カミナヶ島

仲睦まじい指揮者志望とサックス奏者は、新しい住処をさだめて無人島へと渡ることにした。
一生一緒に音楽しようと、誓い合ったのがきっかけである。
ただ花を手向けて見送った人もいれば、それを島流しとして唾を吐く人もいた。
船尾で空き缶を引きずる代わりに木管を吹いて、手を振る代わりに指揮棒を振って、若い二人は旅に出る。

「鏡もはさみも要らないけれど、何か一つ、無人島に持ってこう!」

衣食住は使い捨てでも、指揮棒とサックスはかけがえない思い出の品だったので。
それが向かい風の潮風にあてられて錆びついたりしないよう、大事にケースにしまって運んだ。

やがて流れ着いた島で、小さなやどかりを踏まぬよう、恐る恐る第一歩を踏み出した。
そこは郵便番号さえない場所だったけれど、恋文を出す相手が他にいるわけでもない。
朝から晩まで音楽三昧、息が切れたら指揮棒とサックスのケースを枕にして休む。
おはようとおやすみと下の名前、それ以上の言葉はいらない。

そんな繰り返しに飽きた頃、ケースを枕にする回数が減ってきた。
中身を出したままで開けっぱなしのその中には一匹のやどかりが住みつくほどで、
二人は寝相悪く砂浜に寝転がって、朝凪の海を眺め――寝言を言う。

「……飽きた。」
「ん。やることやったしな。」

虹で綱引きしたように、彼方には水平線が輝いている。
どちらからともなく発した言葉は、浜辺に書いた文字に似てわずかな余韻も残さず消えた。
どちらもすぐには返事をしなかったけれど、
一昼夜膝を抱えて考えた二人はまた、どちらからともなく。

「浮気、しようか?」

(この退屈な生活の、愚痴を聞いてと書きつづる。)
今まで一度も裏返すことのなかった楽譜の裏に、それぞれ手紙をしたためる。
リードと指揮棒の先を、泥水につけてペンにして。
書きあげた手紙は空のケースに入れて、固くフタをして波間に漂わせた。
ガラス瓶のように中身は見えないから、誰か見つけてくれるかは分からなかったけれど。

しばらくして……無人島には、ケースを拾った人と、おのおの暇を見つけた人達がやって来た。
「あの時もこんな遠回りな海路を通ったのか」と船旅に酔う人はいても、唾を吐く人はもういない。
海水のしみたはずのケースは綺麗に洗って干したものを返されて、
そう言えば自分達は、ここへ来てから洗濯という家事をまるきりサボっていたことに気付く。

歓迎してお礼を言ったら、皆に早くと急かされた。

「そんな言葉より、音楽が聞きたい」

二人は皆とは真逆に思う。その言葉を聞きたかった、どんな音楽よりも。

出会ってすぐに共同作業でやった演奏を、改めて自己紹介のつもりでやってみた。
陸に打ち上げられた魚みたいに汗をかいたけれど、ぜえぜえ息をして舌に落ちる淡いしょっぱさは、
ここが海に浮かぶ島だからだ。潮まみれでなまくらの演奏に観客はちっとも納得しなくて、
やり直しだとダメ出しする、潮騒のアンコールを前に二人は顔を見合わせる。

「ダメだったな」
「だな」
「……もっかい、やり直そうか」
「ああ」

やり直せる、と間違いない性格の一致。
指揮棒とサックスを再びしまうのはまだ先になりそうで、ケースのフタは固く閉めておく。

遅れて開く引っ越し祝いのような、新たな門出を祝うどんちゃん騒ぎの中。
縁を切れなかったやどかりがはさみをしまい、静かに海へ逃げたことなど誰も見ていなかった。