文句なら尽きぬほどある。どうして、学校帰りに僕の部屋に道草しに来るんだとか。
春の夕方はまだ明るくて、なのにどうして押し倒されてるんだとか。
「石田」
「くろ、さ、っ……むぐふっ!?」
唇が重なるその手前で、どうして君が昏倒しちゃうんだとか。
「ちょ……っと、どけ……!」
息苦しいほどの圧迫感に耐えられず、圧し掛かってくるひと回り大きな身体を勢いあまって突き飛ばす。
すると、ごとん。というおかしな音を立てて黒崎が横倒しになった。
「え、」
「酷ェことするんだな、オマエ。恋人なんだから大事にしてヤれよ」
声が、僕の背後からした。振り返ったそこにいたのは―――彼の内に棲む、白い方の『黒崎』。
「……!!」
ただ、それを見た僕が言葉を失ったのは別の理由。
最初の邂逅と最大の違い―――それは彼が身につけたまっ白な燕尾服と、まっ白なうさぎ耳。
「俺、退屈してんだよなァ。遊ぼうぜ、宝さがしだ」
どういうことだ、これは。
「黒崎! 黒崎っ、聞こえないのか!?」
身体を揺さぶっても反応はない。床にうつぶせた橙色の下から聞こえるのは、落ち着いた寝息。
見る限り黒崎は眠りに落ちている。白いそいつは完全に独立してそこにいる。僕は瞬間的に弧雀に
霊子を集中しようとして、けれどその手は止まった。使えない。弧雀が反応しない。
動きをとめた僕を見て満足げに笑んだ彼は、鼻先に何かを突きつけてきた。
太い針金を編んだだけのシンプルな鳥籠。その中の止まり木には、『砂時計』が止まっている。
底が抜けているのか、ガラスの中の細かなオレンジ色はさらさらと絶え間なくこぼれ落ちて。
金色の瞳が近づいて笑う。
「一護の『芯』をさがせ。それだけ、簡単だろ?」
意味が分からない。
「……ッ茶番はいい加減にしろ!黒崎を元に戻せ!」
「うるせェよ。そのままの意味だ、アイツの根幹を成すもの――
そいつを見つけたらオマエの勝ち。こいつが空になったら時間切れで俺の勝ち。
まァ時間つっても、減るのは一護の『中身』だけどな。」
夢――なのか?とてもそうだとは思えない。今日はずっと続いているし、感覚もあまりにリアル
だ。なら彼が言うところの黒崎の『中身』である砂が、全て流れ落ちてしまったら、どうなる?
「時間内に目覚めるか、永遠におねんねかはテメー次第―――招待するぜ、一護の内側に。」
「ッ待て……!!」
ようやく絞り出した声はかすれていて、すっと動いた彼へ伸ばした手は空を切る。黒崎の傍に
膝をついた彼は、倒れている身体の中へ溶けるように消えてしまった。
「招待状。来いよ、ホラ」
残されたのは、これまたまっ白な一枚の封筒。拾い上げたそれから目が離せない。
『石田雨竜へ』という見慣れた文字の羅列に、この状況はやはり夢ではないのだと思い知らされる。
「……黒崎の身体で、ずいぶんと勝手なことをしてくれるね。」
そこではじめて――僕は笑えた。忌々しいそれを制服のポケットにねじ込めば、
もう、ここに止まる理由はない。足元には、世にも平和な寝息をたてる黒崎がいる。
(待っていろ)
大きく深呼吸して、僕は彼の中へ身を沈めた。
「――石田君――」眩しさ。誰かの声。食器のふれあう音。鼻へ抜ける、甘くて香ばしい匂い。
「ねえ聞いてる?」
「……小島君……!?」
真っ先に視界に飛び込んできたのは、普段以上に爽やかな彼の笑顔。
驚きすぎだよと笑われて、何も返すことが出来ない。というより、この状況は……
「さぁ皆の衆、好きなだけ飲んで食っていきな! 遊子&夏梨特製のケーキはまだまだあるぞォ!」
「もう、そんなこと言ってお父さんが一番食べてるじゃない!」
「ほんと美味しいわぁ……でも紅茶にお菓子だけじゃなくてオンナノコも食べたっぶフっ」
「はいはい、アンタは帰っていいから。」
「みなさん楽しんでますかぁー! 不肖浅野、僭越ながら本日の司会をさせて頂きまース!」
