予言人間は十六歳

お傍に行ってもかまいませんか、と、いやに改まった物言いで人吉くんが尋ねるものだから。
おかまいなく、と僕はよそ見してそっけなく答えた。
近くにいるのに、二歳しか違わないのに、なんだかよそよそしく扱われた気がしたからだ。
乾いた唇が散らす色のない息も、言葉も、寒々しいものに感じられたからだ。

「では、お言葉に甘えて。」

が、冷えた印象はほんの最初だけ。すいと背後に回る足取りにあれ、と首を傾げる間にもう、
ボディチェックさながらに有無を言わせぬ動きで、彼は僕を、背後から抱きすくめていた。
足止めされる。肩を並べるには少し足りない身長。対にある肩甲骨の真ん中に、鼻の頭が当たってる。

それだけではない。もれ出た吐息の微かな温度を、手の届かない皮膚で僕は感知する。
うなじの下から、勇敢さなどは欠片もない、低くくぐもった声がした。

「予言だそうです、宗像先輩。古代文明の暦によると、世界は明日で終わるんですって」
「へえそう。で?」
「万が一なら俺、その前に思い出しときたいなーとか。あんたに助けられて背負われた時のこと」
「ああそう……あれ?
いやいや違うよ、僕はあの時きみを超親密に正面からハグったんだぜ、寝落ちして覚えていないかな?」

世界最後の日くらい、口から出まかせ。
後ろから腰に回され、へその上に重ねられた両手をそっと解いて僕は振り向く。
絞め技からの抜け方は、恋の学園生活をちょっとばかり監視した時に覚えたものだ。兄として、
妹の人間関係にはよく目を配っておく必要が……否、妹の人間関係から僕は身の振り方を学んだだけ。

そうしてやっと、僕は正面から仕返しを仕掛けた。
ぎゅうぎゅうと締め付けると、コートのぶ厚い布地のせいか、人間を抱き締めた気がしなかった。
彼もまた同じように感じたのだろうか。これだから冬は嫌いだ。柔肌に鳥肌を立てるくらいしか能のない。
皆がみんな厚着を強いられ、すり合わせて触れられる箇所が頬っぺたくらいしか残らない。
これだから冬は。

「ん。ふう。なるほど世界滅亡か、明日にはバイバイなんだろうか」
「え。いや。困りますね、俺の予定じゃ先輩とまだ酒も酌み交わしてませんし」
「だよねえ。これだから古代文明って大嫌いなんだ。殺したいくらい」
「短絡的過ぎる……、ってか先輩、世界史苦手なんでしたっけ。
なんつうか、世界一周でもしたら楽しく克服出来るんじゃないすか」
「えっ。そうかな。人吉くんの提案ならそれも視野に入れておこう」

背伸びしての頬ずりと腰を少し曲げてのそれで、暖かさを交換する行いをたっぷり済ませた後。
両肩に手を置いて一歩引き下がり、彼をばっちり視野に入れて僕は伝える。
まだ僕の目が黒いうちに。世界が終わってしまう前に。人吉くんが僕に甘えてくれる時に。
彼は僕をわずかに見上げる姿勢を取っていた。
僕は先輩として、出来るだけ威圧的にならぬよう自然にお誘いを申し出た。

「世界一周、の時も傍にいてくれるのかい?」
「いえ、その時は俺は遠慮しておきます。なんだかあんたの足を引っ張ってしまいそうなので」
「まさか。そんなことは想像しにくいな」
「予感がします。当たるんですよ、俺の予言。だから明日も、お傍に居られたらいいなって」

そうなのか。そんな予言なら、信じていいかも。
これだから人吉くんって大好きなんだ。古代文明と違って埃をかぶっていないし、信じられる。

「けどまあ宗像先輩は、今日で終わるとしても俺より二年多く世界を満喫したんですよね。うらやましい」
「ふん、うらやましいだろ。悔しかったら僕より多く生きてみろ。古代文明になんか敗れるな」
「カッ、頑張りますよ! ですから、頑張ってくださいね」

ぱん、手袋越しのハイタッチは、やっぱり人肌の感覚がしなくて。
これだから冬は嫌い。それだから春を望む。四月にも、離れ離れにならず近くに居よう。

今月のカレンダーはどうやら捨てずに済みそうで、とりあえず僕は胸を撫で下ろす。
放課後は来年の手帳でも買いに、文具店へ寄り道などしたくなる。そんな浮かれ気分でお互いに、
(今年もお世話になりました、来年もよろしく――)なんて堅苦しい挨拶を、
ささやかな触れ合いと愛に変えて、ほんの少し自棄っぱちに交わしたのだった。