「今日の学級日誌、お前が全部書かされたのか? もう一人は?」
日誌を斜め読みながらの担任の問いかけに、あれ、と首を傾げてしまう。
自分こと「オオムラ」と今ここにいないもう一人「カミネ」、基本的には五十音順で出席番号が続きの者が
日直当番をやる決まりだが、今日は神峰が保健室に行ってしまったので、
やむなく僕一人で日誌をまとめ、職員室まで提出しに来たのだ。
それ自体は、クラス委員の仕事の延長みたいなものだからいいとして――
先生は、今日の日直が神峰だと覚えていないのだろうか?
「いえ、神峰が調子悪くて、結局早退したみたいなんで、あとは自分が……。」
「ほお。あいつ仮病じゃないだろうな、まさか」
あきらかな冗談にかすれた笑い声しか出ないのは、多分、暖房で空気が乾燥しているせい。
……というか、神峰の申し出を聞いた時にはむしろ『もっと早くに言えばいいのに』と内心で舌打ちして
しまった程だ。朝から様子が変だとは察していたが、黒板消しや資料運びなんかの雑務にも顔を曇らせて、
冷や汗とふらつきという動かぬ証拠を隠せなくなるまで、断りを入れないものだから。
だけどまあ、ギリギリまで頼られなかったのは、単純に自分に「信用がない」からであって。
むしろ嫌われていてもおかしくはない。文化祭では、店番の有無を聞くがてら独りなのかと探りを入れて
あからさまにイヤそうな顔をされたし、最終日の打ち上げも、一言誘う前にどこかに行ってしまったし。
その頃から人が変わったように吹奏楽部の活動に目覚めたことも、未成年の主張での勧誘を聞く限り、
クラスの居づらさが動機だというのも頷ける。
さながらサスペンスにありがちな、「こんな所に全員一緒にいられるか、オレは一人で自分の身を守る!」的な。
「まあ、急に部活に目覚めたり、かと思えばサボってさっさと帰ったり。
あれも何考えてるか分からない所があるから、仕事押し付けられても、お前も気にするなよ。ご苦労さん」
「あ、はい。失礼しま……?」
閉じてデスクに積まれた日誌を見て、腑に落ちないまま、踵を返した時――すれ違う谺先生と目が合った。
何やら言いたげに小さく噛んだ唇、普段その口が紡ぐお叱りには隠れファンも多……いや、待て待て!
(強豪たる、吹奏楽部の顧問。はたして、彼女が部活のサボリなどという重罪を許すだろうか?)
先日貼り出してあった投票結果とやらにも、神峰当人に指揮権を与えるとあったばかりではないか。
確かに終礼後にそそくさ鞄をしょって帰る姿は帰宅部じみてはいたが、肝心なのは、
アリバイのない時間に彼が何かに取り組んでいたのではないか、ということで。
……その何よりの証拠に、「……すみませんが、部活での神峰は」とか、谺先生、反論しかけてるし!
これだけは断っておこう、僕がそこに加勢するのは、決して彼の名誉のためなんかじゃない。
ただ隠れファンの人の前でいい格好したいだけなのと、もっと別の違和感の正体にも気付いてしまったから。
「……てないんですか?」
「……ん? 大村、今なんて」
「いえ。失礼します、」
(「さっきから『もう一人』とか『あいつ』とか『あれ』とか、神峰の名前を覚えていないんですか?」)
未成年の主張で叫ばれた神峰の名に、誰だっけ、知らない、とざわめいたクラスメイトへのあきれが甦った。
とは言え結果的に、先生に質問ひとつ満足に出来ず、好みの人の前で格好もつかない僕は、
優等生としても男子としても失格かもしれないのだけれど。
翌日、マスクを着けてきた神峰は顔を合わせるなり日直の件を詫びてきた。
「もう治ったけど、念のため」などとかれてない声でぼそぼそ言うので、僕はつい、びしっとマスクを指差してしまう。
「体調崩す時くらい誰にでもあるんだし、気にまで病むな。」
身体が元気なのが一番なのだから、無理をおしてまで気を遣う必要はない。
思った通りにそう言うと、神峰は少し驚いた顔で、じっとこちらを見つめてから――
不意に、泣きそうな眼差しになる。あれ。今の僕、酷いこと言ったっけ。例えば、お前が犯人だとか?
「ごめん。えっと、大村。分かった。分かったから、」
「……? 分かったなら、それで。」
病み上がりの長話なんていかにも身体に悪そうで、鳴り響くチャイムに僕は早々に会話を切り上げる。
それにこうなったら仕方ない、他でもない谺先生がかばう程の男なら、僕も大目に見ていてやるかと
―――眼鏡を拭きながら、優等生っぽく考えてみた。