蛇のようだ、人吉は思った。
顔色ひとつ変えずに背後から自分を抱きしめ、締めつける宗像先輩に、そんな感想を抱かされる。
背すじを震わせる隙間もないほどひたりと彼の胴体は己の背中に密着していて、青ざめる首筋に生温かい吐息がかかって、
頸動脈を撫で上げる指先は冷たい。変温動物。まさか。冷え切っているのは、彼が長らく地下に潜っていたからだ――
あえてそう思い込むことで、人吉は冷静さを保とうと努めた。声を吐き出す。
「…急に、なに、してるんですか。宗像先輩」
「なにって。ハグごっこ」
「……。ごっこってか、それもうただのハグでは」
「じゃあハブとマングースごっこの略で」
「ただの仲たがいじゃねえか!」
叫んだはずの声は少し震えていた。混乱する。
先輩の手はあくまでも俺の喉仏にそえられているだけで、絞め上げられているでもないのに、ひどく息が苦しい。
……いや、気管は大丈夫だ、問題ない。心臓だ。動悸がするのだ。とくとくと、篤々と、毒々と。
蛇。爬虫類の爬は、地に這いつくばる、なんて意味だったっけとか、現実逃避。
だからって、そうやって土石に頬ずりを続けて生きる内に――蛇に限らず、
生き物は大抵生臭いものなのに――草花の匂いまでもその身に染みつくとは、さすがに知らなかった。
「……金木犀っすか」
「うん。人吉くんは嫌い?」
「キライじゃねえです、けど」
「違う。僕のこと」
「……尊敬して、ます」
「いやだなあ、おだてないでよ」
調子に乗っちゃうだろ。ささやかれたすぐ後、ぢりとうなじが熱くなる。
――甘ったるく咬まれていた。
意味のわからない、分かってしまいたくない返事に閉口していた奥から、ひゅっ、と変な息の音が漏れてしまう。
指先は相変わらず、頸動脈を上から下への繰り返し。
止め処ない反復作業に、流れる血液を肌の上から触れることで冷やそうとしているんじゃないかとさえ不安になった。
不安。動けない。足元を固められたか、もっと言えば二本の足が一本の尾に縛られてしまったみたい。
目の前に立つ人は、見紛うことなく二足歩行だのに。
まったく本当に、生徒会室の姿見の前なんかで、こいつらは誰に何を見せつけているというのだろう。
平面の向こうに映る二人を呪う。鏡の前に立つ自分を睨む。耳が退化してしまったかのように、続く声は聞こえない。
周囲の状況に気を配るには視野が狭すぎた。閉じられない瞳で、ただ、手加減された愛情の発露を間近で見つめながら。
「……すきですよ、宗像先輩。嫌いだったら、俺は友達にはなりたくありません。」
「ああ。疑り深い性格なんでね。悪いことをした。
……嫌ならいっそ蹴り飛ばしてくれよ。気持ち悪かったら突き飛ばしてよ。お願いだから」
「……。」
友達のために何も惜しみはしない。聞こえるようにもう一度、すきだと言った。
今度の声は不思議と震えていなかった。鏡面の中の表情はうなだれて、垂れる前髪に隠れて覚束ない。
次第に、喉がもとの温かさを思い出していく。
離れる寸前の指先も、持ち前の血液が肌の下から熱を移したのかのようにあたたかい。
自分が友達のことを寒くないようにしてやれたのだとしたら、本望だ。
他には何も、応じてあげられないと思ったから。先輩の十八年間に対して俺は不勉強だ。
だからこうして、試されなければ分からない。
ケージのような箱庭の、小動物の観察実験として。
顕微鏡の代わりに目を凝らして覗きこむ鏡一枚だけ、友達になったばかりのつがいが試しあったことを、瞬きひとつ挟まず観察していた。