「石田!」
葉の擦れる細かな音とともに、火照った頬を冷ましていく初夏の風。顔を上げた先、並木のように作られた
噴水の間を抜けて、こちらへ走ってくる彼と目があった。立ち上がれば、わずかに軋む背後のベンチ。
ずっと木陰にいたせいか、一歩日のあたる場所に出ただけで目眩がしそうだ。
「悪ィ、待たせたか?」
よほど急いだのか、その額にはうっすらと汗の粒が浮いている。風にあおられる橙色。かすれた息。
僕を覗きこむ澄んだ瞳。
「……いや、僕が早く来過ぎただけ」
安堵か、途端に締まりのない顔になった黒崎が可笑しくてつられて笑ってしまう。
早く行こう、と自分から彼の手を取るのも、長く付き合いのある今では自然な事になっていた。
わざと早くに来て、心配させてみたり。全然待ってないよ、なんてドラマの台詞みたいに返してみたり。
時間を置いて会う黒崎はいつも嬉しそうでそれを見る僕も嬉しくて――だから僕は、彼との待ち合わせが好きだった。
ある年、ある月、ある日の、ある昼下がり。
僕らが大人になって時間がたって、けれど人生を思い返すには早過ぎる、そんなころ。
「今日をもって死神代行はその役目を解任とする。」
僕らが呼び出された先にいたのは、いつか向こうの世界で見たきりの、一の字を冠す羽織を着た老爺。
久しぶりにまみえたが、今も死神を統べる最高権力者なのだという。
その人物が直々に伝えてきたことが、今しがたの一言。それが黒崎に対する台詞ということは分かっても、
言っている内容はさっぱり分からなかった。そして、その人はこちらの返事を待つことなく言うのだ。
「如何に強大な力を持つ死神とて、死を前にした一時的な霊力の衰えに逆らう事は出来ぬ。
そんな時に戦って、虚どもにその魂をくれてやる訳にはいかん。
――よって、一年の後こちらに導かれるまで、代行の任を外れて貰う。分かるかの、黒崎一護」
台詞。黒崎に対する台詞。それが黒崎に対する台詞ということは分かっても。
………分かりたくもないのに僕の頭は冷静に言葉の意味を解く。強大な力を持つ死神とは。
死ぬ前に霊力が衰えるのは。一年後、向こうへ導かれる――「ゆく」ことになっているその人は、誰か。
主語の抜け落ちた文に正しく名前をあてはめて僕は、
「石田、よせ」
命令。いささか強く肩を掴まれ転びそうな体勢でがくんと停止する。
無意識に前へ飛び出した僕を制止する大きな手はやはり気遣わしげで、それが無性に腹立たしい。
黒崎、こいつが今何を言ったか分かっているのか?君の未来は、もう、一年先までしか、無いと、そう言ったんだ。
何度も何度も曲芸の獣みたいに死線をくぐらせられて囲われて飼われて、それで死ぬ前にご褒美の餌か?
それは死んだ後も使うために?
「……教えてくれて、ありがとうございました」
僕がもう一度飛び出す前に、黒崎は正面に向かって頭を下げていた。
黒崎は先に帰って行った。どうすればいいか分からなくてへたり込んでいると、ひざの辺りに影が落ちる。
朽木さんが僕を見下ろしていた。他には誰もいない。……一年後、こうなってしまうのだろうか。
「私を再び牢送りにしたくなければ、今から聞く事は忘れろ。」
彼女は息を吐いて僕をみつめる。口元だけで穏やかに微笑むその瞳の奥には、小さな揺らぎ。
「奴は何ひとつ苦しまずに逝く。お前のそばで、やすらかに終わる事が出来る。……そういう『予定』だ」
「……教えてくれて、ありがとう、」
さっき苛立ちを覚えたはずの言葉で、僕はこたえていた。
ある年、ある月、ある日の、ある昼下がり。
僕らが大人になって時間がたって、けれど人生を思い返すには早過ぎる、そんなころ。
彼が解放されたあの日から、ちょうど十一ヶ月と三十日が過ぎようとしていた。
僕の腕の中に頭を預ける黒崎は、普段よりずっと静かに息をする。
一つとして傷口はなく一滴として濡れた赤のない、きれいな身体のまま。
本当に『予定』通りだ。黒崎は、ほんの少しだけ頬をゆるめる。僕も、少しだけ頬が緩むのを感じる。
「……石田。待ち合わせ、どこがいい?」
「……待っててくれるなら、どこでもいいかな」
「……だな。お前なら分かるだろ、れーあつ探知とかそういうので」
僕は黙ったまま、橙色に指先を滑らせる。
重いばかりだった霊圧も、今は集中しなければ捉えられないほどに淡い。
まるで蛍火だと思うと、そういえば二人で夜中に蛍を見に行ったっけなと思い出して、そこから止まらなくなった。
再生される、記憶。
すきです
つきあってください
きすをしてもいいですか
きれいなかみ
にくむといったのはうそだよ
ごめんな
ごめん
ずっとすきでした
さようなら
きらいだきらい
わかれてもいいけど
やっぱりうそです
もっとふれてください
まだすきなんです
「……いしだ。待ってる、」
待ち合わせの約束を残してゆく黒崎を、僕は見送る。橙色は、最後の最後まで眩しかった。
年も、月も、日付も分からない、ある昼下がり。
僕が大人になって時間がたってようやく人生を思い返し終えた、そんなころ。
葉の擦れる細かな音とともに、火照った頬を冷ましていく初夏の風。
顔を上げた先、並木のように作られた噴水(―――)。(―――)、わずかに軋む背後のベンチ。
ずっと木陰にいたせいか、一歩日のあたる場所に出ただけで目眩がしそうだ。待ってる、と黒崎は言った。
今度は僕が迎えに行かなくては。そして、同時に迎えてもらう。死神の彼に、魂を、導いてもらうんだ。
「悪ィ、待たせたか?」
顔を上げた先、並木のように作られた噴水(の間を抜けて、こちらへ走ってくる彼と目があった)。
(立ち上がれば)、わずかに軋む背後のベンチ。
――生きているものにとっては、動きの無い景色。
よほど急いだのか、その額にはうっすらと汗の粒が浮いている。風にあおられる橙色。かすれた息。
僕を覗きこむ澄んだ瞳。
「……いや。十分間に合ったよ、君は」
安堵か、途端に締まりのない顔になった黒崎が可笑しくてつられて笑ってしまう。
早く行こう、と自分から彼の手を取るのは、ずっと前から決めていたこと。
わざと早くに来て、心配させてみたり。全然待ってないよ、なんてドラマの台詞みたいに返してみたり。
時間を置いて会う黒崎はいつも嬉しそうでそれを見る僕も嬉しくて――つまり僕は、黒崎が好きなんだと知った。