中級パソコンマスター/中速マラソンランナー/中濃テッパンウスター

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中級パソコンマスター中速マラソンランナー中濃テッパンウスター

中級パソコンマスター

しゃべる通信機に、顔を判別するカメラに、歌うカーナビ。
電子機器が軒並み生きものじみた機能を備えるようになって幾年、
科学者達はついに生物と機械を合体させた電脳マウス『パペット』の開発に成功し、
じきに安価に大量生産出来るようになったそれらは一般家庭にも流通し始めた。

『パペット』――その正体は、
パソコンにじかに繋いであらゆる操作を行う学習型・兼育成型マウスだ。

ただし従来のそれと違い『彼』は生きている。
しっぽの先端をパソコンに挿してネットワークに接続している最中はもちろん、
していなくても、いつでも息を吸って吐いている。パペットは機械として生まれてくるし、死んでいく。
充電することで体力とパフォーマンスを維持し、腹が減りすぎたらそれまでの命だ。

が、ひとたび休息したなら、目を瞠る動作をも見せる。
満腹になれば三日三晩だって、広いマウスパッド上を休まず、
彼は自慢の脚でもって縦横無尽に駆けめぐることが可能だった。
ユーザーの高等かつ口頭命令に従って動き、お褒めの言葉をもらうときには、
まるで大昔のマウスのように、その背にのせた手のひらに撫でられながら。
ふわふわした白い毛並みの下で、ちかちかと赤く発光するのは、元気なあかし。

「人吉くん、最近、手慣れて動作が速くなったよね。
前ほどフリーズもしなくなったし、手伝ってもらって作業がはかどる。何よりだ」
「はい!これからもお役に立てるよう善処しますので。再起動のお手間も取らせません」
「ふふ、固い固い。もうちょっと友達みたいにくだけてくれたっていいんだよ?
……いやあ、買った当日にウイルスに感染したのには不良品かと心配しちゃったけど。
失礼な取り越し苦労だったね」

ライトの当たるマウスパッドの中心で、俺は胸もとに片前足を当て、舞台上の役者ぶってお辞儀した。
真っ暗なこの部屋で唯一の光源である青白いディスプレイが、一人と一匹の存在を浮き彫りにする。

マスターこと俺の飼い主ムナカタケイは、昼間は学校に通っているため主に夜に俺を使用していた。
今の彼は、朝に部屋から送り出した時とはまるで違うゆったりした寝間着姿で、後ろ髪も解いてリラックスしている風だ。
帰宅してすぐは、使い込んだ学習机に向かって教科書とノートを広げ
(「きみを働かせすぎちゃいけないから、宿題はせめて自分だけでやる」だそうだ)、
難題のクリアー後は、のんびりおしゃべりしたり手のひらの上で踊らされたり(そのままどおり)
眠るまで愉快に過ごすのが日課となっていた。

やがて、会話で作業をひと休みしていた画面がスクリーンセーバーに切り替わると、
彼はチェアに深く背を持たれかけさせ、伸びをしてから後頭部で両手を組んだ。
不意に手放されれば、体温の名残も室温と混じりあってすぐに分からなくなる。

――パペット・ショップの在庫処分セールでどんけつまで残った所を
買われてからというもの、電脳マウス『人吉』は生まれたことを悔いなくなった。
耐久テストをくぐり抜け、店頭に並ばされ、ついにワゴンに放り込まれてからの出会い。
ぞんざいに扱われることはまずなく、本物の愛玩動物並みじゃないかと錯覚するくらい
かいがいしく面倒を見てくれ、演算と努力を掛け合わせた練り歩きを評価してくれる。

だけれど……だからこそ、落ち着かないのは。
マスターが俺を買ってから、ほとんどいつも同じ調べものしかしないこと。
新作の映画情報や花の植え方、あるいは流行の漫画よりも、もっと興味を示すもの。
キーボードを叩く細い指先から伝わる、電磁波がことさら波打つように反応するもの。
一度も着信音を聞かせない携帯電話を横目に見て、検索、検索、ページを繰って。

かちかち。徒歩徒歩。とぼとぼ。

「ん、読み込み速度が落ちたかな。人吉くん、疲れたなら休憩しようか」
「いえ!すみません、善処します。……あのう、マスターは……、あー、こほん。再開しましょう」
「くれぐれも無理はしないで。具合が悪ければすぐにエラーを出すんだよ」

