どうか神様、響と神峰さん達がうまく演奏できますよう、お見守り下さい。
お賽銭箱の前でそっと唱えて拝んだら、背後からえらく威勢の良い柏手が飛んできた。
それがリズミカルな手拍子に聞こえてしまうのも、音楽家の血がなせる技か。
振り向けば、タイトなライダースーツに身を包んだ彼女が、片手を上げて微笑んでいる。
「やっぱり、楓さん!」
「んふふ、おはよモコ。朝早くから感心ねえ」
「えへへ、今日は特別。響と神峰さん達の、健闘を祈って。」
「そりゃ心強い! 楽しみにしてて、山梨みやげ、はずむからね」
参道まで退がって拝殿の正面を空けると、楓さんはこれまた豪気に大鈴を鳴らし、
何やら熱心に手を合わせている。それにしても、あのスーツに、“山梨みやげ”……?
はてなマークを浮かべて振り返ったら、鳥居の向こう側に、愛機である大型バイクが停めてあるではないか
(しばらく刻阪家のガレージにぽつねんと置き去りだった一台だ、久しぶりに見た!)
静謐な祈願をさまたげないよう、驚いて声を上げそうになる口をあたしは慌てておさえた。
もしかして、この西関東大会当日、あれに乗って現地まで走り、弟の学校の出番を見るつもりだったり?
たっぷり三分はかけてお参りし終えた彼女に尋ねてみたら、とんでもないと首を横に振られた。
藍の髪がさぁっとなびいて、初秋の朝冷えをかき混ぜたらば。
「誰にも内緒よ、ここだけの話――運び屋を、任されたの。
とある超機密のブツを、約束の時間までに必ず間に合わせて届けてくれって。」
「ええっ!? ど、どうしてそんな秘密をあっさりバラしちゃうんですか。
まさか、この後は口封じに……嫌よ! あたしを一体どうするつもり!?」
「クククッ……ハッハッハァ!! 飲み込みが早くて助かるぜ、お嬢ちゃん。が、水信玄餅は飲み込まずに
よく噛んで……、なんてね。―――ブツっても、人物よ、ジンブツ。翔太の奴、あれで人使い荒いんだから」
まあ指揮者志望たる者、人を使えてこそだけどねえ、と楓さんはぼやきながら踵を返す。
そして颯々と元来た参道を歩み、くぐった鳥居の前で、美しく一礼をした。
「じゃ、行ってきます。寝坊助さんを迎えに、ちょっと病院にね」
「……、行ってらっしゃい、気をつけて、待ってる!!」
いつぞやの弟からのクリスマスプレゼントだったか、カエデの葉の刺繍入りの手袋がハンドルを握りしめる。
すらりと浮かせた爪先がスタンドを押し上げると、バチンとばねが跳ね上がる音が鳴った。
革張りのシートに跨ってエンジンをかければ、もう、騒々しい排気音しか聞こえない。
どっどっどっと、心臓の鼓動。神のましますお社から、神を冠する彼のもとへ。
その、覚悟の背中目がけて――思わず、あたしは歌っていた。
生き様をバイクとライダーに見立てた、羽根のように軽快なロックソング。
ゆっくりと回りだす車輪はだんだんと加速して、あっという間に最高速度、目的地へと飛んでいくから。
(『心は、空を裂く号令を聞いた――』)
……見送ったらもう待ちきれないや、響達が帰ってきたら、こっそり二人だけに教えるんだ。
絶対に叶ってほしいお願いがあって、神社にお参りしてみたら、女神様に会えたってさ!