公式1日1枚絵より①(9.19-9.30)

題名を押すと各話に飛べます。
9.19空の塔重松視点
9.20絵心伊調の小学生時代
9.21トゥルーエンドさやかと弦野
9.22僕は潜水管ユーフォ→美子
9.23親指フェアリーイメージ上の花澄
9.24右腕リッパー川和→咲良の回想
9.25最初はグー!先代→棟梁
9.26It’s Show Turn!!!刻神。未来のモブの話
9.27深海は今日も晴れ舞台神峰視点
9.28優舞フレンド歌林と舞
9.29アンサーソングモコ→さやかと弦野
9.30Prime Video文化祭当日のモブ視点

 

 
空の塔

ぽん、ぽん、とどこか遠くで聞こえる小さな破裂音で目が覚めた。
九月半ばともなればめっきり朝も冷え込む、薄い夏ぶとんをかぶった隙間から顔を出すと、
時計の時刻はまだ六時。窓のカーテンのすき間からは、雲一つない青空が覗いている。

花火の音。今日はそう言えば、近所の小学校ではもう運動会なのだったか。
せっかくだしもう起きてみるか、とあくびして身体を伸ばすと、
走り抜けた後のように、じんと足の裏が痺れているのに気が付く。
寒さのせいだろうか――否、かすかに熱をはらんで、日照りに熱されたグラウンドの上を裸足で駆けた後のような、これは。
寝惚けまなこをこする手のひらの、無意識に丸めたように握ってた手の形は。

夢の中、リレーでもしていたのかも?
バトンタッチの相手は多分、走れなくなっても走り続けた彼。
なんで分かるかって――別に分からないけど――、こんな高い秋の空は、彼も気に入りそうな気がした、それだけだ。

寝床を抜け出て窓辺へ立つと、青空の塔が近くなる。
果てなくそびえるそのお膝元で、今日もオレは彼と同じ楽器を吹くだろう。
『お客様は、神様です。』もとは誰かが客に歌って聞かせる時の、献上する心構えを表したものだと聞く、
天籟が大事にするそんな「どこまでも客のために」なる心がけが思い浮かぶ。

どこからか自然に鳴る音のように、まだ、始まりを告げる花火は打ち上がっている。

 

 
絵心

小学生の頃、図画工作の授業でフェイスペイントをしたことがある。
専用の筆と絵の具で肌に絵を描く遊びのことで、体操服に着替えたみんなの前で、
隣の席の子とお互いを塗ってみましょう、と先生は手を叩いた。
弾むその音に一瞬だけ、眩しい金色がきらめいた――塗る前から見えているそんな「色」は、
最近気付いたのだけれど、どうやら僕以外の人には見えないものらしい。

隣の席の女の子は、透き通るような空色の声をしていた。
校歌を歌う時は誰より張り切る、だから僕はそんな明るさを描き出そうと、口の回りに青や黄を重ねて塗った。
くすぐったいと身をよじる、小さな手には黒と白の絵の具。
迷わず選んだ二色には、ちゃんと理由があると言う。

「ピアノ?」
「うん。えーいちくん、いつも弾いてるから。」

ほらと見せてもらった鏡の中には、横顔につたない鍵盤を走らせた僕。
白と黒の順列に、似合ってるねと先生は彼女をほめるけれど。

「……これ、キイの並びが違うよ?」
「違っていいの。えーいちくんのえんそうは、他の子と、なんか違うの」

『違うの』。肌につけても大丈夫な絵の具が、今頃ひりりと沁みるよに。
やっぱり違うのかな、違わなくたっていいのに、みんなと同じ景色を見てたいのに。
ざわざわいらいら、落ち着きなくそっぽを向くと、強張った頬を柔らかな指先でつつかれた。

「あたしが、弾いてあげる。」

『あげる』、と、空色の声。
確かに僕はあの時あの手に、隣同士の友達に、忘れがたい思い出をもらったようだ。

……今でも時々思い出す、あれから半年もしないで転校してった彼女の、澄み渡って明るい空色。
いつか立派な指揮者になった僕に気付いてくれたら、あるいは僕がもう一度見つけられたら、
その時は照れくさい赤い顔で、昔遊んだ話でもしよう。懐かしい昔のまま、隣合う席ででも。

 

 
トゥルーエンド

「おい、そこのコントラバス。学生証落としたぞ」

昼休み、音楽室での個人練習から教室に戻る途中、知らない男子に声をかけられた。
そんな呼びかけに振り返ってしまったあたしもあたしだけれど、肩より長い黒髪にとんがった目つき、
だらしなく着崩したTシャツにジャージ(下)、そりゃあ落し物を受け取りつつ不審者を見る目にもなる。
するとそいつは呆れかえり、大きな口で低音のため息を吐いた。

「言い直せってか、“エンドウサヤカ”。こんなのクソ真面目に持ち歩いてっから落とすンだろ」
「…………ええええっ!! あなたもしかして弦野先輩ですか!?」
「節穴め。ポケットにまで穴空いてんのか」

一見して誰だか分からない――髪を下ろした弦野先輩に、適当に言い当てられたのがまた悔しい。
ありがたくも親戚からおさがりに貰った制服がまさかこんなことになるとは、
しかし歯噛みして見上げたあの不機嫌そうな目つきも、今は前髪に見え隠れ。
(別に知らなくてもいいのだけれど)話を逸らそうと
髪型を変えた理由を尋ねたら、髪を束ねるゴム紐が切れてしまったらしい――
早くも到来、借りを返すチャンス。