そうしてかちりと探し当てたウェブサイトを覗く瞳に映るのは、いつも決まって。

「……今日は、これですか?殺人事件判例集」
「うん、ありがとう。年代別で順に読みたいんだ、BGMは消しといて。読みづらいところは改行と段落替えも頼む」
「はい、そのように」

心配、なのだ。
俺は不安で毛が立ってしょうがない、殺人――というカテゴリに、飽きず示し続ける興味の深淵が。

彼が俺を買った当日に不良品を疑ったように俺もまた、
パペットを飼い始めて即「殺人」をサーチするマスターこそ、人間の『不良品』なのではないかと疑った。
そんな訳で最初は、悪寒からくる毛並みの逆立ちを悟られぬよう、必死に取り繕っていたものだ……
もしかしたら俺で入念に下調べをしてから、殺人に手を染めるのかもしれないと。
そうなったら、それを手助けしたパペットにも責任の一端はある。殺処分は免れない。

念のため、口封じにメモリを消去されても勝手に通報出来るように、
昼間にこっそりプログラムを組んでおいたりもした。
しかし……彼と暮らし始めてちょうど一か月の日、俺はそのプログラムをごみ箱にぶっこんだ。

マスターが日夜調べるのはあくまで殺人「事件」だった。どこで何が起こったか、ただそれだけ。
たまたま悪趣味なページのリンクを俺のヘマで踏んでしまうことはあっても、
凄惨な現場画像を好んで探したり、関係者を興味本位であざ笑う真似は決してない。
むしろ殺害方法や動機などには顔をしかめるほどだ。
そして今日も判例集ときた――彼はもしや殺人が目的なのではなく、
『殺したら人間はどうなるか』を知りたがっているのだろうか?

殺した人間、殺された人間、そして両者に関わった全員が、どうなるか。
量れない罪に、果てしない時にもまれることの重大さを。

「――エラーが発生しました」

回路が焦がれるほどの発熱を感知して、スピード重視の駆動が強制的にのろくなる。
気付けばマスターの手の甲に倒れ込むように、俺は全身ですがりついていた。

肌に浮いた血管や骨がでこぼこの溝を生むそこに、
重要な部品の詰まった腹をのっけても、およそ快適だとは言いがたい。
それでも俺は、俺のあばら骨と彼の手の甲がこすれてごりごり鳴るくらい、
力強くしがみつく。俺がいつも背中に、やさしく手を置かれるのを見よう見真似して。

ぐるぐると目が回る。

分からない。ギブアップなのか、ただ単に寂しがるアクセサリ機能なのか、
個体的にそんなことは調べて欲しくないのか。いや。機械はそんな出過ぎたわがままを言わない。
ずうずうしくもユーザーに進言したりしない。ヘルプを参照すればいいのかな。
あるいはしまい込んだ取扱説明書を出してきてもらうべきだろうか?

「処、処処処理中、てす。動作が常異におけ生しまじた。
問題問題なれ原い因を探いますので少々おお待ちくださま、まスター、マすたー、ますたー……
あのう、たとえとば【家宅捜索】されら、俺も押収さえちゃゃうんで、すか」

「……そうだね。でも僕は、きみをもう他の誰かに指一本触らせたくないし、
しっぽも他の端末には挿させない。だから絶対に、そんな別れ方はしない……音声認識いける?」

「ええ。え。え、え、ええ、――ええ。それさえ言いつけて頂ければ、何も問題ありません」

問題は解決されました。音声処理分野を修復しました。通常モードに戻ります。
目の回りが収まって、俺はあわてて身体を起こす。余計な足踏みをしてもたついたせいで、
ねじれてこんがらがったコードの束をもどかしく解く間、彼は急かさず待っていてくれる。

目が正常に機能しているか確かめようと、少し離れたラックの上に置いてある携帯電話を見やった。
それはもうずっと沈黙したまま、空気を読まずに鳴り出すこともない。
朝ご飯も晩ご飯も、誰かが階下から少年の名前を呼ぶことなんてない。
二階建てのこの家屋で、俺は一人もマスター以外の人間を見ていない。
そんな一般家庭にもパペットは根付いている。

俺と出会わなければ、この人はどうなっていた?
この人と出会わなければ、俺はどうなっていた。

欠陥。不良。万能で優秀なパペットには育たず、
飛ぶようにも売れずワゴンセールの箱に取り残された頃を思い出す。
箱の中。日付がもうすぐ変わる時刻、憂鬱そうに、日めくりカレンダーの今日を破り捨てる右手を見上げ。
ひらひらと舞うちぎれた紙片が、ひとひら鼻先にのっかってくしゃみが出た。
桜の花に似ている。入学式帰りらしい新品の制服姿で、僕への入学祝いに、なんて買われた俺とか。
その時肩に乗っていた薄桃の花びらとか、連想するのは。

