造花話(つくりばなし)

「やあ、人吉くん。頭に花なんか咲かせて何処行くの」

絶対に聞き間違いだと思った。目安箱に届けられた投書のチェックと報告書作成、
いつものように一通りの業務を終えて生徒会室を出たそこで、ばったり会ったのが宗像先輩。
デスクワークでこった肩を軽くほぐしているところに突拍子もないその一言をかけられて、俺は肩どころか
たちどころに全身凝り固まってしまった。いやいやいや…、ちょっと待て。花て。頭に、何だって?

すぐには自分自身の異変を確かめられず、まず先輩の方を見て、今しがた指摘されたばかりの身体の部位と同じところを視認する。
それから腕をそっと持ち上げ、手のひらをおそるおそる己の頭上に水平に通してみる。
すると、間違ってもアホ毛などではない――何かやわらかく、胴は細く、
先端にやわらかい産毛らしきものが集合している物体を指先は払った。

「あれ、たんぽぽの綿毛が散るよ?もったいないじゃないか」
「ぎゃあああああああ!花ーっ!!」
「大袈裟だなあ、ただの花に化け物にでも行き遭ったような物言いで。たしかに草かんむりを取ると化けちゃうけど」

まあ今のきみはむしろ花かんむりって感じだよね。
淡々とした口調と無愛想な顔と言っている内容がまるで噛み合わない。
無意識に後ずさる俺を、先輩は遠慮なくじろじろ見るだけだ。
それでもその視線はおでこの上から下に行くことがなく、否が応にも事態を把握させられた俺はついに叫んだ。

「ど、どうして他人事みたいな顔してんすか!真顔で教える状況じゃないでしょう!」
「え、別に。頭に花が咲いてるなんて、頭を直に植木鉢にするよりかはずっと夢があると僕は思う」
「そーゆーグロ展開なんか読んだ事ありますけど!?
つうかこれは俺もたった今分かったことなんです、つむじで開花してる時点で絶対に異常ですよっ」
「へえ、てっきり好き好んで植えてるのかと思った。でもいいじゃない、どこかの惑星の不思議生物の民族みたいで」
「ピク民ってかーっ!!」

突っ込んでしまった。とうとう、突っ込んでしまった……。
笑えない。突如として降りかかったたこの開花現象、迂闊に摘み取って身体にどんな影響があるかも分からないし、
かと言って、放置したところでますます悪化するかもしれないのが怖ろしい。万が一これが
完成形だとしても、少なくともこのままでは、たっぷり一週間は不知火にからかわれること必須だ。
どころか、これから学校と家を往復する日常生活を送るにあたって、どう外見をごまかせと言う?

「……あれ?」

はたと気づく。考えてみれば、自分自身がこんな突飛な状況に陥ったと把握したのは、第三者と対面してそれを言われたからだ。
では、それまで一緒にいた――喜界島と阿久根先輩は別件で不在、
一方書類を出しに職員室に寄るからと先に退室したものの、生徒会室を出る寸前まで同じ部屋にいた―――
めだかちゃんには、何ら指摘されなかったが……?
どういうことだ。少しだけ冷静になれる。少なくともそんな心中が見透かされる前の、三秒間だけ。

「ああ、僕が黒神さんとすれ違ったのは、先に帰ってたからかな?
彼女はまあ大抵の非常識には寛容だし、そういうファッションだと思ったんだろう。きみなら尚のこと」
「ぎゃあああああああ!」

酷過ぎる!いったいどんな悪いことをしたら、こんなにもあり得ない誤解が生まれる!
こつこつとアピールしてきたファッションセンスだのに、冤罪もいいところだ……。
衝撃につぐ衝撃に頭を抱えて見る見るうちに風化していくような俺にはかまわず、
思案顔だった宗像先輩はやがて、何やら思いついた風でぽんと手のひらに拳をのせた。

「ああ、そっか。心当たりは無いでも無いか……。人吉くん、一昨日地下庭園に遊びに来ただろ。
実はあの時、名瀬さんと共同開発してた新種の花の種子を植えてたんだよね。」

唐突に解説タイム。
曰く、砂漠などの養分の少ない不毛地帯でもしっかり大地に根を張って育つような、強化され進化した植物の研究をしていたのだとか。
たしかに先日、俺が思い立って訪ねた時は明らかに作業中だったのですぐに退室しようとしたが、
せっかくだからと引きとめられて、結局かなりの時間にわたって作業の手伝いをしてしまったのだ。
園芸に勤しむ先輩からは深い人間味が感じられて、ほのかに見とれてしまったなんてのは照れくさくて本人には内緒だけれど。
それほどまでに尊敬する友達はしかし、この危機的状況に対して事も無げに言ってのける。

「まさか、花が人間に寄生するとかSFじみたことは言わないさ。
それに開発の初期段階だったし、ずるっと根から引いちゃって大丈夫。枯れた樹海の名に懸けて保証する」
「むしろ名に懸けられた方が心配だ……」

上級生の実力や知識を疑うわけじゃないが。本当に心配してくれているのかいないのか、そこらへんに迷う。
仕方なく俺が怖々とあげた手で綿毛をいじっていると、宗像先輩はやれやれとため息をついて言った。

「そうだね、うん……、うん。ともかく僕の管理ミスには違いない。
じゃあ今から、名瀬さんにあらためて頼んで花を枯れさせる薬を貰ってこよう。
一人分なら一時間もあればどうにかなるだろうから」

「………え……一人分?や、先輩、それって……」
「心配いらない、一緒に行って必ず治してあげる。彼女はまだ実験工房に残っていたはずだ」
「な、治してあげるって、ちょっと」
「ほら、鞄拾って。置いてくよ」

言い終わらない内に、彼はさっさと歩き始める。
鞄はショックのせいでいつの間にか取り落としていたらしい、俺はあわててそれを拾って後を追った。
ゆらりゆらり、頭の上で揺れるそれについて――はっきりと言及すべきかどうか迷いながら。
思えば、言葉を交わす途中からつまづくような違和感はあった。
普通か異常かの差異ではなく、ただ単に話が噛み合わないと思うこと。散らばっていたそれら全てが、一瞬で確信に裏返る。

絶対に、聞き間違いだと思った。見間違いだと思って。
だから、すぐには自分自身の異変を確かめられず、まず先輩の方を見た。なのに―――他人事みたいな顔をしてるから。

「……これは、もう少し眺めるのも悪くねえのか?」

ゆらりゆらり――目の前で、黒髪から生えたか細い枝に揺れる桜を。
初端から彼の頭の上に花があって、驚いていたけど。これはこれで面白いとか、寝言?

偶然はち合わせた友達の頭上に、季節外れの桜が咲いているなんて不可思議体験。
花見気分で廊下を駆け出し、放課後だから風紀委員の目は気にしない。
花のせいでいつもより少しだけ身長が上乗せされた背中は、目立って目立ってしょうがない分、姿を見失わずに済むようだ。
何故だかこの道すがら他の誰にも会わないことを願って、追いついて隣に並んで、俺は訊いてみた。

「……あの、宗像先輩、いいこと教えてあげましょうか?」
「ん?なんだい急に、人吉くん。」
「えっと、あのですね。ずっと前から言おうとは夢にも思ってなかったんですけど、」

――『普通に可愛いです』。喉から出かかる寸前で、やっぱり名瀬先輩に会うまでとっておこうと思い
なおした一言を飲み込んで。堪え切れずに笑ってしまった俺は、何でもないですと首を思いきり横に振った。