お傍に行ってもかまいませんか、と、いやに改まった物言いで人吉くんが尋ねるものだから。
おかまいなく、と僕はよそ見してそっけなく答えた。
近くにいるのに、二歳しか違わないのに、なんだかよそよそしく扱われた気がしたからだ。
乾いた唇が散らす色のない息も、言葉も、寒々しいものに感じられたからだ。
「では、お言葉に甘えて。」
が、冷えた印象はほんの最初だけ。すいと背後に回る足取りにあれ、と首を傾げる間にもう、
ボディチェックさながらに有無を言わせぬ動きで、彼は僕を、背後から抱きすくめていた。
足止めされる。肩を並べるには少し足りない身長。対にある肩甲骨の真ん中に、鼻の頭が当たってる。
それだけではない。もれ出た吐息の微かな温度を、手の届かない皮膚で僕は感知する。
うなじの下から、勇敢さなどは欠片もない、低くくぐもった声がした。
「予言だそうです、宗像先輩。古代文明の暦によると、世界は明日で終わるんですって」
「へえそう。で?」
「万が一なら俺、その前に思い出しときたいなーとか。あんたに助けられて背負われた時のこと」
「ああそう……あれ?
いやいや違うよ、僕はあの時きみを超親密に正面からハグったんだぜ、寝落ちして覚えていないかな?」
世界最後の日くらい、口から出まかせ。
後ろから腰に回され、へその上に重ねられた両手をそっと解いて僕は振り向く。
絞め技からの抜け方は、恋の学園生活をちょっとばかり監視した時に覚えたものだ。兄として、
妹の人間関係にはよく目を配っておく必要が……否、妹の人間関係から僕は身の振り方を学んだだけ。
そうしてやっと、僕は正面から仕返しを仕掛けた。
ぎゅうぎゅうと締め付けると、コートのぶ厚い布地のせいか、人間を抱き締めた気がしなかった。
彼もまた同じように感じたのだろうか。これだから冬は嫌いだ。柔肌に鳥肌を立てるくらいしか能のない。
皆がみんな厚着を強いられ、すり合わせて触れられる箇所が頬っぺたくらいしか残らない。
これだから冬は。
「ん。ふう。なるほど世界滅亡か、明日にはバイバイなんだろうか」
「え。いや。困りますね、俺の予定じゃ先輩とまだ酒も酌み交わしてませんし」
「だよねえ。これだから古代文明って大嫌いなんだ。殺したいくらい」
「短絡的過ぎる……、ってか先輩、世界史苦手なんでしたっけ。
なんつうか、世界一周でもしたら楽しく克服出来るんじゃないすか」
「えっ。そうかな。人吉くんの提案ならそれも視野に入れておこう」
背伸びしての頬ずりと腰を少し曲げてのそれで、暖かさを交換する行いをたっぷり済ませた後。
両肩に手を置いて一歩引き下がり、彼をばっちり視野に入れて僕は伝える。
まだ僕の目が黒いうちに。世界が終わってしまう前に。人吉くんが僕に甘えてくれる時に。
彼は僕をわずかに見上げる姿勢を取っていた。
僕は先輩として、出来るだけ威圧的にならぬよう自然にお誘いを申し出た。
「世界一周、の時も傍にいてくれるのかい?」
「いえ、その時は俺は遠慮しておきます。なんだかあんたの足を引っ張ってしまいそうなので」
「まさか。そんなことは想像しにくいな」
「予感がします。当たるんですよ、俺の予言。だから明日も、お傍に居られたらいいなって」
そうなのか。そんな予言なら、信じていいかも。
これだから人吉くんって大好きなんだ。古代文明と違って埃をかぶっていないし、信じられる。
「けどまあ宗像先輩は、今日で終わるとしても俺より二年多く世界を満喫したんですよね。うらやましい」
「ふん、うらやましいだろ。悔しかったら僕より多く生きてみろ。古代文明になんか敗れるな」
「カッ、頑張りますよ! ですから、頑張ってくださいね」
ぱん、手袋越しのハイタッチは、やっぱり人肌の感覚がしなくて。
これだから冬は嫌い。それだから春を望む。四月にも、離れ離れにならず近くに居よう。
今月のカレンダーはどうやら捨てずに済みそうで、とりあえず僕は胸を撫で下ろす。
放課後は来年の手帳でも買いに、文具店へ寄り道などしたくなる。そんな浮かれ気分でお互いに、
(今年もお世話になりました、来年もよろしく――)なんて堅苦しい挨拶を、
ささやかな触れ合いと愛に変えて、ほんの少し自棄っぱちに交わしたのだった。