男は背中で物語る

「もしもあなたに友達ができたら、最初に何をしたいですか?」

殺したいです。なんて正直に解答したところで、このペーパーテストが、
そんな言わずもがなの事実を確かめるためにあるのではないことは百も承知である。
生まれつきのアブノーマルについてはすでに、履歴書でありのままを明かしている。
茶目っ気もよそ見も、ほどほどにしなければ。解答用紙を前に、僕は出しかけたシャープペンの芯をいったん
押し戻し――深呼吸をひとつおこなう。座したまま背筋を伸ばすと、まるで銀幕のように望める春の空。
この広大な校舎の、一番高いところに位置するというその理事長室からは、ゆきたい程に空が良く見える。

この厄介な体質が、初めて役立つ(かもしれない)時が来たらしい。どこからかうわさを聞きつけた
「教育者」に誘われるがまま、箱庭学園の門を叩く。そして中途編入試験でその設問を目にした時、
最初に思い浮かんだのは、子どものころに絵本で見たやり取り。

「背中に指で文字を書いて、相手に伝えて分からせる遊び」。

とか、してみたい。僕から誰かへ、ひとつの言葉を、背中に描いて伝えること。
もうそんな幼い歳ではないことも分かっていても、想像し始めると止まらなかった。そもそも
この手の届く場所で、どこかの誰かが無防備に背をさらしている、それ自体でももう奇跡に近いものだ。

いつか努力が実ったら、何を言おう、何を書こう?
こんなに楽しく頭を悩ませる試験は初めてだ、そう思って、解答を終えた僕は人も殺せぬペンを置いた。

それから、それから。『生徒会の視察がやってくるから、かれらを決して殺してはいけないよ』。
そう言いつけられた日、僕のクラスメイトをぶっ倒して
意気揚々と地下二階へと降りて来たのは、魔法使いづてに話を聞いていたあの子だった。
 
『……それで、僕の可愛い妹にはね、十年来の幼馴染がいるんだ。いっそ若かりし頃は、
年上らしく兄上らしくお説教したものだけど、とうに僕なんか追い越されちゃったよ。
頑張り屋さんのあの子――そうだね、あのやる気は宗像くんといい勝負かな。
善吉くんにだけは、とても嫉妬は出来ない。心から素直に、いつまでも妹に寄り添っていてほしいと思うよ。』
 
(うらやましい。)(うとましい。)

『善吉くん』。フラスコ計画を進める中で最も僕の近くにいた人物である黒神真黒が、評価した男。
どこか懐かしみながら語る口ぶりは、鈍器さながらにやすやすと僕の期待を打ち砕く。
『今度こそがんばって、限界以上にがんばれば、黒神くんにすべてを打ち明け、親しくなれる日も来るだろうか』
――そんな思い上がりを押しつぶして。

こんなノーマルと僕のどこが良い勝負だと、世迷言をほざくのだ。

言いたい、言いくるめたい、言い負かしたい。「フラスコ計画の邪魔をしないで欲しい」。
僕は友達がいてほしいだけなのだ。
そしてその人は、僕と同じくらい頭がおかしく、手のつけようもない異常者でなければ到底なれないだろう。
後ろで応援する仲間の居るきみには、きみの死に涙する人が居るきみには、この気持ちは解らないだろうが。
解らないなら解らないなりに、放っておいてくれないか。
大怪我をして、殺人者を恨む筋合いが出来て。逃げ帰る理由ならもう作ってあげたよ。

……それでもまだ、僕にかまってくれるなら。

(彼の背中に向かって、恥じらって目を伏せながら、僕は思い切って秘密を打ち開けよう。)

暗殺。暗号で殺す。背中になんと書いたか、分かるかな?

槍を刀を――ありったけの殺意で投げつける。
いままさに制服のシャツに袖を通す、去り際の彼の背目がけて、暗に伝える。
暗器を放ったあとの手のひらを握り締めても、誰も握り返してはくれないが。
ああなんて、遊びと殺しの疑似体験に心が震える。

(うらやましい。)
人が死んだら、人目もはばからずに泣くだけの想像力。
こんなはた迷惑な僕に寄り添えるとしたら、もしかして、きみのような人では。

……男らしく、背中で物を語れたらいいのにな、と思うことがある。
そうすればどこまで背を向けて逃げても、きっと言いたい事だけは聞いてもらえるだろう。
背中に口でもついてたら。やがて痛烈な反撃に立っていられなくなり、
冷たい庭石に無様に背中をつけた僕は、彼に論破されることをいまかいまかと待ち望んでいた。