カルウタスク

その光景はさながら、五ヶ月間という量の時間が、目に見える形でわかりやすく現れたみたいだった。
安心院さんに従い、人吉くんの味方をすると決めてからも、僕らは彼の望まない介入はしない方向で一致していた。
すべき我慢とすべきでない援助を最初に定めたのだ。面子を見てもだいたい分かるが、誰も我慢には慣れている。
辛抱したり、耐えることにかけては、おそらく人並み以上の経験者揃いだろう。
ゆえに、誰も反対はしなかった。そうして、一旦はざわめいた生徒会室がしんと静まり返った後で、僕はようやく足を踏み入れる。

五ヶ月間。黒神さんが新たな生徒会長の座を勝ち得て、人吉くんが庶務職に就任し、
日夜目安箱を機能させてきた日々。その公約に掲げた三百六十五日ぶんの、百五十日ほどだろうか――
とにかく決して短いとは言えないその時間が、いまや僕の目の前に、目に見えて無残にぶちまけられている。

備品の被害から言えば、花がほとんどを占めていた。そりゃあそうだ。生徒会室にあるものを数えたと
したら、一番多いのは花だ。案件が解決するごとにプラスしてきた鉢植えや、花瓶の類。そして、
そんな備品に埋もれ囲まれているのは、毎日欠かさずそれらに水遣りを続けてきた人で、僕の友達。

「……人吉くん。」

名瀬さんが、後ろで何かみんな言っていた。砕けた花瓶は、彼のかたわらに血の混じる水たまりをつくっている。
そこに膝をつくと――僕を見て誰だか気づくというより、かぶさる影の暗さにただ反応するように――
人吉くんは顔を上げかけた。焦点の合わない目は、切ったまぶたのせいで、血の涙をこぼしていると錯覚を起こさせる。
そうして、はす、はすと漏れるか細い呼吸音を聞いてさえ、
喉もとを絞めたくなる己が性質は薄気味悪く、いっそ顔面をぶん殴りたくなるけれど。

(…友達の真似ばかりするものじゃない。)

「…、……、――……」
「人吉くん、ごめんね。痛いと思うけど少し堪えて。抱えるよ」
「……」

僕の声を聞き分けられているかどうかも怪しく、返事はなかった。触れたずたずたの制服の布地は、
乾き切らないぬめりを帯びて、指先を滑らせる。いけない。出来るだけ苦しい体勢を取らせないために、
そして裂けかけた腕章を引きちぎってしまわぬように、僕は最大限の注意を払う。

壁にもたれた背中をゆっくりと支えて起こしながら気付くのは、
見るに堪えない身体の正面と違って、背面は大して怪我をしていないこと。ああ――そうか。
自力で立てなくなるまで、彼は決して「敵」に背中を向けなかったのだ。

力なく下ろされた腕を取り、僕の首に回させる。血の匂いが近くなる。彼の制服の黒色は、
こんなにも血の色を目立たなくさせるものらしい。一回り小さな身体を背負う。
恥ずかしながら、僕は今まで人を背負った経験がないので、いつか映画で見たシーンなどを思い浮かべて、真似てみる。

びっくりした。人吉くんは、軽かった。もちろんそんな感覚も、僕が大量の暗器を携帯し慣れているせいだったり、
抱えた異常性に由来するのかもしれないけれど、――それにしたって、命の重み。
こんなものなのか?こんなものじゃないと教えてくれたのは、人吉くんじゃないか。
なのに、鍛えた脚力はすべて通じず、あげく守ろうとした相手に蹂躙され。それじゃあまりに報われない。

「…、…、…」

僕は耳を澄ます。次第に規則正しく、ゆるやかになる息に、意識が落ちていく気配を察する。生徒会室の
扉に手をかけ、台風が通り過ぎた後を思わせる室内を、もう一度振り返った。

ひどい散らかりようだ。あの黒神さんが人吉くんと戦うにあたって、わざわざ武器を使うとは思えない。
だから眼下に蹴散らされた物々は、攻撃を目的に投げつけられたのではなく、どさくさにまぎれて
弾き飛ばされたのだろう―――倒れて枝葉が折れた鉢植えも、割れてガラス片と中身が混ざった花瓶も、
さらにはこぼれた水で手書きの文字がにじむ投書の山も、どれもこれも。
もののたとえではなく、容赦なく壊された思い出たちに、息が詰まりそうになった。

(……それでも言い換えるなら、こんな状況でも素手で触られたのは、人吉くんだけだということ。)

こんなになってもまだ、どこかで、彼女にとって彼は特別な存在のまま。
そんな風に二人とも擁護してしまう甘い部分も、その危うさも自覚はしている。
だからこそ僕は――今こそ黒神さんを糾弾し、生徒会の面々に断言しなければならないのだ。きちんと彼らに敵対するために。
誠実に、人吉くんの味方をするために。

「力にならないわけには、いかないさ。」

……お腹をかばうようにして、くず折れていた人吉くん。腹を割って話す間もなく、負けてしまったと一目で分かる。
だけれどそれはバッドエンドではなく、いつか僕に差し伸べてくれたのと同じ右手の中に、
必死に守り抜いたものがあるはずだ。

散乱した、半死半生の花々を踏まぬように立ち上がる。
普通の人になれずとも、普通の人吉くんの力になりたくて、僕は何も惜しまない。
たやすく背負える軽さに動揺を隠しながら、僕は何よりも先に、
傷ついた後輩をこんな綺麗じゃない場所から連れ出してあげたかった。