「イメチェンしただけだよ」と、王子様――拍堂悠人は爽やかに笑った。
いつもならその笑顔に私達もめろめろになるところだけれど、
今回は様子が違って、彼の席の周りは異様なざわめきに包まれている。
モデル業を一時休んでまで打ち込んでいた全国コンクール、その表彰日の翌日に登校してきた彼を前に、
ファンを含めたクラスメイト達から、黄色い声のおはようも出やしないのは。
「あはは、ちょっと失恋してね! バッサリ切ったんだ、髪。」
「……だからって……あの邑楽ってコのためだけに、そんな……」
絶句する面々に囲まれて、拍堂くんは恥ずかしそうに坊主頭をかいている。
本当に、信じられない光景だった。学校に通う学生の身分でファッションモデル業にも従事するために
特例で認められていた銀髪は、いまや彼の頭頂に影もなく、そこはまったく別の意味で輝いているのである。
いくら病気やアクシデントでないとはいえ、こんな衝撃のビフォーアフター、周りが黙っている訳がない。
「まさか、何かの罰ゲーム!? 金賞が獲れなかったから、責任負わされて丸刈りにさせられたとか」
「ええっ! 吹奏楽部をそんなに見くびらないでくれよ、演奏する仲間は皆、アモーレも同然なのに」
「じゃ、じゃあ……、邑楽さん、だっけ? そんなにヒドい振られ方をしたの?」
「いや、振られてすらいない。でも、音楽もモデルも諦めるには十分、邑楽ちゃんは魅力的だったから。」
これっぽっちも皮肉ぶらないで言い切るのは、いつもと変わらぬいい声なのに。
髪型のイメチェンさえなければ、今、水を打ったように静かにはならなかっただろう。
私は言葉を探して……誰も何も言えないまま、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが、時間切れのように鳴り響く。
平気な顔でにこにこしているのは王子様だけで、落ち込んだり状況が飲み込めていなかったり、
私達はすごすご席に戻るしかない。音で劣って帰ってきた、銀色を冠した彼のように――な訳が、あるか。
何とでも好きに言え、と思った。
外見のみが好きだったからショックなんだろうとか、他校の女子に心奪われた嫉妬だろうとか。
私は雑誌の表紙で笑ってる拍堂くんが、かっこよく人前に立てる拍堂くんが、どんなに悲しい音も美しく
演奏してしまう拍堂くんが、失恋して髪を切っちゃう女々しい拍堂くんが、世界で一番、好きだったんだ。
拍堂くん、と抜け駆け叫べば、背を向けかけていた皆の足も、魔法のようにぴたりと止まる。
担任が来るまでの残り時間、ああ、魔女が彼にかけた魔法は、解けるまで半年もかかったのに、
「あ――諦めないでよ。私はっ……、私達は、頑張ってた姿、ずっと見てきた……!!」
「…………参ったなぁ……。」
感情に任せてぶちまければ、拍堂くんは頭をかきかき、制服のポケットからハンカチを差し出した。
「昨日は女子に泣かされて、今日は泣かせるなんて」と苦笑まじりの気遣いを前に、私は改めて“イメチェン”に気付く。
前髪のかからないおかげで剥き出しの甘い目もとには、昨夜泣き腫らしただろう跡が、ほんの少し見て取れる。
髪を切らなければ、彼が隠してたこんな弱さや、古風にけじめをつける強さも、知れただろうか。
……なんだか急に気恥ずかしくなり袖口で無理に涙をぬぐうと、意を決した声が次々に上がり始める。
「べ、別に邑楽さんにアタック続ければいい訳じゃないからね。ストーカー呼ばわりされても困るし」
「そ……それに坊主頭って意外とお手入れ大変だって聞くよ、他に似合うモデルさん居ないんじゃない?」
「演奏もいつかテレビ番組に呼ばれて披露してさ、“会いたい人”企画であのコ呼んじゃったりして!」
きっとカッコ良くビッグになって、振ったことを後悔させようと、素で小悪魔な女子トーク。
だけど遠慮して返したハンカチをしまわずに自らの目頭をおさえる、素朴で気取らない仕草が全てを物語る。
「幸せ者だ」と呟く彼は、きっと明日も、皆を幸せにしてくれる。
だから私達は、幻滅もせず懲りもせず、ついていってしまうのだ。世界でたった一人の、丸坊主の王子様に。