「谺先生、今日は、おつかれ様でした。素晴らしい演奏でしたな」
「……田丸先生……。本当に、おつかれ様です。ありがとうございます。もったいない言葉を、」
これまでコンクール会場で顔を合わせた時は、
熟練の指導法にダメ金の突破口を見出せないかと、わらをも掴む思いでいたけれど。
閉会式も幕引き、今日は初めて、天籟の顧問を務める彼に見送られる立場となった。
絶対王者を下したことで、竹風とともに、悲願の全国大会出場を決めたのだ。
ざわめくロビーで顔を上げると、闘いの時のようにぎらつかない、穏やかな目がわずかに細められる。
長きにわたって多くの子ども達を導いてきた、こなれた声が打ち明けた。
「天籟は――我々は、必ず勝つつもりでした。部員全員が、今発揮できる最高の全力を出していた。
ただ……、私の指揮が、一歩及ばんかったようでね。鳴苑さんや竹風さんを、見習うべきだったか」
「そんな、見習うだなんて」
「いいえ、本心から思うんですよ。かえって困らせてしまったら、申し訳ないが。いや、すまない」
あまりの絶賛に恐縮して腰を低くすると、二人してなんだかお辞儀合戦のようになってしまう。
もちろん、同じ教職にある人に誉められて悪い気はしないし、皮肉を言われているのでもなさそうだ。
しかしどこか回りくどい話の運びに、居心地の悪さを感じていたら――安堵のため息が、もらされた。
「少し、考えとったんです……。去年、竹風との合同練習にいらした時や、ウィンドフェスのあの三曲目。
“彼”の出番を取り上げなくて、本当に良かった。あんな成長に立ち会えるから、指導者はやめられない。
つまり、その………………、谺先生も、やめないでください。来年も、この地で戦いましょう!」
「…………。」
やめるなという話の飛躍に、心当たるのは何故だろう。
勝負服ならぬ勝負化粧、ジンクスのマスカラが危うくこぼれそうだ。ともあれ見抜かれたのなら仕方ない、
ちらりと見回して近くに教え子がいないことを確かめてから、あたしはすっかり白状してしまった。
「すごい観察眼ですね。いったいどこでお気づきになりましたか?
今年で結果を出せなかったら、私は、鳴苑の指導者を退くことも視野に入れていたと」
「…………っえええええ!!! 全然まるきり気付いてませんよ!!?
参ったな、やめないでというのは、単純に挑戦とかリベンジとかの意味であって」
「……。」
気が急いて、少々先走りすぎてしまったようだ。
ひとつ咳払いをして仕切り直せば、『私の若い時も』と、気恥ずかしそうに彼は語る。
「まあ、私が貴方ほど若い時も、愚かなりに悩みました。それでも、――ぐぇっ」
蛙を踏んづけたようなうめき声にまたも話の腰を折られる、ついでそこへ、わっとかぶさる黄色い歓声。
もしかして鳴苑が勝ったところから全部夢か、見間違いかと瞬いたら――大人の話が終わるのを
辛抱強く待っていた天籟の子たちが、ついに堪えきれずに、顧問めがけてすっ飛んできたのだった。
過ぎた戦いを振り向かず、目の前の先生だけを見つめる、あんなに眩しい、満面の笑顔で。
「あーもう、田丸先生がいなきゃ始まらないじゃん!! 皆待ってますよ、記念写真撮りましょーっ!!!」
「……そうだな。“僕”が、いなきゃ……、」
……タックルのごとく抱きつかれた拍子に、大事な腰までギックリ聞こえた気がするけど。
若い頃にそう言ったようにか、もみくちゃ騒ぎにまぎれ込む、“ぼく”と呼ばわるひとりごと。
自然にどこからか鳴る音に似てる、とても“らしく”て、似合った響き。
今にも胴上げに発展しそうな輪にひかえめに一礼をして、あたしも帰るべき場所に戻ることにする。
ハッピーエンドは、ここじゃない。ラスボス連れ添う奇妙なルート、その先の未来を目指して。