「ごちそうさんっした。」
すいかの一切れを綺麗にかじり終えた一護は、やはり綺麗に手を合わせて、皿に白く薄くなった皮を置く。
同時に、四人掛けの食卓の向かいで、指先をつたって手の甲までも赤くぬらす汁に悪戦苦闘していた雨竜が顔を上げる。
その薄い唇が開いてちらと歯が覗いた。
彼が何か言う時。血の透ける舌が舐め取った汁は赤でエナメル質は白、今まで口づける時すら
思い至ったことはなかったが、その歯並びが綺麗だと今更のように一護は気付いた。
「黒崎、何でそんなもったいない食べ方するんだ」
「……は?」
わずかに眉をつり上げたとがめる表情で、彼は手元のすいかに向けていた視線をそのまま一護へと向ける。
あきれ返った声音は、一護にとって全く予想外のものでしかない。つい先ほど『美味しい』と驚きを含んで
呟いていた口調は何処へやら、それは教室で耳にする以上によく通る声である。
梅雨入りの待ちどおしい時季の暮れ方の射光は、遮る雲がないせいで、真昼のように部屋を照らし出した。
もともと五人暮らしのために造られた上に、家業たる医院も兼ねている黒崎家のリビングは
たった二人には余るほどに広い。が、食卓の面積に限れば、話は別。
ほどほどに近い距離は、まだ、学校帰りに誰も居ない家に遊びに誘う級友の程度だけれど。
「もったいねェ、っても」
一護は椅子の背にゆるやかに体重を預けて、間を、持たせた。勿体ぶって、質問の意味を考えてみる。
「んだよ、もったいないって」
「そのままの意味。」
「……どのまま?」
「ご覧の通りの。君の目は節穴か、」
即答で禅問答みたいだった。
まるで今日の昼飯時と同じ調子だ。喋った後は、裁縫に長けた中指をひと舐めする。
ここらでここまでのおさらいをしてみると。まずは、南方で農家を営んでいる一心の知り合いから
山ほどのすいかが家に送られてきたのが先日のこと。そして、それを口実に放課後自宅に来るように雨竜を
誘ったが今日、二つ返事で段取りが出来上がったのだ(たまにだけれど俺は、いっそ石田が子どもだったら
『お菓子をあげるよ』と手招きして誘拐出来るんじゃないかと案じる。これを杞憂と笑えるだろうか!)。
知らない人について行っちゃいけません。勿体ぶる話について行けません。
「あー。何がもったいねーのか、はっきり言えって」
「皮。そんなに赤いとこ残しててびっくりだ僕は」
「………皮?」
ようやっと本題に入れたらしい、すいかの一切れを綺麗にかじり終えた雨竜は、やはり
綺麗に手を合わせて、皿に白く薄くなった皮を置いて互いのちょうど中間の目の高さにつまみ上げた。
切れ長の目をすがめ、赤点を叱る教師の仕草で。
やがて信じられない、といった表情で先に声を上げたのは一護だ。
「……うわっ薄っ!? ええ、うわぁ…なんで!!?」
「なんでもかんでもあるか。て言うか椅子を引くな」
「リアルに引いてんだよ!」
すいかの皮が薄くて驚く経験なんてそうそうない。
つまり雨竜は“もったいない精神”にのっとる形で、有り体に言えば意地汚く、すいかをものすごく薄く、
それこそ皮の部分から完全に赤い色味がなくなるまで――あの綺麗な歯で、かじり取っていたのだった。
あぁ俺もあんな風にしつこくかじられてみたいな。じゃなくて!
「はあ、その、何つーか……そう言えばそういう所が石田らしさってやつだったな。うん、俺が悪かった」
「哀れむ目つきで謝るな、三文芝居は好みじゃない。それともあれか、君は僕の育ちにケチをつけるのか?
はいはい分かったよ、すいかを皮の限界まで意地汚く残さず食べる貧乏性に生まれましてすみませんね!」
「どう見ても自分でケチつけてんじゃねえか!」
完全にいじけてへそを曲げましたと言わんばかりに雨竜はつんとそっぽを向く。首筋に生まれる曲線美。
眼鏡のフレームは肌に落とす陰影をただ濃く深めて、その銀枠の向こう側にある目は、神経質そうに瞬く。
声も息も唇も、目を凝らすまでもなく間近にあった。どうしようもなく引き寄せられるような感じがした。
あるいは、逆らうのを諦めてしまうような。
「仕方ねえ……もういいよ、俺がもったいない人間だったってことでいいよ」
「今日はもの分かりが良いじゃないか。まあ僕も君に
ドン引かれるような人間だってことは否定出来ない、すいかの次に黒崎のことが好きな物好きだからね。」
「くっ……その程度の毒舌で俺は引かん!引かんぞ!」
「ふうん、引かん引かんと悲観的なお言葉をどうも」
「駄洒落はさすがに引きそうだ!」
一護が真っ暗な表情でがっかりしたら、雨竜は飾りけなく明るく笑った。夕日がかすむ。こうしていると
ひどく不思議に思えてくる。もう長く付き合ってやることまでやっているのに、今も真っ昼間から
くだらない会話を楽しめること。性感も睦言も種もそこにないけれど、幸せなこと。
二人が二人を選んだのは間違いではなかったのだと。
――と、ひとつだけ間違えていた。種は確かにそこにあった。一護がずっと口に出さないでいたけれど、
雨竜もずっと気が付かないでいるけれど、意地を張る彼のふくらました頬についていた。
「けっ、すいかの次で十分だっつの。それで石田が家に来てくれるんならな。」
おべんと付けて何処行くの、なんて唄って指摘してあげる歳でもないだろう。あの頬っぺたにはりついた
可愛らしいすいかの種に、雨竜が自力で気付くまで、余計な口出しはすまいと一護は心に決めたのだった。