視聴用ヘッドフォンから流れる新曲に耳を傾ける宗像先輩は、なんだか音楽に『影響』されていた。
一つにくくった後ろ髪はビートを刻み、人差し指を宙振らり、リズミカルに無音のブレスを挟みながら。
「のってますねえ。この新曲カラオケでもう配信してるとか、後でこれ歌っちゃいます?」
「いや、僕は音痴だからね。聞くだけでいい――あとブラスバンドも見てみたいな。漫画の影響だ」
なるほど、意気よく頷いて俺も吹奏楽のコーナーへついていく。『影響』とは読んで字のごとく、
初めて出会った時にはドクロに歪んでいた彼の足元の影は、今は鋭い指先を振る指揮者に見える。
「ちなみにその時々で僕の影の見え方が違うのにはれっきとした理由があってね。
制服の中に仕込んだ暗器が透けて、影絵のように地面に映るだけなのさ。どうだ面白いだろう」
「え? すいません、何か仰いましたか」
「いやまぁ、ムダ知識だ」
気持ち声を張り上げられ、機関銃のようなタップから俺は顔を上げる。お手本にしたいが仕方ない、
タイミングに合わせて四方に向いた矢印のパネルを踏み鳴らすダンスゲーム、隣接するステージで熱戦中。
本人達が全面プロデュースしたレジャー施設『キヲテラエ・テラス』に、その日は宗像先輩に誘われて遊びに来ていた。
大型カラオケルーム『八人ヶ桶』、CD・DVD・楽器を揃えた『不老山フロア』、あらゆるアーケード音ゲーを網羅した『殺気城』。
聖堂のように高い天井まで電子音が渦巻き、階段とバルコニーが騙し絵みたいに配置された空間、腕試しはもちろん目でも楽しめる。
暗器を減らして着痩せした彼と、サバットの足捌きで競りあう攻防。
だんっと飛び跳ねて着地するたびに地響きが交差して、俺も負けじと踏襲、応酬。
しかも高得点を出せば景品も出るときた――みるみるケタの増えるゲージに、熱くならない訳がない!
「はぁっ、む、宗像先輩っ、なかなかやりますね」
「ふん、こんなもの。僕を倒したくば五機同時プレイくらい課さないと」
「ええっマジですか!?」
「嘘だよ」
つんのめった。そうして俺が大量失点した隙に宗像先輩は怒涛の勢いでコンボをかまし、
爆音のアウトロとともに発行される得点シートを、ぴっと指先でつまみあげる。
俺が呼吸を整える間にも、ぱたぱたと顔を煽いで受付に走るその余裕はどこから……ていうか本当に嘘なのか? 五機同時。
「ちょ、ちょっと、待っ……。デビルかっけぇのに、ずりい」
「ちゃらら~ん、回復アイテム~。景品は八人ヶ岳さん監修の声帯系エナジードリンクだってさ、はいどうぞ」
国民的ネコ型ロボットのだみ声を真似て、宗像先輩が一つしかない缶を当たり前のように手渡してくる。
悔し紛れ、その冷えた手を缶ごと不意にぎゅっと捕まえると、彼は後ろ髪を跳ね上げて驚いた。
「ありがたく頂きますよ。どうせ次は俺が勝って何か返しますから、次は太鼓ゲーなんてどうですか」
「いいよ。ダンスに続いて二本勝負だ、バチだけに」
安い挑発に乗ってくれるところは好きだ。にやりと敵視、決闘成立。
「――いやあ、なんかすみません!俺を倒したかったら五台同時プレイは課さねーとな!」
「えっ。じゃあやってみて」
「すみませんあくまでも例えの話でありまして」
歌うように謝って、俺は宗像先輩にうやうやしくドリンクを渡す。
心もレベルも鬼にして臨んだリベンジ勝負はほぼ互角だったが、最後に選択した協力モードで
最高得点を叩き出せたのだ。二人でつないだ手をセンサーにかざしたまま逆の手で叩く縛りプレイは、
右利きの宗像先輩と左利きの俺にはまさに打ってつけ。
ガンシューティングにリズム系、一通り遊び戦った後はフードコートで軽食をみつくろい、乾杯。
