天高く馬肥える、すがすがしい秋の日。
「好きだ」と告げたら、「好きだ」とこだまが返って来た。面と向かっての言葉のリレーに、
一護は耳を疑った。あくまでものの例えだけれど、それはラブ・レターを出したら全く同じ文面で手元に
戻ってきて、突き返されたのかと肩を落としたところ、よくよく見れば宛名が自分の名前だったと気付いて、
目を丸くするくらいに。
「気のせいかもしれないけれど、僕たち気が合うのかな。うまくやっていけそう」
消え入りそうな声で言う、その顔はとてもうまく笑えてはいなかったけれど。なにか重要なバトンを
渡すように手をのべる雨竜に、一護はもう過ぎ去った八月の熱気を全身で思い出していた。
生き物はそろって息を潜める、いてついた冬の日。
「今日はなんか冷えるなぁ。丼ものでも食べたい気分だ」と呟いた雨竜に、
「なんで同じこと考えてんの?」と一護は首を傾げた。
面食らった雨竜は、こたつに埋めた両手のひらをすりあわせながら、結露した窓の外を見やる。
「そりゃ、温まりたいだけなら鍋だっていいけど。なんて言うかな、蓄えたい・って感じがする」
「んだよソレ。冬眠前のクマみてーな事いうなあ」
「ふふ、当たらずとも遠からずだね。そして丼ものと言えば、もちろん」
「親子丼!」
同時にとなえた料理の名前が、重なりあって呪文のように聞こえた。
「多数決だな。」
こたつ布団をばふばふはたいて、背伸びをしたあと。
大柄なクマがたまに気を抜いてこぼすあくびのように、一護はかはっと大きく笑った。
曲がり角の交番の前を、迷い犬が気ままに歩いていく春の日。
「馬鹿野郎、どうして分かってくれないんだよ、石田。くそ、このわからず屋」
「へえ、この場にきみ以外に馬鹿がいると言うのかい。
もう顔も見たくない、ついでにそのばかでかい霊圧も迷惑だから、出来るだけ遠くに行ってくれ、黒崎」
その日も今までうまくやってきた通り、一護も雨竜も同じ言葉を吐いたと言うのに、一向に分かりあう
気配がしなかった。同時に怒鳴った相手の名前が、すれ違って不協和音を残して消えた。
「どっか、いけ」
ついこの間までみたいに、容赦ない天候に身を縮こまらせる必要もないのに。玄関のドアを蹴って
閉めた途端に、骨の髄まで体温が失われた気がして、目の奥はつんと痛む。花粉症のふりをして睨みつけた
空には、たった今振り返りもせず飛び出してきた部屋の半分の青さもなかった。
やがて夏が訪れる頃、とある平和な七月三十一日(日)。あれこれと理由を付けて家族を追い出した台所で、
一護はせっせと二人ぶんの弁当を作っていた。思い立った理由は決してほめられたものではない。
たとえば、これだけ手の込んだ差し入れを持参したとして、もう二ヶ月も口を聞いていない雨竜のことだ、
きっと突っぱねるだろう。さすれば、出向いた自分の方が優位に立てちゃったり――
「お。」
――などと計算した瞬間、裏返した玉子焼きがフライパンから転げ落ちた。
あえなく潰えてしぼんだそれは、ちょうど思い通りの、色に焦げていた。
「……作り直すか」
ひとりごちて手に取る卵の白さがどこかにくらしい。
なかなか割れない殻の固さに、中身ごと壊れやしないかと慎重になる。
そんな努力にひたすらに時間を消化した日曜日の夕方。かげろうの溜まるアスファルトの上で、
風呂敷包みをもった一護と雨竜は鉢合わせた。懐かしいほど久しぶりに、同じことを考えていたようだ。
「面倒くせ。もうお前が全部食え、育ち盛りのくせに前より細ってんじゃねえか」
「……食べきれるか馬鹿。そう言うきみは本当に成長しないな。いいかげんな目算だ」
「だったら、うちに来い。妹は半人前で、俺とお前と親父で一人前ずつ、全員でちょうど四人前だ。ああ?」
「……多数決なんて、卑怯だよ」
ひとりは来たばかりの道を引き返し、もうひとりは目指していた通りに歩きだして、
言葉のリレーはいったんお休み。
ともあれ、他に呼ぶ友達の都合がつかなくなったと、もっともらしく二人で口裏をあわせてみんなで食卓を囲んだ。
箸が進むと喜ぶ第三者を前にして、二人もまた「おいしい。」と、口をそろえてよそを向いて、言っていた。