「ああ、早く卒業したいな。
校舎に人間を詰め込んで世に売り出すのが義務教育なんて、誰が考えたのか知らないけれど。
少なくともその人は、目が合うだけで殺す理由になる生徒の入学を想定し忘れたんだろう。
卒業……。卒業したら、きみと働いてきみと休む。朝から晩まで一緒に居たいよ」

「……善処します。壊れるまではご期待に添いましょう、俺はあなたの人形ですから」

歌うように、受信した言葉に返信する。しゃべり、顔を判別し、歌い、生きものらしく。
コードレスタイプが未だに商用化されないのは脱走を許さないためと聞くが、逃げるつもりもないし。

まるで本当の友達みたいに、裏で糸を、コードを引いて操って、骨の髄まで利用して。
やさしくまとわる指をたわむれに甘噛みしながら、俺は、
しっぽの先から流れ込んでくる膨大な殺意の情報量に溺れぬことだけ警戒して、
ありもしない野性を尖らせていた。

中速マラソンランナー

夜更かしのために淹れたコーヒーは、だいぶ冷めていた。
念のため、湯気が消えてから味見させてもらったその苦みを門歯でよく噛みしめていると
――椅子の上で立てた膝を抱え、毛布をかぶってネットサーフィンに勤しむマスターは、
まだまだ眠くなさそうだ――コーヒーカップを危なっかしくもパソコンの傍らに置いて、
ディスプレイから俺に視線を移した彼は唐突に言った。

「ところで。人吉くんの自慢のアキレス腱、じゃなく足の裏、ちょっと拝見さして。」
「……?」

ぶぅん、微かな駆動音。
サーチを中断しての唐突な口頭命令にとまどいつつ、さっきまで靴の通販を
検討していたことからの発想だと思い至ると、おそるおそるマウスパッドに腰を落とす。
作業中は他のコード類と絡まぬように浮かせていたしっぽを身体の下に敷き、
後ろの短い片足を両前足で抱え上げるのは、やったことのない芸当だ
(いつも決して失敗を責めない、無理を強いない飼い主の言葉だけに、四肢の緊張はいなめない)。

よいしょ、――と、たっぷり五秒。
人肌を隙間なく武装する毛布のこうらから頭だけ出して、
マスターはなめるように俺の土踏まずを凝視する。

「ふむふむ。メンテを業者に頼むのも気が進まない、当然僕が掃除しなくちゃいけないか」
「えっ。そ、そんなに汚いですか、俺のあし」
「いやまあ、パペットなら全然普通のことだけどね?
なにせ地に足着けて、駆けずり回って機動してるんだからさ。ちょっと埃がこびりつくくらい」

なんだ、ほっと一安心。
てっきり俺が薄汚れた欠陥品なのかと、捨てられたらどうしようかとさえ一瞬で想像しつくしたぞ……
そうして肩の力を抜く間にもマスターは、首を伸ばしてじろじろ観察して。
毛布のすき間からおもむろに、にゅっと手も伸ばしてくる。

「ちゅ。え、え、あのう、マス」
「人吉くん、あおむけー。」

人差し指で宙に円を描きながら、魔法でもかけるようなおどけた命令。
俺は従い、慌ててこてんと背中から転がる。裏返った亀のごとく手足を広げて腹を見せれば、
見上げるマスターはどこか満足げに目を細めた……おやめずらしい、
顔貌認証の履歴の中に、こんな表情パターンあったっけ?
バグをも疑う『見慣れなさ』に、俺はぬるぬる動く指先を見逃した。

「す、すみませんが俺は、ここの裏面がパッドに接してないとデータ整理が出来な」
「いいの。別に意地悪なんてしないから、ただ過熱暴走しないようにね」
「あ、ぜ、善処しま……わ゚っ!」

むに、爪先を慎重につままれて、エラーみたいな変な音声を発してしまった。
彼は右手で俺の足を支えながら、左手に持った毛布の一隅でこしこし足の裏を擦る。
毛のない部分を直に撫でられる感覚に、反射的に毛並みが逆立った。
体温を帯びた素肌じゃない、平べったくてしっかりした足場でもない、
ふかふかの毛布……足裏で素材情報を読み取るに、どうやらアルパカの毛らしい。

