オドレナリン

音楽室の防音設備に業者の点検が入るとかで部活動のなくなった放課後、ここのところ
病院演奏会に投票権を賭けた合奏と続いたし、ちょっと羽根を伸ばすか、と誘ってくれたのは刻阪だった。
『とは言え、今から足を延ばして街中で遊ぶのも、気疲れするかな。僕の家に来ない?』。
あくまで自分が人の心ある場所を避けたいのだという気遣いに、甘えさせてもらうことにする。
っとその前に、レンタルビデオ店に寄り道させて。

「映画なら“映らねェ”から、好きで時々借りてんだ。刻阪は、何か観てェ作品あるか?」
「うーんそうだな。あの薄暗い一角の、カーテンの仕切られた向こうの棚とか」
「2年早い!」
「冗談だよ?」

からかわれてムキになっても、彼には愛想は尽かせない。
だけど他愛無い冗談ひとつにも、意に添いたいと思ってしまうのは。

「じゃあ、間を取って――R-15の棚から選べ。遅れちまったけど、お前の16歳の誕生祝いに」
「なら、お前の誕生祝いでもあるな。……これなんか、アクション系っぽくて、面白そうじゃないか?」

彼が手にしたパッケージには、高鳴り膨らむ心臓を胸に宿す、黒服の壮年が闊歩する。
銃を携える渋い面差し、また映らないはずのハートをまるで「覗かせる」ような奇妙なカットに、
二人で心を見るのも悪くないかもな、なんて、夢見がちに期待してみたのだが。

「「はあぁ、ここで終わり!!?」」

無情なるラストシーンからのスタッフロールに、テレビに釘づけだったオレ達は同時に叫んでいた。

ビデオプレーヤーの表示を途中で確かめていたら、再生時間の残りが間もないことにも気づけたのに。
結論から言うと――映画自体は、けっこうなアタリだった。“アドレナリンを出し続けなければ死ぬ”という
縛りルールに従う主人公のハチャメチャな東奔西走ぶりは最後まで飽きさせなかったし、
また年齢指定ものだけあって、裏社会ネタや、ぶっ込まれたセクシーな展開にはばかにドキドキもした
(気にしてない風を装っておやつのチョコプレッツェルに手を伸ばしたら、たまたま
刻阪も同じ一本を取ろうとして綱引きになりかける。紳士然と譲り合う、あの声はいやに上ずってた)。

そんな風に、ストーリーは笑いと驚きに満ちていたのだが……、
どうにか決着するはずだと期待させて、ぶった切ったオチを用意するか!?

「いや、面白かったよ? まんまとはまって観ちゃったけど、正直、美味しいとこでおあずけ食らった感が」
「だなァー……。B級映画ってやつか。……それとも、あの棚を見逃しただけで、続編があったのか?」

レシートに印字された題名を改めて確認していると、
スマホを操作していた刻阪がふぁあと脱力して振り仰いだ。
題名でネット検索してみたところ、案の定、続編となる映画がひとつ存在したらしい。
つまりこの消化不良のオチも、二作目への立派な前振りというわけだ。おまけに、その続編もまた、年齢指定ものであって。

「……R-18だってさ。あーあ! 続きはこのあとすぐ、2年後だよ! 神峰の予言は当たるなあ!」
「くく、拗ねんなって。……もぐもぐ、ほらこっちの、辛味ポテチの残りは全部やっから」
「神峰があんまり食べない方じゃないかってゆーか最後のつまみ食い要った!?
ふんだ、次に続編を観る時は、辛いおやつオンリーで揃えてやる」

本人はオーバーに頬をふくらませながら、銀色の本心は浮かれを隠せず、もろ手を挙げて踊り出している。
ここは他に気を遣う人も居ない刻阪自身の家だし、お腹一杯おやつを食べて愉快な映画を楽しんだ後だし、
めずらしく音楽に関わらない非日常的な機会でもあるから、わりにリラックスしているのだろう。
リラックスした本心で、二年後も友達でいて一緒に観るのだと、さりげない未来の予告編。

「……やべェ。全米が泣きそう」
「ええ……そこまで褒めちぎる内容だったか……?」
「いや全然。辛いの食ったから、だ」

――どんな展開が、恐怖が、下品が、危機が待ち受けていようとも。
どうせ気になって仕方ないんだろう、あのブロンドの女優だって、続編じゃもっと刺激的だろうし。
堪らなくなる、今にも踊り出しそうな心の末端まで、通え、通え、真っ赤なアドレナリンよ。