「石田、飲め。」
黒崎は礼儀正しい。くれる時は、きちんと僕に告げることを忘れない。
だから僕は、少しも彼を待たせることなく、いただくのだ。
時刻は夜十時を回ろうかというところ。白い蛍光灯の明かりの下、
しんとした職員室で僕はかなり遅れた『食事』を摂る。今朝は黒崎の寝起きが悪かったから
時間がなくて少ししか食べてない、それっきりのご飯だからお腹もそれなりに空いていた。
「……は……っ」
細い首に注意深く歯を立てると、腕の中の黒崎がわずかに息を乱す。刺される感覚にまだ
慣れないのか、呼吸の合間にもれる声は不安定そのものだ。堪え切れずに溢れ出す、音。
くい、と不意にシャツの襟首辺りを引っ張られた。
指先だけで黒崎がすがりついてくる。食べる、時は顔を上げて首筋をさらしてもらった方が断然
やりやすい、だから立ったままではつらいだろうと思って椅子に座らせたのだけど、腰掛けていて
尚その脚は小刻みに震えていた。怖がっているのは否定できない。僕にしても、彼にしても。
(……それでも、僕を拒まないのは、何故?)
鉄の味が染みついた唇をそこから離し、今すぐにでも訊きたいこと。
黒崎がここへやってきたのは十分ほど前。職員会議があるから先に帰るように促したのだけど、
自分が待ちたいからとずっと校内で時間をつぶしていたらしい。職員室に人がいなくなったのを
見計らって僕が連絡を入れる、その時まで。
やがて職員室に現れた黒崎は、僕のもとに来る前に応接用のソファに鞄を放り捨て、ネクタイに
手をかける。解かれた深紅が床に落ちた。シャツの一番上のボタンをはずして僕の前に立って。
座ったままの僕は、それを見上げる形になる。
「……石田、飲め」
だから僕は、少しも彼を待たせることなく。
一日が終わるころに黒崎から血を奪うことの意味くらいわかっている。朝っぱらから僕に血を
与えて、昼間は普通の高校生として活動し、その後は夕飯抜きで何時間も一人で待ち続けて
――それから、食われる。動かずに、黙って僕に歯を立てられる。
何度目かの深呼吸を黒崎がした時僕は牙を抜いて唇を離した。
まだ空腹は満たされていないけれどこれ以上黒崎に甘えるのはよくない、そう思ったから。
血のにじむ痕をゆっくりと舐め上げれば、舌の動きを追うように傷口がふさがっていく。
――黒崎の腕が、僕を突き放す。
驚いた。伏せていた顔が僕を見上げ、ぎら、と研がれた光を宿した視線が僕を射ぬく。
「ちゃんと食え。余計なことを考えるな。お前が俺に頼らないのは不愉快だ」
俺だけを。俺だけを奪えと。
「俺を好きになるなら、それくらいの誠意は示せ。」
純血のようにまっすぐな告白。
やがて思考を取り戻した僕は頷いて、けれどその首筋を掘り返すことはしない。
「僕を好きになるなら、僕のために無茶はするな。それが君の誠意だ」
――そして、口付けだけを、彼に与えた。