ぴりっと痺れるわき腹を見れば、こちらを覗きこむマスターの前髪が降るようにかすっていた。
本当、メガネでも拭くような調子で鼻歌なんか歌っちゃって『メンテナンス』は続く。

「ちふっ、く、こそばゆい」
「今日はもう遅いから、とりあえず拭くだけ拭いとこう。明日はお風呂に入れたげようか」

足を持ちかえられ、今度は反対側。
指の分かれめまで隈なく繊維を通され、くすぐったくて仕方ない。
変な音は止まらないし、なんだか機体が熱くて腹筋がひくひくひきつれるのはどうしてだ。
むしろ手つきはやさしくて、特別苦しい体勢って訳でもないのに。たまらない。

(……ていうかさらっと言われたけど、お風呂。)
買われて初めてのことだった。当然だ、本来はそんな手入れはパペットに必要ない。
消毒液を頭から振りかけて、後で水気をふき取るだけでいいのだ。
まあ、それすらマスターは、今の今まで失念していた訳だけれど。取説をちゃんと読んでいないのか。

――コーヒーの残り香漂う中に寝かされて。
うっかりこぼした時には濡れて壊れるだろう、なんて旧型の電子機器に思いを馳せたり。

想像、奔走、記憶の層を掘り返す。家具の少ないこじんまりした薄暗い部屋と、
毛布のもと、毛を刈られる前のアルパカが歩んでいただろう広大な山地の景色は縁遠いのに。
ほのかな野の匂いと、それを着込むマスターの人くささは、不思議と溶け合うのだ。

やがて最後の足を手放された時、待ちわびていた俺は起き上がってすっくと立った。

「あのう、善処頂き、ありがとうございました!
ときにマスター、お風呂も結構ですが、その前に……あなたの寝床に入っても構いませんか?」
「……もしかして寒い?ごめん、長々お腹さらさせて、良くないね」
「いえ、ではなく!足の埃も払いもせず、お傍に上がるのは失礼ですので。今でしたらよろしいかと」
「……、だいじょぶ、だよ。そんな事気にしてたの。もっと早くに言ってよ……」

齧歯類は友を呼ぶ。
毛布のかたまりから彼が呼ぶ、せつない手招き目指して歩く。
刈られて編まれた毛も、殺したがりのはぐれ者も、汚れた裸足も、失われた野性のひと欠片ずつで。
人の形をしたアキレスに追い付かれる前に、皆で手を取り逃げるように。

「僕、寝相はいい方なんだ。寝相くらいしか良いものがないんだ。だから何も心配はないから、壊さないから、…………」

その場しのぎの給水所みたい、
飲み干した後の、コーヒーのしみと香ばしさの残るカップは洗い場に下げもしない。
やわらかく磨かれた足に、規則的に寝息がかかる度、きゅっと全身が緊張して縮こまった。
今はなんだか、足をばたつかせ生き急ぎたくない、走りたい気分じゃない、と俺は怠けて思った。

中濃テッパンウスター

町の家庭の換気扇が息を合わせるように回りだし、風力発電みたいだなんて突飛に思いつく水曜の正午。
食卓にどんと据えたホットプレートを挟んで、三角巾を巻いて足踏みジョギングをする一匹のマウスと、
かっぽう着で刀のごとくへらを操る一人のマスターがいた。
網戸をすりぬけてくる心地よい夏の風を、鉄板に踊るお好み焼きに、隠し味のように絡めてかき混ぜて。

鉄板にしたたって焦げるソースの香ばしい匂いと、具にぢゅうぢゅうと火が通る音。
俺は鼻をくんくんひくつかせてキャッチした香り分子の解析に入り、
視界をサーモグラフィー画面に切り替える。
小麦粉にキャベツ、もやし、ちくわ、今朝の残りの焼きじゃけ、その上からソースとマヨネーズ。

「マスター、摂食に支障をきたす生焼け部分はありません。調理を終了してもよろしいですか?」
「うん。レシピは保存しなくていい、こういうのはありあわせの目分量でいいからね」
「めぶ……?」
「目・分・量。見た感じで量ることだ。つまり、人は見かけによる、みたいな?」
「メブンリョウ。辞書を更新しました……サーモグラフィー切り替え、通常モードに戻ります」

蛍光色の赤と青が消えて見慣れた視界が戻ってくる。
足踏みジョギングを終えて振り向くと、鉄板に繋がるしっぽが焼きそばのように絡み合っていて、
かつおぶしと青海苔を振りかけていたマスターは苦笑しながらコードを解いてくれた。

「ではお相伴にあずかって、いただきます、マスター!」
「ん。いただきます。」

ほかほかのお好み焼きを大小二つの皿に並べた六人掛けの食卓で、
席に着いたマスターは綺麗に手を合わせ、俺は卓上の一角でぱちと前足をすり合わせる。
普通は俺は電力だけで腹はふくれるし、あったとしても彼が食事しながらサーチするとオトモで、
食事どきにお供するのは滅多となかったのに……まさか、一緒に昼ごはんを作れる日が来るなんて!

