前提、これはとある女子と、同じ年頃の男子のお話。
本気で好意を抱いている男から、本気で足蹴にされる。その瞬間、彼女のその瞳に、彼はどんな風に
映って見えるのだろう――なんて、今まで経験したこともなければ、想像したことも俺はなかった。
百歩譲って、想像する契機ならあったかもしれないが、それは俺にとってのただの危機であり、
とても相手を思いやる余裕など持ち合わせていなかったと、言い切れるからだ。
転校生と曲がり角でぶつかって、二人きりの放課後の屋上。シチュエーション的にはなかなかだ。
もちろんあの時、もしも過負荷の彼女を背負っていたならば、また違ったルートがあり、
違った感情が芽生えていただろうけど。
結局、最初に手をのべたのはこちらで、自分のまいた種だと言われれば返す言葉もないのだ。
何の実りも収穫もなく、思いやれずに今に至る。愛の告白ごと、交際の誘いごと全部ぶっ蹴って、
この身の安全を選び取ったものの。現在、もう一度二人きりになり、自分を客観的に見ることが出来る。
目の黒白ごと、虹彩の囲いごと全部乗っ取って、あの視界がどんな俺を映していたか。
「お世辞のつもり? 気遣いのつもり? やめてよね」
会計戦のタイムリミットまで残り時間が半分を切った時、
華奢な身体から絞り出すように、江迎は俺を見据えて叫んだ。あいにく仮り初めの視力のおかげで
――借り初めの視力のせいで、今の彼女の表情はうかがえないながら、芯のある声はまっすぐ届く。
柵は見た目以上に頑丈に生えているらしい、声はこの広い空間の向こう側まで拡散もせず、
語気を荒げた言葉の、最後が頼りなく震えていることまで、よく聞き取れる。
可哀想だと、素直に感じた。
別にその言葉に急に心を打たれたとか、はかない境遇を思い浮かべて情を寄せたとかではない。
ただ、どんなに手を伸ばしても、やさしく取ることなく容赦なく蹴り上げる俺の姿を目の当たりにして、
お互いを取り囲む花や木々が、まるで水遣りの雫に濡れていくように見える理由は、悟ってしまった。
……泣いてもいないのに、世界が仄かにかすむ。
可哀想。潮が満ちるみたいに、少しずつ、少しずつ輪郭をぼやけさせて、潤んでいく世界を見て、思うのだ。
たとえ俺が少しも彼女に恋をしておらず、友達にさえなれず、敵対関係に成り下がっているとしても。
(かなしい。)(私の叶わない思いが、私が適わない常識が、私には敵わない能力がもどかしい。)
「過負荷の気持ちは、過負荷にしかわからないんだ」
「……、」
いつだっけか。痛みを感じるのかと訊ねたら、愛を感じるのだと訂正されて、笑われた。プラス思考だった。
そんな彼女の言う通り、行橋先輩でもない普通の俺には、
『私』の世界は見渡せても、『私』の気持ちは見抜けない。そう、それはその通りなのだけれど
――ぼやけて、腐れて、荒廃していく植物園の中心で、俺自身と対峙してこそわかったこともある。
江迎の眼から臨む世界で向かい合った俺は、『私』よりも背が高かった。
それはやっぱり、可哀想だ。こんなのは、恋と言うより怖いだろう。自分よりも身長の高い奴から、
しかも爆弾を身体に括りつけた男から、目の色変えて蹴り飛ばされるなんて、ぞっとしない話。
くらくらと急いては移る焦点の定まらないさまに、彼女のかなしみを見出そうと躍起になった。
『こんなくだらない戦いは止めよう、きみの気持ちが分かるから』―――と上から目線にもなるでもなく、
その時の俺にはもう、病んだ彼女を急いで無事に医者のもとへと送り届ける目的しか眼中に無かった。