指折り数える卒業式、春らんまんの晴れた月曜日に、ちょっとめずらしい光景を見た。
放課後に向かった時計塔、花壇の前で宗像先輩が両耳にイヤホンを挿して水やりをしていた。
ふんふんとリズミカルな鼻歌を聞く限り、花を見つめる横顔がこちらに向けられることはなさそうだ。
なのでちょっと芽吹く、悪戯心。彼の正面に回ってどうもと大声で敬礼すると、案の定わっと仰天された
(初心者には、眉が少し上下しただけに見えるだろう。友達歴八ヶ月の俺にはすごい驚きだと分かる)。
「あーなんだ人吉くんか。心臓が停まるかと思ったよ、一瞬お花畑が見えて」
「リアルに目の前に見えてませんかねそれ……」
満開の花壇で漫談、聴衆はいないから気取らない。
今なら独占聞き放題だ、まずはどんな曲を聴いていたかをはいと挙手して知りたがると、イヤホンの片方を手渡された。
するとまるで寝耳に水、溢れてきたのは変則的なメロディととっさに聞き慣れない言語の歌詞。洋楽か。
しかし歌手を尋ねたところ、なんと八人ヶ岳だという。
「歌でも声が変わるんですね。つーか外語もいけるんすかあの人」
「うん。スリーピースやる合間にソロで海外公演もしてるんだって」
「はあぁ!? うわ、改めてよく呼べたもんだ文化祭……。世界中にファンやら追っかけがいるなんて」
「まったくうらやましい限りだとも。かつて世界中の警察に追われた設定の身としては、さ」
いつからか笑えるようになった、こんなことも。
……ただ、答えを教えてもらっても手渡されたそれをすぐに手放すのはひどく惜しい。
どちらからともなく芝生に体育座り、塔を背に広いグラウンドを眺める風に二人並んだ。
外国語を流すイヤホンで結ばれたまま、日本語でコミュニケーションするちぐはぐ。
夕日の下、不思議な歌。足取り軽やかにのぼる音階、息継ぎさえも楽器のよう。
紡ぐ言葉は分からなくても、喜怒哀楽はなんだか伝わってくる、ちょっとした超感覚。
そうだ危ない、本命の用事を忘れるところだった。
本当は昼休みにここに持って来たかったのだが、急きょ委員会の会議に駆り出されてしまったのだ。
毎週交互に買って貸し借りしている週刊少年漫画、今日は俺の当番なので、購買で確保したそれを鞄から取り出す。
「ってか今週から始まった新連載も、タイムリーに音楽モノでしたよ。」
「ありがと。へえ……同じ作者の前作、サッカーだったよね。異色だな」
「2秒でジャンルを切り返したと見ました」
「あーそれそれ!ゆっくり読んで、明日返すから」
「ごゆっくり、どうぞー」
不意に吹きつける風に、ばらららっと勢いよくページがめくれた。
楽譜みたい。真っ白じゃなく色分けされて、色んな歌が載っているよな。
速読するのはもったいなくてゆっくり読む、音読まではしないけど。
「――あ、大事なこと聞き忘れてました。歌の題名、教えてくれませんか」
「へ? てっきり鼻歌から聞かれてるものとばかり、僕が最初に歌ってたろ、」
忘れないように繰り返し、心を込めて教えてもらう。
そうして片耳で分け合う一曲も、片手で分け合う一冊も、いつまでも終わらなければいいのにと、心から願をかけた。
半人前から一人前になれますように、言い聞かせた。