味はもちろん、ビーストアイドルの凶悪な歯並びでしか噛めないと評判の肉厚サンドイッチを
クナイでさくっと切り分けてもらったのには感動してしまったところ。
巨大ディスプレイに流れるライブ映像を眺め、宗像先輩はきゅっと目を細める。
「美味しいね」
「うまっ!口に合いすぎる!」
もぐもぐ頬張って頷きながら、だけどまだ……やりたいことがある。
ゲームも一通り制覇したしあとはおみやげでも買おうか、と案内マップに目をやる彼に、
俺はずっと気になっていたことを切り出した。
「宗像先輩。次はカラオケルームにでも行きましょう」
「ああ、いいね。きみの歌を聞かせてよ、僕はドラ声だし音痴だから遠慮する」
「いえ。――俺はあんたの歌を聞きたいんです。ウソついても、ダメですよ」
(あの指揮者志望のように、心なんて俺には見えないのだけれど。)
澄んだ切れ長の目を覗き込むと、宗像先輩は両手を挙げ、降参、と音を上げた。
「不老山さんが常にパーカーのフードをかぶっている理由をご存知ですか?
『生まれつき人並み外れて耳が聞こえすぎるから』と音を遮断するためだそうですが、
実はあれ、フードを広げて聞き耳を立てることも出来るんすよ。だから彼女は、あんたの声は歌える声で、
あんたの『手拍子』は、確かなリズム感に裏打ちされたものだと――そう、前に俺に教えてくれまして」
「歌手だけあって口を滑らせるね……『音の出し方を理解しているから声も斬れる』が抜けてるけど」
「え。途中から聞き取れないレベルの早口すぎて」
「まあ、気にしないで」
「はあ……。しかしどうして、音痴だなんてウソを?」
「だって歌が得意だなんて言ったら、文化祭なんか、人吉くんは僕まで舞台に上げたがったんじゃない?
きみは時々、信じられないくらい野暮な真似をするから」
それに、ラブソングは得意じゃないし。
間奏の終わりにそう言って、刀の代わりにマイクを携えた宗像先輩は歌う―――不得手なはずの恋の歌を。
教室ほどもある一部屋で、二人のためだけに響かせる。
「……すうっ」
持ってて良かった、ハーモニカを吹いて俺もすかさずセッション。
音を奏でて話しかけて、先輩のために音に鳴る。
待ち合わせ場所ではヘッドフォンで耳を塞いで、フードをかぶって、殺意を紛らわせていた人のために。
(そう言えばこの新曲は、アニメのオープニングにも採用されたのだっけ。毎週読んでる、吹奏楽の。)
「――カッ! 今日はどうも音楽に影響されっぱなしですね。つまり宗像先輩はぞめっきー推しと」
「いや、皆好きだよ。はちにゃんも殺気姫も魅力的だ、とても三人からは選べない。だから人吉くん、僕はきみがいい、な。」
「いいんですかね……宗像先輩に影響されても?」
缶ジュースでもくれるみたいに宗像先輩がマイクを差し出すので、代わりにハーモニカを手渡した。
パート交代、今度は俺が歌う番。
「ああそうだ先輩、ここ、ブースで収録した歌声を記念にCDにしてもらえるサービスもあるんだとか」
「すごいな。いや僕は恥ずかしいから嫌だけど、人吉くんのは欲しいかも」
「俺も恥ずかしいし嫌ですよ! そんなのなくとも、聞きたくなったらあんたに会いにいきますし」
「いいね。毎日が握手会だ」
「それはそれで有難味がねえ気が……」
マイクも楽器も防音も整った明るい部屋で、歌よりおしゃべりに時間を費やすぜいたく。
さすが彼女たちのプロデュースだけある、音を漏らさず光は通すガラスから外の風景が見渡せる、
明るい展望カラオケルームで――彼の足元に伸びた影はいまやもの言わぬ指揮者ではなく、
まるで影響されたくなる歌手のかたちをしていた。