明日(トムラウ)

とむらう、と教師は言った。
三月のはじめの日。秒針が進むにつれまぶたの重くなる午後最初の授業。
ペンを走らせる手元に影が出来るほど晴れたその日、制服の厚い布地越しにさえ陽のあたたかさを感じる。
声を聞きながら―護があくびをかみころしている時、太陽はまだ、空のずっと高いところにあった。
次に、弔う、と教師は記す。日の当たる黒板に白い文字は同化してしまいそうだ。

「英単語のように聞こえる日本語・てありますよね。“トムラウ――tomorrow”、昔の言葉遊びですけど」

出かかったあくびを無理やり肺の奥に吸いこんだら息が苦しくなって、一護はあわてて息を吐いた。
他愛無い話はすぐに終わって教科書はめくられる。アルファベットの列は閉じたページから続いている。
この授業が終わるまで、まだ時間はかかるらしい。
 
 
どこか気だるい金曜日の帰り道をならんで歩く。歩幅は違っているはずなのに一方が先に出ないのは、
どちらからともなく歩調を合わせているためだろう。そして本人は気づいているか分からなかったけれど、
手と足を一緒に出しながら、明日、と雨竜は言った。

「もし明日暇だったら、映画とか図書館とかお花見とか、どう」
「ん、そっか……」

あまり抑揚のない問いかけに一護はすぐ答えない。質問の意図するところにおおかた見当はついている。
何々とかを連発する時は大抵一番めに口にしたものが本命だった。雨竜は本音を常に隠すような節がある。
だからわざと一護は的を外した。

「花見もいいな。公園前の並木がじきに見ごろだって聞いた」

すると雨竜の視線もそれる。盗み見た横顔の、眼鏡のふちに重なる目がすこし宙を泳いで一護は確信した。
嫌がらせは嫌だけれど困らせるのはたまに好きだ。
どんな表情でも感情をかきたてられて、そんな風に思う度に好きという気持ちを実感する。
そうして手を繋ぐほどに縮まらない距離を保ちつつ、雨竜はまた、一護のほうを向かずに言った。

「公園か。でも、やっぱりまだ寒い。嫌だ」

思わず閉口する。フォアボールまで数えない内にどうやら直球のわがままで勝負を決めたいようだ。
一護はちょうど足元に転がっていた小石を勢いづけて蹴り、彼の行きたい方へついていくことにした。

「じゃあ映画だったら、何か観たいのあるか?」
「……何でもいいんだけど。賞獲ったのが気になる」
「ああ、あれか」

一護は近ごろよく聞かれる映画の題名を挙げた。
海外の、名誉ある賞に選ばれたというその映画は、今まではあまり注目されなかった職業を描いたもの。
それは誰かが亡くなった時、葬式をとりおこなう前に故人を棺に納めるまでの作業を請け負う仕事だった。
繰り返し放送されるあらすじで覚えてしまった。
雨竜は二度頷いて、一護はちょっと考えこむ。少しばかり背の高いほうの影がわずかに傾いだ。

(そう言や、ルキアが何か言ってたな)

最近ではテレビの報道番組や新聞にも目を通し始めたルキアが、作品が大きな品評会で受賞したとの記事を
読んだあと、興味深げに呟いていた一言を思い出す。受賞自体についてでなく、映画の題材のことだ。
『現世にも死神じみた生業があるのだな……』
かつて生きていたものの旅立ちを手助けする仕事。
依頼を受けてやるかどうかの違いはあれど、死者の身体を整えて送り出すという点では同じものだろう。
棺の底に納めるのも、焼却するように魂を斬るのも意義は同じだ。別の場所へ向かうのを見送るために。
死神代行を始めてそれなりの時間が経った一護にも、彼女の意見は何となく分かる気がした。斬ることに
慣れてきた今だからこそそれは新鮮な考えに思える。終わったもののかたちを変えて再び生かすこと。

「出来れば早くに、映画館で。」

雨竜は、願いごとでもかける調子で続ける。あらすじを覚えてしまった映画を思い浮かべながら。

切り取られ、くり返し画面に流れる重要なシーンやあらすじを見るにつけ、もったいないと雨竜は言う。
全編通しての流れがあるからこそ評価されたのに、これだと美味しいものの味見ばかりしているようで。
だから彼は舌で覚えてしまう前に見てみたかった。
淡々としたのを装った声を聞きながら、一護は今度はあくびをかみころそうとしない。
退屈ではないし、心底知りたいと思うからだ。明日まで待てないほどに。

「明日の土曜さ、二人で行ったら安いんじゃね」

フレンドデーとかいう経営戦略を一護は知っている。このご時世二人で行動すれば大体安くなるのである。
そのためだけにどこの誰が考案したかも分からない企画でフレンド認定されるなど複雑だけど仕方ない。

ああそうだ雨竜が行きたがっているのに。好きな人がすぐ隣を歩いてくれるのに。
もういくつ電柱を通り過ぎたんだか。

「つうかフレンドデー、800円って儲かるのかよ」
「さあ、単純計算でお客は二倍勘定だからね。でもいつもの値段考えたら損ではないと思う」

増えた口数に、気分が上向きになったのを察する。何度も通っている雨竜のアパートが塀のむこう側に
見えて、自然と歩くペースはゆるやかになった。どちらからともなく歩調を遅らせているためだろう。

(……離れたくない、なんて、たまには。)

明日も彼の隣で同じものを視界に映していたい。もう二度と見られないかもしれないと意識して。
いつか弔ってもらえる時、持っていく思い出や表情は抱えきれないほど数や種類があるのがいいと思って、

「あ・でも明日、やっぱ花見でもいい気がする……」

懲りもせず俺は、彼を困らせてみたかった。