黒崎の家と教室が混ざり合う、お祭り騒ぎ。それは確かに文字通り混ざり合っていて、
見覚えのある食卓の周りには教室の机が並び、あるはずの壁はなく、空間は屋外に直接続いている。
眩しい太陽の光と、花咲き緑あふれる黒崎家の庭。そして机に所狭しと並べられた、
食べきれないほどたくさんのお菓子とほこほこと湯気の立つティーカップ。
制服姿の水色は、皿にスコーンを取り分けながら楽しそうに言う。
「石田君全然食べてないし。せっかく一護が呼んでくれたんだから楽しもうよ、『お茶会』」
「え……!?」
その言葉で、あまりに不可解な状況に混乱しかけていた頭がリセットされる。
そうだ、ここは黒崎の中の世界なのだ。そして僕が見つけなきゃならないのは、その『芯』というやつで。
それがどんなものかは分からないけど、本人もここにいるならそちらから探すに越したことはない。
「それで、黒崎はどこに」
「いないよ。」
すがる思いで訊こうとしたら、小島君は、にこりと笑った。
つりあげた唇が、くせのある黒い髪が、一気に白に染まっていく。
「せっかく一護が呼んデくれたんだカラ……楽しもうぜ?」
水色ではない、一瞬の後そこにいたのは――白い制服姿で、顔を歪めて笑ううさぎ。
「馬ー鹿。あいつの名ァ聞いただけで気ィゆるめやがってお人好しが」
うさぎ耳をふわりとひるがえし白い彼が駆け出した。
手に持つ鳥籠は一歩ごとに大きく揺れ、そこからは止め処なくオレンジの砂がこぼれ落ちていく。
「―――ふざけるな……ッ!!」
集まった客と机をかき分けてその後を追いながら、愕然とした。飛廉脚も使えない。
そして行き着いた玄関のドアを、白い背中が透り抜けていく。
思い切ってそこに飛び込んだ瞬間。眩しさを感じ、僕は思わず目をつぶっていた。
「……に……静粛に!陛下の御前なるぞ、静粛に審判に臨むように!」
張り上げた声。
先ほどのにぎやかさとは少し違う、もっと規模の大きな騒がしさがさっと収まっていく。
続いてがんがんと何かを打ち鳴らす音で目が覚めて、一身にふりかかる聴衆の視線に気が付いた。
「……体育館……!?」
見間違うはずもない、そこは空座高校の体育館。
驚いた声で、目の前のマイクがわずかばかりのハウリングをおこす。
フロアの中央に用意された弁論台の前に一人立つのは他でもない自分。テレビで見る裁判のような形だった。
そして顔を上げた先、高いステージの上に座する人物を見て僕はまた言葉を失う。
「石田よ、刑に処される前に何か言い残すことはあるか?」
「朽木さんに井上さん!?」
けれど『深紅の』ドレスに身を包んだ二人の表情は変わらず、何も反応を返さない。
そう言えばさっきの『お茶会』に二人はいなかった。
それどころか黒崎の家族も、クラスメイトも、誰一人自分に気付かなかったじゃないか。
すると幕の後ろまでたくさんの従者を従えた井上さんが、弾けそうな笑顔で僕に笑いかける。
「じゃあ早速ですが石田君にー、
十字架はりつけの後ねこじゃらしでエンドレスこちょこちょの刑を言い渡しまぁーす♪」
――ハイ?
「よし処刑だ! 連れてゆけ!!」
「な……そんなコトされてたまるかあぁっ!!」
何の咎で罪を負わなきゃいけないんだとか申し開きをする間も与えられないまま、
『真っ赤なトランプ』の盾で武装した兵士達がいっせいに飛び掛ってきた。
能力が使えないにしても素手で対抗する術がない訳ではない、それらをすんでのところでかわして、
僕は光のある出口に向かって走り出す。あと十歩、あと五歩、あと一歩――なのにあと一歩で、
ここから抜け出すことはなく。
「ム……石田。悪いが、ここは通すわけにいかない」
行く先を阻むように立ちふさがったのは、『斬月』を構える茶渡君だった。
(考えろ考えろ考えろッ!!)
