同火線

てんやわんやの戦挙もやり過ごし、見事生徒会庶務職に復帰できたところで。
実に久しぶりに、髪を黒く染めてみた。夏休みの最後の夜だったので、優等生っぽく悪くないぶってみた。

「生徒会基本の黒い装いとはいえ、今日はずいぶん印象が違うね。心機一転、それとも、気分だけでも昔に戻りたいのかい?」

時計塔を囲む花壇の水やりをしていた宗像先輩は、
登校した俺をまじまじと見つめ、かすかに眉を下げて小首をかしげた。
すいと俺の肩を抱き寄せて、染めたばかりの髪をすきながら、案じるように言葉を投げかける。
摩擦熱でのぼせる脳天が、頬が、今にも爆ぜてしまいそう。
考えていることが全部、火薬さながら宙に飛び散ってしまいそう。

(あんたと同じ、黒い髪にしてみたくて。)
「ただの気分転換ですよ。飽きたら元に戻します」

恥ずかしくて嘘をつきながら、俺は目の前の先輩に抱きついた。
顔を見られたくなかったことと、真黒さんの見よう見まねだ。
退院した宗像先輩の身体は、暗器を仕込んでいるとは思えない細さで抵抗なく俺を受け止める。
以前と比べて痩せたかどうかなんて、そこまで分かる程長く過ごしてもいないのだけど。

「んなことより、ちゃんと食べてるんすか。病院暮らしから解放されたとこで、今日は帰りに甘いもんでも」
「ちゃんと食べてるって。疑うなら放課後、甘いものに付き合ってもいいよ」

くすんと表情を和らげて、宗像先輩は小声でささやく。

「……髪も買い食いも気分転換なら。少しくらい好きにしても誰も怒らないよ、だって生徒会庶務は誰より懸命に働いてた」

同じになりたいと望む人の手が、ぽんぽんといたわって腕章に置かれる。
まさか生徒会選挙でかっさらわれたばかりの、青い立場をうらやんだとは勘違いされたくなくて、
喉奥でくすぶる本心は必死につばを飲んで消火したつもりでいた。
 
 
消せるはずもないのに。
火が消えていないと気付いたのは、みんなの見ている前で幼馴染から突き放された瞬間だった。
熱くなる全身に、髪を染めた翌日の恥ずかしさを懐かしく思い出した。

「…あんた俺に、まさかフラスコ計画の実験体になれって言ってんのか……?」

オリエンテーリングで今までの自分を全否定され、ほぼ同時に安心院なじみからのスカウトを受けた俺は耳を疑う。
申し出が、じゃなく、続けられた言葉があまりにも見当違いだったからだ。

「ピンポン!普通のきみが自己犠牲の精神でフラスコ計画に身を投じることは、一般生徒の被害をなくすことにつながるんだから」

女神の救済であるかのように彼女はのたまうけれど、
聞かされる方はあきれて言葉もない。日射で丸一日熱せられたグラウンド、
そこにへし折れてつけた膝頭の熱さと、冷静すぎる頭がまるで噛みあわない。

違う、違う、違ってる。
全知全能だからこそ、単純すぎる俺の本心は見透かせない。
七億の個性を持つ彼女だからこそ、俺の気持ちは理解出来ない。
だって七億人と一体である彼女が、今更どうして『誰かと同じになりたい』なんて願う?

……とんだご褒美だ。放火でやる気に火が付いた。
フラスコ計画の実験体になれば――髪を染める程度の火遊びじゃない、俺はようやく、友達と『同じ』になれる。

背中を追うばかりだった宗像先輩と、ついに同じ立場に立てるのだ。
もしも突き放され見限られた、今回の件がたったそれだけだったなら、
安心院なじみのこんなにも素晴らしいスカウトが無ければ、俺は傷心に殺され燃え尽きていただろう。

「……助かった。命の恩人、安心院さん。」

計画を完成させたあかつきには、用済みになった計画を潰すのもいい。
最高じゃないか。友達を想って友達と同じになり、友達をそそのかした根本を容赦なく叩き壊す。
こんな経験、ひとりじゃどうせ怖くて出来ない。
同化してると吐き捨てられたら、その時は焼き土下座でも。
この間彼に借りた刺激的な漫画みたく。

宗像先輩、待っててほしい。
隠し持った情熱は誰にも見せないで、俺は折れた膝を立て直し、重い腰を上げた。