妄想邪視ガール/超偶像視ナイト

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妄想邪視ガール超偶像視ナイト
 
 

 

 
妄想邪視ガール

御器谷先輩が小柄な体型をしていてよかった。
人込みの中、僕はスマホをいじるフリをしながら、背面レンズをさりげなく彼のいる方に向ける。
そして神峰先輩をぐいぐい押しやる矮躯がフレームに納まったのを見計らって、
あらかじめ起動していた無音撮影アプリで、何枚かシャッターを切った。
あとはちょきちょきと画像を編集、先ほど目撃・撮影しておいた邑楽先輩の壁ドン写真の、
切り取った腰から下とコラージュして、肩を並べた彼女にお披露目。

「じゃーん、合体、へんしーん!っと。いかがです、唄方さん?」
「きゃあああ忍ちゃんinスカートっ!! 善人くん、なかなか良い仕事するじゃない!!」

頬を紅潮させて興奮する唄方さんに抱き締められ、たちまち前が見えなくなる。
もっともそれは彼女がグラマラスだからというより、僕の低身長のせいみたいだが。
小柄な体型をしていてよかった、たっぷり十秒はすりすりされて、解かれる細腕の名残惜しさ……。
しかしその隙にスったのか、彼女は手中に収めた僕のスマホに、もううっとりと見入っている。
恐れ入ります、ハニートラップ。

「はあぁ、こうも似合うと罪だわね……。やっぱり忍ちゃんはスカートを穿く星のもとに生まれたのよ」
「でしょうとも。御器谷先輩も神峰先輩も、悪いヒトではないんですが、頑固なところが玉にキズでして」

綺麗にウェーブのかかる髪を振り乱さん勢いで頷いて、再びスマホに釘付けになる自由な唄方さん。
画面を下から見上げてもスカートの中はまず覗けないと思うのだが、まるで試みるように角度を変えて、
その場でくるくる立ち回ってみたり、しきりに首を傾げている様は、見ていてちょっと面白い。
愛おしげに悩ましげに画面に指を滑らせて、こんなに喜んでくれるなんて、思わなかったし。

彼女が神峰先輩に濃厚に絡んでいるのを見たのは、単なる偶然だった。が、いずれ邑楽先輩にちょっかいを
かけるネタになるかと面白半分で撮り、三人の会話を立ち聞きしていたところ、
鑑賞中にふと「見」えた、異彩を放っていたあの心と同一人物だと気づいて、興味をそそられたのだ。

だって、あんな面白い心、初めて見せてもらったし。

さながら孤独な雪の女王、幾壁にも氷雪を固めた要塞の奥で、一糸纏わず滾る麗姿。
“共感覚”とはいささか分類が違うのだろうが、彼女はどうやら、音楽からセンシュアルな影響をモロに
受ける性質を持っているらしかった。オンオフの制御がきかない厄介な才能、僕の「目」と同じように。

――上目遣いで。
一瞬、ぼうっとしていた。思い出して顔がニヤけていなかったか心配になるけれど、唄方さんは急にしおらしく、
もじもじと、僕に手を合わせて拝んでくる。……色めく心で、おねだりの声音で。

「善人くん、私の携帯にこの画像の転送するついでにさ、お近づきのしるしにっていうか……、
アドレスも交換してみたいんだけど、迷惑かな?」
「え、逆にいいんですか? 嬉しいな、唄方さんみたいな可愛いお人、光栄ですよ」
「やった! 忍ちゃんと指揮者志望さんにはフラれちゃったけど、他校のお友達第一号っ!」
「喜んで。僕もですね、他校のお友達、第一号。」

(……あれじゃあ、友達は、作りづらいよな。)

唄方さんが音楽を愛せば愛すほど――彼女の「真心」は、他人には「下心」に見られてしまうなんて。
音楽を愛し、楽器を愛し、同じ奏者を愛し、そして最高のパフォーマンスのために自分への愛も犠牲にしない、
スカートを穿いていてもカワイく演奏できるように行った努力は、「色目使って」、と警戒されてしまった。
同じバスクラリネットだからと注目した、同じ女子だからと共感した、仲良くしようと話しかけた、御器谷先輩に。

(……もちろん、敵ながらあっぱれと他校の人材を褒めるにあたって、無自覚に密着したり妄想を覗かせてみたり、
大いに誤解を招く振る舞いそのものに、まったく非が無いとは言わないけれど。)

やがてアドレス交換の通信を終えたか、唄方さんは頬ずりしていたスマホを名残惜しそうに僕に返す。
機体にお化粧の粉がついていないあたり、気遣いはあるようだ。
それにこの残り香、帰りのバスで枕にすればいい夢が見れ――二度見した。

返されたスマホ画面には、鳴苑高校吹奏楽部専用のスカートを穿いた、ウエストから下が別人な僕がいた。
無音撮影アプリ。手遊びしていたスマホ。トラップを仕掛けた、ハニーは無邪気に。

「うふふ、合体、変身~ってね! 善人ちゃんにも似合うと思うよ、ス・カ・ア・ト。」
「…………。スカートの似合うような、そんな貴女ほど可愛い人間じゃありませんよ、僕は。」
「そうかな。っていうか善人くん、鳴苑の制服の下に竹風の学ランって、流行の最先端すぎでしょ」
「……、」