「がぶがぶ……もぐもぐ……、ぷはー! 美味しいなあ、これはいい買い物した。
三角巾もとっても似合ってたし、さすがは人吉くんのナビゲートだ」
「むぐ。美味しいのはひとえにあなたの腕のおかげですよ。俺は案内しただけですから……」

ほめられて、食べ盛りのマスターに負けじと俺も極小の円に焼いてもらったそれを頬張った。
夢を叶えたのは、ぺらぺらの一枚の三角巾――の形状をした、パペット専用の料理ソフトである。
頭部に巻いて増設し、ホットプレート・IH調理器などへの接続、および自家発電での使用も適う。
内蔵したレシピや調理ナビゲート機能は、パソコンにしか繋げなかったパペットの可能性を拓いた。

ありあわせの『目分量』という言葉も覚えたところだし、ここでの日常に慣れてきて
プログラムに頼る俺にとって、ぶっつけ本番というのはなんだかすごく――刺激だ。
(ほんとうに文字通り、初めてプレートに接続して発電する、ふわふわした変な昂揚もだけど。
こんがらがったコードを指先で解かれる間も、いちいち触覚センサーが反応してびくついてしまったし)。

と、気持ちよく箸を進めていたマスターは急に笑い出して俺のひげを指さす。
あわてて舐めとると刺激的なソースの味。白い毛並みにソースのしみが浮いてるんじゃ、
確かに格好つかなすぎる! 甘くてしょっぱくてスパイシーなそれを苦々しく噛みながらも、
俺は『目分量』、見た感じでここ数週のことを推し量った。

夏休みに入って、ムナカタケイはアルバイトを始めた。
長期休暇に入っても一緒に過ごす時間は大して増えない働きぶりだし、
しかも俺を介してサーチ・応募した“中学生でも誤魔化せる身分証明のユルいバイト”だ。
よっぽど欲しいものがあるのか、それとも考えが変わって俺の買い替え……だとしても、不満はなかった。

だけどマスターは何も言わず、ある日突然、新発売のこれを通販で買った。
そしてその日から、バイトを辞めはしなかったが彼が家で過ごす時間は少し増えた。
今日は、勉強は朝の内にあらかた済ませたから、昼からはなにをするだろう。
たとえなにもせず昼寝でも、もしも俺が扇風機に繋げられたら、俺が一生懸命走って風を届けたい所だ。

「ごちそうさまでした。お粗末さま、人吉くん」
「ごちそうさまです! デビルうまかったです」

皿の一枚をぺろりとたいらげ、マスターは汗をかいた背の高いグラスで麦茶をごくごくあおる。
飲みかけのそれをグラスを傾け差し出すので、俺は甘えてちろと舌を出した。
マスターは反対の手でぱたぱた顔を仰ぎ、宙を眺めてぼやく。

「あー、昼から何しよう……暑いし、なんか涼みたいかもね。
カーテン閉めてクーラー効かせて、パソコンでホラー映画でも観る?」
「ぎく。お、俺は別にいいっすよ。画面の裏で走って発電しますから、ヘッドフォンでお一人でどうぞ」
「あれれ? 困った困った、僕一人じゃ無理だから助けを借りたいんだけど、怖いのかなぁ~?」
「う、ううっ。怖くなんかあるか、ちなみにこの震えは振動パックによるものです」
「嘘だ……人吉くん、ゲームハードだったのかよ」

最後は呆れるマスターだけど、俺だって引くに引けなかった。
しっぽはプレートに挿さったままだし、美味しいお好み焼き(というエサ)も胃の中、
間接で飲み物まで頂いたとなれば。
まったくつい昨日までは捨てられる心配をしていたというのに、ランチに映画に、デートみたいに。

「――ごめんね。好きだからくっつきたいって気持ち、まだ読み取れないかな?」

呟きはガタのきている換気扇の音にまぎれたが、
俺の武者震いするしっぽを、マスターはひどく優しく撫でさすってくれていた。