「なあ、いい加減に降参しては頂けないか、宗像三年生?
フラスコ計画を潰した、その節の非礼を詫びるために坊主頭にするのもやぶさかではないが、
もしもそうする時は自らの手で切りたいのでな」
黒神めだかは音を上げた。
椅子や机、教卓の散乱した三年十三組の教室で彼女と対峙していたのは――枯れた樹海こと宗像形。
名は体を表すと言うが、まさに枯れて朽ちたように目に見えて彼がぼろぼろなのは、
制服のスペアを用意しなかったせいである(どっちみち卒業した身、服の心配はもういらないものの)。
肩を上下させ息を切らし、半分以上の武装を壊され無力化された姿を見るにつけ、
その身の安全だけが軽傷の彼女には気がかりだ。肩をすくめる。
「コサージュを奪うために貴様を殺めてしまったら、私にとってはそれこそ総後悔だよ」
「ふうん。僕は今、人吉くんを殴って泣かせた奴を殺したいくらいの気分だけどね……」
挑発は物騒でも気迫はちっとも追いついていない。
ここまでに彼は、黒神ファイナルを二発と黒神ファントムCSVを二発、更に通常版を一発かわした。
コサージュを守りながら避けるだけで、間接的な衝撃波を食らうだけで消耗しきってこのありさま。
他の仲間はすでに倒され教室の床に死屍累々。
そんな敗戦場で、十三組で最強でもない彼がいまだしぶとく立っている理由は、
なんと彼女が突撃する度に――日本刀の刃を自らの首すれすれに当てる荒業に打って出たからだった。
あからさまな脅しに、早期決着を望むめだかの気は急かされる。しかし、宗像は動じない。
「僕は死んでも花を渡さない。だからそっちこそ、ここいらで降参してくれ」
「……それは、無理な相談だ。目安箱では受け付けられん……、なので、どうしてもと言うなら」
宙に浮かせたたおやかな指先で、ぎゃりっと嫌な音を立てて人差し指の爪が伸びる、五本の病爪!
拳銃のように両手を組んで指をたたみ折り、唇に近づけた人差し指にふうっとため息を吹きかける。
見えない銃口が形作られたことで、宗像はそこでひしひしと、目に見える殺意を感じた。
手負いのまま再び身構えれば、めだかは凶暴に口角を吊りあげる。
「退かぬなら、半殺しにしてから蘇生させよう。覚悟はよいか?」
「別にいいよ、恨まない。人吉くんと好きな子との仲を取り持つ為なら、僕はいくらでも骨を折る」
言葉を交わしても、分かりあえない時があった。
双方とも粘ったが、とうとう決戦は避けられない。息を吸う。いちにのさん、今度はどちらも数えない。
仕掛ける方も迎え撃つ方も先手を譲らない。衝突でこそ祝えない花道もあるのだと。
彼女の足が動くのを見届けてから、宗像はコサージュを守る片手を離した。
両手で握った刀を振り上げ飛び出す――瞬間に目を疑う、目の前に花が舞う。
乱舞する名刺。乱れ咲く花。散っていった人たちのコサージュが、眼前にぶちまけられたのだ。
誰がこんなことをしたのだ。驚かせて戦いを中断させようとでも言うのか。
すると色鮮やかな渦の中から、黒い制服が飛び出してくる。
現れたのは、信じられないことに人吉善吉だった。
宗像は振り上げた刀を下ろせない。嘘。どうしてここに来た、まさか喧嘩を止めに。
しっかり目を合わせ、彼は口を開き怒鳴る――声帯砲を!!