抱き締めることで秘密を暴く、「手のひらのタコ」だって目の前で見ていたのに、同じ罠って。

バイバイと手を振って投げキッス、ハートマークが吹き荒れるさよならは、桜吹雪に負けず劣らず。
ひとまずこの二枚のコラージュ画像、何かの拍子に手が滑ってうっかり神峰先輩に送信してあらぬ誤解を
受けたりしないよう、気をつけないと。それにしても――春は出会いの季節だとは、言ったものだ。
スマホの電話帳を埋めるアドレスが一件から二件に増えたことに、少し、テンションが上がってしまった。

 

 
超偶像視ナイト

「オレのシンデレラを隠し撮りとは、いけない子だね?」

耳を疑った。いやセリフはさておき、それが有名声優ばりのあまりにいい声だったので、
誰かの携帯の着信ボイスでもたまたま聞こえてきたのかと思ったら、声の主は僕を諭しているのだった。
ヘアバンドで小ざっぱりとまとめた銀髪、鼓笛隊風の青い制服を着こなす長身痩躯。
恋愛漫画から抜け出てきた王子様みたい――ただし有無を言わせぬ圧力、その目は全然、笑ってない。

“シンデレラ”邑楽先輩だけならともかく、彼も写っている以上言い逃れは無理そうだ。先刻撮った
壁ドン写真を表示中のスマホを泣く泣く差し出せば、タップして返される画面は、血も涙もない指運び。

≪この画像を削除しますか? [YES] [NO]≫

「今ここで、君の手で、写真を消去するんだ。他人の携帯を勝手に弄る趣味はないからね――
オレは拍堂悠人。盗撮するほど邑楽ちゃんを愛しているなら、恋敵同士、正々堂々戦おうじゃないか。」

「仰いますね……。ほら、この通り消しましたよ。
黒条善人こと僕の方が、今日会ったばかりの貴男よりは、メグミ先輩とはまだ付き合いがあるのに」

「へえ、彼女のファーストネームは恵ちゃんて言うのか。覚えておこう、恋敵くん」

あ、しまった、バラしちゃった。
て言うか僕の名前は覚えないんかい。

うっかり滑るこの舌を、てへっと噛んで戒めて。確かにこの王子サマ、邑楽先輩に助け舟を出した
神峰先輩のことも『指揮者志望くん』で済ませてたし、恋敵の名前など知らずとも大して困らないのだろう。
スカートの似合う女子扱いされたり恋敵扱いされたり、そろそろ誰か、僕を普通の人間扱いしてくれてもいいんだけど。
してもらわなくても大して困らないんだけど、胸に手を当て、心に誓って。

「演奏で心を射止めるとはロマンチックですが、拍堂さん、女性を半年間も待たせる男は頂けません。
全国で再会した暁には、恵先輩を“僕の彼女”として紹介してみせますから、覚悟しておいて下さい」

「はは、強気だな! そこまで強気でなければ、恵ちゃんを振り向かせるのは難しそうだ」

人込みの中で異口同音、我こそはと火花を散らす、その心をちらりと見つめる。
この男の笑わない目は信用ならないから――疑り深く疑って、「見」えたものは意外だった。

ぶ厚い辞書が、風にぱらぱらとめくれていた。
表紙から背表紙から裏表紙まで、一冊を構成する全てのページが、何の項目も載っていない空白だった。
目を凝らして読もうとしても、消去してしまったデータのように、無色に透けてしまうのだ。

(今から何でも書き込めると解釈すれば、それは希望になりえても。
ガラスの靴ならもう片方が残っても、たった一冊が破れてしまったら、彼はその時どうするのだろう。)

「あと半年。全国での待ち合わせに遅れないよう、恋敵同士、正々堂々、腕を磨きましょうか?」

やっぱり、心の「見」える僕が助けたほうが、いいのかな。
迷い差し伸べる救いの手、彼に握手を求めて……みたが、彼はそれに、応えなかった。
ガラスの靴が合うかどうかを見極めるような審美眼、暫しこちらを見つめたあとに、やれやれと首を振って。

「ひとつ聞かせてもらいたいんだが、恋敵くん――君の辞書には、『恋』という言葉は、ないのかな?」
「……どうしてです? まるでアイドルみたいに、隠し撮りしてしまうほど、僕は恵先輩のことが好」
「嘘だな。だったら何故、憎きライバルであるオレに言われるがまま、恵ちゃんの写真を消去出来た?」

分かるのさ、と拍堂はほほ笑む。全然笑ってない、甘い眼差しで。

「これなら指揮者志望くんの方が、恋敵としてはまだマシだったな。
たとえ動機が恋でなくても、目の前に立ちふさがって、正々堂々戦ってくれたんだから。」

「……あの人と比べられるなんて、鳥肌立つんで止してくれません?」

思いっきり笑って言ったつもりが、やっと笑うのを止めたね、と恐ろしくいい声で切り捨てられた。
どうやら最後の台詞だけ、僕はカメラを向いたアイドルみたいには、うまく笑えていなかったようだった。
自分では気づけなかったけれど。気付きたくなかったけれど。

ロビーに鳴り響く別れの鐘は、真夜中の十二時を告げるそれっぽく、安っぽく。
魔法の解けて砕ける音が、階段を踏み外す足元から、聞こえた気がした。