、
ご飯粒がいっぱい頬についてるのは、親切には教えてあげない――鬼さんこちら、なんて、絶対教えてあげないんだから!