聞いてほしい話がある。
「石田、あのなァ」
「何。」
ほうれ見ろ、ちょっと話しかけただけでこの有様だ。
俺はお前にとっていったい何なんだ。啓吾なのか、そうでなけりゃキャッチセールス並みの対応としか
思えない。その間にも奴は透明な壁をせっせと塗る。ここでめげては駄目だと言い聞かせ言葉を続ける。
「あのな……お前ってよく見るとかっこいいぞ。」
「……何?」
別の単語で返すとか考えろ。あと睨むのを止めろ。俺はいたって真面目に、真剣に話をしているんだ。
ところがこの仏頂面ときたらほぉと無駄に大袈裟なため息をついて鼻で笑いやがる。その鼻筋すらも
ツラのど真ん中をすっと一本通っているものだから表情はただただ端整で綺麗で余計にしゃくだった。
「君ね、からかうにしても方法が痛すぎるよ。」
透明な壁は一瞬で厚く高くそびえ立ちましたとさ。石田は芍薬のように席を立ち百合のように歩き去り、
今まで座っていた姿は成程牡丹だったと思う。とにもかくにも片手間にすら相手にされなかった。
(……分かってもらえねーの、こういうの。)
俺がため息ついたって良いこたない。せいぜい教室内で通り道が広くなるだけだ。
単刀直入に言って、俺は石田にほめてもらいたいのだった。
体育の時間。
この寒風吹き荒ぶなか男子は校庭でサッカーだ、皆口々に愚痴をこぼしつジャージの裾で指先を擦る。
北風に薄っぺらいゼッケンが弱弱しくはためいて、神経質なほど甲高い笛の音で試合開始。
と思いきや石田は早々にすっ転び足を挫いたなどと申し出て見学側に回る。
校庭の端、屋根と壁があり風をしのげるバス停留所のようなベンチで一息つくのを見るとサボリかと思う。
本当かどうだか分からない。横目で遠くのベンチを見やる。走りながら考えて考えながら走る片手間授業。
(……俺だって、意味なく言ってるんじゃない。)
付き合い始めてすぐは如何に自分を見てもらうかに躍起になっていた気がする。相手のことを考える前に
相手にどう見えるかばかり気にしては、いつも石田を困らせていた。
だけど最近ようやく分かってきたのは、一番傍でこそ見える短所を指摘するのは簡単だが、
長所を指摘してやるのは難しいんじゃないかということ。
それからはもうありったけの観察眼をフル稼働だ。料理の味付けとかささやかな親切とか、仕草。
スーパーでおつかいをする子どもの重たげなかごをレジで持ってやったり、
一言美味いと言ったおかずを次の機会では何も言わず多めに作っていたりとか。
少し注目するだけで、付き合う前は当たり前だった観察するという行為の重要さを思い出す。
(石田がやることなすこと、俺は全部認めたい。)
まさに言を忍び黙って目で見るしかない。そうしていると自分も同じ目にあいたい。
悲しくもいやしくも正直に言えば見返りが欲しい。
ほめられたい一心でほめているのでは決してないが、やはりたまに、認めてほしいと思う欲も陰から覗く。
――名前を呼ばれパスが回って、思考中断。
直前に見た石田は脚をさすっていて、やはり本当にやってしまったのだと知った俺は舌打ちする。
こんなつまらない怪我をするとは、らしくない。集中を欠いて余所見でもしていたかのように。
そうして目の前がふっとかげったと思ったら…何やらデカブツに行き先を阻まれる。何だっけコイツ。
ゼッケンの角からちらりとジャージの刺繍が見えた。『大島』。何かと俺に絡んでくる奴。不良気取り。
ちなみにデカブツと言ったけど俺とどっこいの背丈。あと語尾が無駄に長い。
「邪魔だ、退けよ黒崎ィィィ!!」
「……ハァ。」
「無視すんなッ!!!」
してねえよ。嫌でも目に入ってくる派手なヒヨコ頭。
サッカーは苦手でも得意でもないからここは早くに現役部員にでもパスを回すが得策だ。当たりだ。
「痛て。」
あ――体当たりだ。
石田の方に一瞬見とれて吹っ飛ばされる。切れ切れの呼吸で呻き声をあげてやっとで立ちあがった時には、
遥か前方でヒヨコがドリブルしていた。遠いベンチでは、身を乗り出してこちらを見る石田。
俺の情けない姿はあの澄んだ瞳にハイビジョンで映されただろう。――砂ぼこりに汚れ血が上って、思考中断。
俺だって、意味なく生きてるんじゃない。単刀直入に言って、俺は石田にほめてもらいたいのだった。
やがて、ゴールで、審判役が笛を吹く。
走って走ってその末にボールを奪い返して網に叩きこんだ俺の右足はじんじんと痺れ、痛い。
流れる汗と白くぼやける呼気で視界がかすむ。ベンチを振り返る気力もないままで、それでも、
頭で深く考えずに動いた身体が生む熱は心地よい。脚をさする少年の視線にすら、気づかないくらい。
「……僕がかっこいい訳ないだろう。君に比べたら」
(でも、良く出来ました。)
ひそかに観察していた結果のごほうびの一言は、誰が聞くともなく木枯らしに遊び散っていった。