「リハの前に、一枚撮るぞ」
ライブハウスで落ち合って早々、弦野はそう言い放った。エントリー上の代表者である彼曰く、
メンバー変更で本来ならバンド近影も提出し直さなければならなかったところ、
今日まで音合わせをしなかったためにこの土壇場で撮ることにしたらしい。
そうだと分かっていたなら、当日まで秘密になんて……、と余計な手間をかけたのをすまなく思ったけれど、
携帯片手に弦野はきわめて普通の心で(精神統一か、カタナで軽く素振りをしていた)、
地下へと続く階段通路に顎でしゃくって皆を促す。
「弦野よー、いい男に撮ってくれよな」
目深にかぶった帽子の下で歯を見せ笑う打樋先輩にも、当のカメラマンは気もなくへいへいと頷くだけだ。
ここにいる目上のはずの先輩たちにも彼は気を遣わない、そして誰もそんな性分を分かって気にしない。
……キョクリス先輩はさりげなく入口側に下がり、音羽先輩は気にする風もなくコートを脱いで丸め。
吹越先輩はさっそく意気投合したモコちゃんに前を勧め、
打樋先輩はなにやら気乗りしない邑楽先輩を前に行かせようとして揉めている。
と、カメラ機能を調整していた弦野がまごつくオレをねめつけ、最前列にスペースを空けた。
「モタモタすんな、人が来る。つーか神峰に刻阪、今日はてめェらが吹っ掛けて来てんだ、前出てツラ出せ」
「う、」
「言われなくても当然、神峰もそのつもりだよ。モコも足元気をつけて」
軽いジャブをスマートにかわす刻阪の自信が、幼馴染の前だからというのは目に「見」えて分かるとして。
やる気は十二分なのに、凄まれてとっさに上手く返せない自分が情けない。
もしここに楓さんが居たらみっちり叱られるだろう、とまでリアルに想像して―――かぶりを振った。
『もし居たら』じゃなくて、ねじ伏せなければならない弦楽器なら、一列を導くように先頭に立っている。
階段に立つから皆で列を作る形になったけれど、狭い通路の壁に背をつけて立った弦野に、
オレの足も自然と、その向かいに立つように動いている。まるで、列を率いる指揮者が二人、いるみたいだ。
そして、弦野のほのめかした呟きは……心は、多分オレにしか「見」えなかったと思う。
すぐ地上の大通りから聞こえる、車のエンジン音やクラクションにかき消されて。
「それにオレ、誰といつどこで何やったかってすぐ忘れっからな。形にでも残しとかねェと」
「……言われなくても。弦野も、皆のことも、目に焼き付けておく。」
アウェイな空間に乗り込む直前、笑顔でピースサインって気分じゃない。
それでも誰もがスタートを待ち侘び、心を跪かせた――位置について、今宵、導音。
弦野が無愛想に聞こえない振りしてるのも、多分オレにしか「見」えていない。
叩き斬るようなシャッター音の余韻もそこそこに、リハ行くぞ、と彼はもう前を見据えている。
つい二週間ほど前は顔も覚えられていなかったのが、同じ舞台で戦おうと張り合う巡り合わせ。
右胸のポケットに今日は持たない指揮棒の重さを思い出して、オレは寒さで白くけぶる息を整えた。