「善吉には私から伝えておこう――『貴様の友達は勇敢に戦った』と!!!」
……ああぁ、これじゃあどだい無理な話。
そんなお世辞を正面切って大音量で浴びせられちゃ、聞こえなかったことには出来ない。
やっとで立っている重心さえ見失わせ、まつげの先まで震わすような音波に撃たれて崩れ落ちながら。
「……卑怯は承知の上だよ、宗像三年生。
行橋三年生の変身スキルで善吉に化け、ひるんだ隙にコサージュを奪う。
言彦と不知火から学んだ応用技、貴様の殺意を出来るだけ無傷で封じるにはこれしか思いつかんかったのでな。
済まなかった、通してくれてありがとう……先輩がた。」
つまり“制服のスペアをたくさん用意しておいた”彼女は、
女子用のみならず男子用の生徒会特別制服も持っていた、それだけの作戦だと。
薄れる記憶の中で、そんな甘い勝利宣言を聞いていた。
「――つーか宗像も聞いたろ。『ありがとう』だなんて黒神にも結局バレてんだよ、
俺達十三人が本気で挑んだのは最初の一撃だけで、あとはテキトーに倒されたフリして送り出したことなんか。
なにてめーだけ本気で戦ってボコられてんの、なんなの馬鹿なの? 察せねえの?」
「質問責めにしてくれるな……言葉に棘がありすぎる」
消毒した擦り傷の上から包帯をぎりぎり巻かれ、ティッシュで片鼻に栓をした宗像は口をへの字に曲げる。
すっからかんに空いた真ん中に陣取って、パーティ内で唯一怪我を負った彼を、高千穂が面倒くさそうに手当てしていた。
手術や治療に秀でた名瀬はと言うと『二次会があるから』と早々に教室を出てしまい、
ぴんぴんした他のメンバーも自由解散した後の教室はひどくがらんとして。
ろくに身動きの取れない宗像とともに残された高千穂は、ふと懐かしさを覚えてしまう。
そうだった。こうだった。もともとサーティン・パーティはやりたい事もやってきた事も異にする、
こんな風に全員が一堂に会す方がめずらしい、言うことを聞かない自由な集まりだったのだ。
椅子に座ったり天井に張り付いたり壁を歩いたり、好き勝手に立ち場を定めていたのだ。
言葉なんていらなかったし。
ましてや第三者に“居場所が分かりやすい”と言われるなんて、あの頃では考えられない。
壮行会に呼ばれることを不自由に感じたわけでは決してないが、思い出した本来の無限さは、
今日が過ぎればもう二度と在りえないのだろう。
……懐古する間にも、持ち前のてきぱきした動作での手当ては続けながら。
傷をガーゼでおおい、鼻の頭には絆創膏を貼って、少し腫れたまぶたに眼帯をかぶせた。妹のようだ。
鼻血はもう止まったか聞くと頷くので、高千穂がティッシュ栓を引き抜くと宗像は大きなくしゃみを返す。
「ありゃ、鼻血ぶり返さねーか。だいじょぶ」
「らいじょうぶ……。馬鹿で察せない僕が悪かったよ、皆みたいに手加減して、先輩らしく花道を譲ることも出来ない……」
ずーとみっともなく鼻をすすって吐き出された自虐に、高千穂は便乗しない。あきらめない。
自由に解散していったメンバー達が、どうして二人を残してくれたかくらいバレバレだ。
(殺せないし殺されない、一緒なら。墓場を這い出て、迷路を抜け出て、きっと自由になれるはず。)
気づかいに気付いた時、言葉は自然と、敗れた空気のすき間に割り込んでいた。
「――なー、明日から二人で卒業旅行に、世界一周にでも行かねえ?
路上パフォーマンスでもして日銭稼いで、カタナを携えたサムライ!とかって売り込んで」
「…………ええぇ……?うーん、こんな時間差で人吉くんの予言が当たるとは。大体僕がサムライだとしても、高千穂は何するの」
「俺はそりゃ斬られ役。なんなら大道芸も出来るぜ、スーパーボール避けたり」
「む。なら黒神さんについてけばいいだろ」
「ヤだよ、だってあいつ胸あるもん。それかサムライの用心棒あたりが仕事も楽でいーわ」
「……鼻血出るようなこと言うな。知らない国で道に迷った時くらいだ、お前を頼るとしたら。」
無駄な怪我をして、門番にはもう懲り懲りだ。
花の咲かない道でもいいから、次は進む方がいい。そして道を尋ねられる人も、そこにいてほしい。
お互いに話し足りない、言いたいことは山ほどあった。
卒業式ですっかりさよならした気になっていたのに、思い込んでいたのに、今さら未練がましく傷だらけの顔を見合わせる。
いよいよ最後にならなければ本音を明かせなかった二人は偶然にも、
ここから何処へでも足を運べる無限さに、どこか懐かしい手触りを感じていた。