半年間。
それだけの時間量を振り返る時に、長く感じられたとするか短く感じられたとするかは人によるだろうが、
少なくとも今の俺にとって、それは短く感じられたものだった。走馬灯のように思い出せた。
十六年の歳月の、三十二分の一。思い出。実に些細で。水に傾いで。
日課となった水遣り時にはやわらかな花弁に二つ三つの水滴を休ませる、
そんなありふれた花のひとつからすべては始まったことを、俺は忘れちゃいなかった。
「『へえ。これがトレジャーハンティングのお宝だとは、めだかちゃんらしいや。ねぎらいや称賛や
親愛、そういう色々な要素を同時に伝えられる、定番で王道のお祝いと言うべきかな』」
「ふふ。黒神さんもロマンチックなところがあるんだね。
候補生もみんな女の子だし、喜ぶと思って買ってきたのかなぁ。まあ私はお金が一番嬉しいけどっ」
「ああ、手入れこそ人吉くん担当だったが、めだかさんも日当たりなんか気を使っていたからな。ただ、
あれはまだつぼみが無いみたいだが…“これからの成長を楽しみに”というメッセージでもあるのか?」
時計塔の屋上。
口々に、おのおのに「用意されていた宝物」を語る生徒会と候補生の面々に追いついた時、
ただひとり正解を知っていたにもかかわらず―――俺は、その間違いを正すことが出来なかった。
知らないふりをして同意したのではない。最下位に甘んじて、いじけていたのでもない。それ以前に、単純に
言葉がすぐに出て来なかったのだ。暗号の回りくどさもそこにはなく、否が応にも直視せざるを得なかった。
だって誰が想像できるだろう、後継者候補生たちと生徒会役員に課せられたオリエンテーリングにて、
委員長クラスまで動員して、とびきり素晴らしいものだと直々に銘打たれた優勝賞品が、こんなちっぽけで
ありふれた花だなんて。――めだかちゃんと俺が、最初に生徒会室に並べた鉢植えだなんて。
俺は考える。暗号と同じくらい、必死に。生徒会室を埋め尽くさんばかりの花に埋もれそうな
このひとつの意味は、「二番目」の阿久根先輩にも「三番目」の喜界島にも、
ましてや「-四番目」の球磨川にも分かるはずはないのだ。卑怯な。誰か。真似ているような。
「鍋島先輩なら、さっき帰宅してしまわれたよ」
こんな広い場所でも、凛と通る聞き慣れた声に振り返る。生徒会長は時計塔を駆け上っては来なかった。
普通に屋上の扉から現れた(それでもグラウンドで俺が立ち上がった時はまだ、鍋島先輩と話している
様子だったが)のは、来るまでに委員長たちにあらためてお礼でも告げて来たのか。
ありがとう。とか。新学期、花と一緒に押しつけられたその言葉は、
忘れるべくもない。そうだ、鉢植えがたったひとつだった頃から水やりをしている俺が、「一番目」を
覚えているのは当たり前だ。だけれど数々の案件を解決し続けて、今や生徒会室の外までにずらりと並ぶ
それらから、最初のひとつを見つけ出して用意すると言うのは……。
覚えていたのか、ちゃんと。優勝した候補生といつものメンバーの、なかばお祭り騒ぎのような
ざわめきの中、時間切れで失格しただ一人かやの外の俺に、めだかちゃんはずいと近づいてくる。
一瞬、喜々津がそれを察したように走る寄るも、めだかちゃんに扇子で軽く制された。
「委員長の皆を拘束する以上、タイムリミットは設定しておいたし、それももう過ぎたがな。超法規的措置
かつ個人的な理由であと五分待ってくれ。なあに、イベント攻略後のデモムービーだとでも思えば」
――らしい。みなが遠巻きに眺めていた「宝物」に近づいて、あっさりと拾い上げながらの知らせに、
誰も反論しなかった。喜々津は俺に意味ありげな一瞥をくれてから素直に頷いて、
みんなを引き連れ、それとなく離れていく。女子中学生相手に、プライドも何もあったものじゃなかった。
やがてみんなが歓談に戻ったのを確認したところで、
景気良く扇子を閉じたかと思うと、めだかちゃんがおもむろに口を開く。
「善吉よ、『俺より後に生徒会に入る奴ほど、いいポジションに就く』だったか? それはいささか
誤解に過ぎるな。私は別に、貴様をレベル99まで育て上げるために庶務職に任命したのではないのだぞ?」
……うん。軽く質問責め。後半はまあ、そりゃそうだ。もしそうなら、どんだけ
真黒さんに影響受けてんだよって突っ込んでた。どこか残念がるような言葉は続く。
「生徒会を発足した時、私を案じてくれるのは貴様だけだった。初めてだった。
……なるほど庶務は下っ端かもしれないが、つまりそれより前の段階はないということだろう。
生徒会長は終わるだけだが、庶務は、私にとっての始まりなんだよ。」
「んな、底には底が、みてーなこと言われても」
さすがに、あきれた言葉が口をつく。
それでも彼女は気にもせず、さまようみたいな指先で、その胸もとに抱えた鉢植えの青葉を撫でる。
諭すような、いつくしむようなため息をはらませた呟きは、
何も遮るものがない屋上を吹き抜ける風に消えた。誰が黙っているわけでもない。当の優勝者は
おとなしく指示に従って、副賞を申し出るよりも先に中学生らしくはしゃいでいるし、球磨川は何故か
漫画本片手に財部候補生に追われているし、阿久根先輩と喜界島はそれらをかやの外から眺めている。
静観している。完成している。生徒会長は、上から目線だ。
「……、」
ふと、言い返す言葉が止んだ。やっぱり庶務なんか、とすねかけた気持ちが途切れて、絶句していた。
もう使いたくないと意識の外に置いていた異能が、彼女を前に無意識に溢れる。能力が勝手に引き上げられる。
一京分の一を数える、悪魔じみたあの視力。――こんなに見とれてしまう花は、今までに見たことがない。
彼女の視界を通して覗く景色は、手遊ぶ最初の鉢植えの花は、どこまでも凛とうつくしい。
この期に及んで、『冗談じゃない』だの、『やっぱり下っ端はいやだ』だの、言えなくなってしまった。
突き放す言葉はどこにもない。話す言葉が見つからない。
すべては、そこにある花に託された言葉の重みが、眼差しが、いつかと違ってやさしいせいだ。
「がんばれ、善吉。私は他の誰でもない、他の役職でもない、貴様が根底を支える組織で、安心してがんばりたいのだ。
私は候補生たちに私のようにはなってほしくないけれど、
この花が数多の中の最初だったと言うことだけは、分かっていてほしいのだ。」
「……ああもう、親しみを込めて呼べとか、こりずに誰かさんの真似ばかりしてんじゃねえぞ―――めだかちゃん」
目眩のするような途方もない志に、怒るに怒れない。そんな風にそわそわと落ちつかない心のまま、
庶務職と言う端役から一歩も動かぬまま、駆け足でイベントは消化されていく。
だけど出来るなら、次にこの脚を生徒会のために働かせる時は、もう少し速くありたいとも願うのだ。
かくして俺は、精神的で、メッセージ性があって、かつ、ここまでの冒険が何よりの宝物だったと
感じる程の言葉を、半年ぶりに改めて、めでたく聞かされたのだった。