ごしゃん、と重い音がして木の床がめくれ上がる。茶渡君が振り下ろした斬月が、一瞬前まで
僕が立っていた一点を深く抉ったからだ。飛廉脚も弧雀も使えない今、
僕は最小限の動きだけで繰り出される刃から逃げなくてはならなかった。
「うるさい……!!」
響き渡る歓声と罵声は、この戦いの見物人に徹している兵士や聴衆たちのもの。
コロシアムみたいだ、と傍観者的な考えが頭をよぎる。――僕が敗れれば、黒崎も目覚めることはない。
身体を逸らし距離をとりながら考える。本当に手がかりはないのだろうか。『芯』。
黒崎の根幹をなすものだとあいつは言っていたけれど。何だ。なんなんだ。
つまりそれは黒崎を形成するものの中で、一番比重の大きいもので、よみがえる声。
『俺は山ほどの人を守りてえんだ。』そして、護るために手にした力―――
「……解けた!!」
刹那、わざと距離をとらず
間合いを詰めさせて一気に相手の攻撃圏内へ入る。鋭く光る刃がそこにあった。
「答えは……『斬月』。」
斬月を握る茶渡君の手首に手刀を叩き込み、空いた手で柄布を掴み思い切り引き寄せれば。
二人離れたときには、斬月は僕の手に握られていた。
「―――……考えたよ、」
色あせて崩れていく景色の中で、僕は鳥籠を携えた燕尾服の白うさぎと対峙していた。
薄々気付いてはいたが、やはり奴は茶渡君の姿を借りていたのだ。
「この世界は黒崎の『中身』……つまり大事に思っているものほどはっきりした形に表れる。
茶会は家族と友人、赤い色は死神の霊絡、朽木さんに井上さん、茶渡君は仲間……そして斬月。
黒崎自身の力である斬魄刀が、黒崎の『芯』という訳だ。そうだろう?」
だから、僕の勝ちだ。宣言しようとした時、
ずっと黙っていたうさぎはもう堪えきれないといったふうに声をあげて笑い出した。
『なァ、お前が手に持っているのは何だ?』
「!? だからこれが」
最後まで言い終わらない内に指先から重みが消えた。
見れば手のひらの中で、ちょうどこの世界と同じ様に色あせた柄布が散っていくところ。
「……そんな」
『ハズレなんだよ、ソレも。終わりだ、残念だったな』
色のない背景に金色の眼が溶けこんでいく。甲高い笑い声を残して、うさぎは消えた。
やがて雨が降りはじめた。(分からない……あれが『芯』でないなら、いったい何が本当の)
今更考えてももう遅すぎる。退路も進路もなく、白いだけの世界に一人取り残されてしまった。
しとしとと身体をつたう雨に次第に体温を奪われていく。
もう立っていることすら危うくて、それでも僕が夢から覚めることはなかった。
(……ごめん、黒崎。)
――黒崎の一番大切なもの見つけてあげられなくて、ごめん。膝が折れ、白い足元を浸している水が跳ねた。
雨に濡れるしかなくて、脱出方法を考えることまで頭が回らない。
(……本当に、黒崎の身体で勝手なことを、)
はっとした。手がかり――もうひとつ、もうひとつだけ、僕にはすがるものがあるはずだ。
制服のズボンのポケットに手を突っ込む。
布地は水を吸って重くなっていて、中のものを損なわないように取り出すのがひどくもどかしい。
やがて引いた右手は、消えずに残っているそれを掴んでいた。――僕の名前が書かれた招待状。
雨水はポケットの中まで浸食しているのに、その封筒は白く乾いたまま。
水滴だらけの眼鏡を気休めに拭い、慎重に封を破る。
中にあったのは、一枚の紙に、一行だけ。『俺は石田が好きだ。石田は俺の事どう思ってる?』
モノクロに帰して崩れていった世界の中で、最後に残されたもの。
『芯』をさがせ、という曖昧かつ絶対のルール。ここに来て欲しいという、招待状。
ふと、この世界で滅却師の力が使えない理由が分かった気がした。
(たぶん黒崎の中で、僕は「滅却師」ではないから。)もっと狭い枠の中に、
僕は置かれているからではないか、と。それは自惚れかも知れない。思い込みかもしれない。
だけど今の僕は間違いなく、彼が目覚めることを願っている。
勝利の宣言かは分からないけれど、僕は自分なりの『答え』を口にした。
「――僕も、黒崎が好きだ。だからどうか目覚めてくれ…!」
白いうさぎの、舌打ちが聞こえた気がした。
「……しだ、オイ、石田っ!!」
目を開ければそこは、今度こそ僕の部屋だった。
そして名前を呼んでくれるのは、黒崎一護。やはり、あれが『正解』だったのだ。
「「……戻ってこれたんだな」」
安堵して呟いて――顔を見合わせた。どうして、僕と黒崎の台詞がシンクロするんだ。
「……君、今日僕の家に来て寝ちゃったの覚えてる?」
「……そりゃお前だろ?しかも揺すっても起きねーし、白いうさぎは妙な賭けふっかけてくるし」
――まさか。
「……寝てたのはそっちだろう!?
君の中の白い虚に付き合わされて、君を助けるために走り回ってた」
「はああ!? あのな……同じなら言いにくいけど、俺の方はお前の親父だったぞ、うさぎ」
「あいつがああぁ!?」
「お前のクロス使って襲って来た時は死ぬかと思った……滅茶苦茶強ぇしよ……」
「……夢だよ。うさぎ耳のあいつなんて悪夢でしかない」
「……なんて夢の無ぇ夢だ」
ものすごい脱力感に、二人してため息をつく。
同じ夢というか、同じ状況下で右往左往していたなんて。そう、最初から最後まで同じ……
「……つーかあんなの手紙に書くくらいなら、はっきり言えっつーの」
不意に強く抱きしめられる。落ちた言葉は、今まさに考えていたことと寸分違わず同じもの。
温かみの中で僕は、先を越されたことを少しだけくやしく思った。