「あたしがクソ真面目に持ち歩くのは、学生証だけじゃないんですよ?」

携帯の裁縫キットから黒いゴム紐を取り出して、半ば押し付けるように手渡した。
「拾ってもらったお礼です」と呟くと、ぶっきらぼうにふーんと肯き髪を結う、その間迷わず五秒間。
最後は水泳部員がゴーグルをかける時のように、ぱちんと後頭部で音を弾かせて。

「――助かるな。もう落とすなよ」
「別に助けてませんし。もう落としませんし」

そうかとさっさと踵を返す、その後ろ姿はもう見慣れたいつも通り。花柄のゴム紐にすれば良かったかと
一瞬良からぬ想像に至るけれど、花柄でもあの人は意に介さず着けそうだと思うと、なんだかまるで
勝てない気分になった。ちょっと悔しい、いやすっごく悔しい、誰だかすぐに見分けられなかったことも。

それもこれも、入学したばかりで、一緒に居る時間が足りないせいだ。
くそ真面目にそう結論付けてあたしは穴の開いたポケットを手探る、教室に戻ってから急いで直すかと
反対側のポケットにしまった裁縫キットは、あげた分だけ軽くなっていた。

 

 
僕は潜水管

暖かな手を離れて湯船に沈められる時、僕が覚えるほんの少しの心細さを、きみは分かってくれるだろうか。
別にこれから酷い仕打ちを受けるとか、きみの腕を疑っているとか、信用がない訳ではないのだけれど。
すーはーと何度も深呼吸をしてから潜る、溜めたその息も空いた口から、まるい泡となり浮かびゆく。
そうして息が止まるまで、ぬるま湯の中で横に寝かせたりあおむけにしたりをゆっくりと繰り返されたら、
ついにきみは僕を手放し、あらかじめ取り外しておいた喉笛を先に洗い始めた。
危なかった、ここが水中でなければ、みっともない涙目を彼女の前に晒してしまっていただろう。

お風呂で丸ごと洗われるのは、別にこれが初めてじゃない。
だからいい加減、慣れればいいのに――歴史の浅い、僕みたいな新生児は、これだから。

一応、自覚はあるのだ。他の子に比べると僕はまだ生まれたてのひよっ子らしく、いまだに水が――行水が苦手で仕方ない。
『決して身体に悪い行いではない、我らがより健やかでいるための奏者の知恵なのだ』等と
年上の多くの金管楽器は言うけれど、こんなに気を遣って綺麗に保たねばならない楽器をわざわざ生み出す
人間の知恵とは、二度手間を厭わない物好きぶりとは、いったいどんな思考回路のもとにあるのだろう。

真水ではない、人肌のお湯に浸かっているのも。
どぼんと飛び込ませないで、そろそろと導かれ潜らせられるのも。
お風呂上がりには、中がすっかり乾くまで風通しの良い場所に寝かせてくれるのも。

……こんなにも至れり尽くせり、大事にされたら、勘違いしそうになるじゃないか。
もしかしたら僕と同じことを、きみも考えてるんじゃないかって。
だけれどもし何が実現したところで、振られるのは分かり切ってるから、こんな時にしか僕は泣けない。
きみが吹かない隙にだけ、涙を拭かれる、その前だけ。

そうして僕はもう一度生まれ変わって、また新しい産声を聞かせる。
きみの大事な人を救うため、進化した音をまとって、何度でもこの身を汚そう。

 

 
親指フェアリー

この世のあらゆる争いを断つには、自分が真っ先に中立に立つことだ。
さすればどんなに喧嘩っ早い者もばからしくなるはずだ、こんな弱者に「まあまあ」となだめられながら、
なおも勝ち負けを決めようなんて。誰が勝っても威張れないし、誰が負けてもへこたれない引き分けが、
これで一丁、出来上がり。そうして高らかに試合終了の笛を吹くは、
ヒト用ピッコロ半分の身の丈とチアフルな笑顔がチャームポイントの、公平無私な親指姫である。

「ケンカはダメだよ、楽しくないよ。分かってくれたら、はい解散!」

チューリップの花をメガフォン代わりに叫ぶと、一触即発に睨み合った双方の勢力と血気盛んなギャラリーは
共にすごすごと引き下がり、森へ野原へと帰って行く。汗をかきかきそれを見送り、
清かなせせらぎからすくった一滴で渇いたのどを潤していると、馴染みのおたまじゃくし達が寄ってきた。
おしゃべりの時間だ。姫がフルートに口をつけると、賢い彼らは水底に楽譜と言葉の陣形を敷く。
(小川のほとりで演奏するのを、毎日聞いて言葉を覚えたのだそうだ。)

『仲直りのお仕事、きょうもおつかれさま。』
「いやいや、そんな。それならあの子達の方がずっと疲れたと思うな、ケンカなんて、疲れるだけだし」
『そうだとも。へとへとになって、何が楽しいんだろう』
「だよねえ。何が楽しいのか、あたし、一生懸命考えてみるけど、分からなくって……」
『うんうん。そう言えば、こないだ姫がいない時に楽団が通りがかってさ。吹けや歌えやの大ゲンカで、
指揮者まで指揮棒をおっかなく振り回すもんだから、しまいの大合奏にゃ、尾ひれまで震えちゃったよ。』
「…………ええ。そうなんだ、そんなすごかったんだ。だったらあたし、」

その時そこに居なくて良かった、と胸を撫で下ろしつつ――彼らの音を聞いて見たかった、とも惜しむ。
より良い「仲直り」のためのケンカをもしもわたしがうやむやにしていたら、どうなったかは目に見えた。

公平無私な親指姫は、今一度、笛を吹く意味を考える。数々の争いを収めた、その音色はフェアだったかを。

この世のあらゆる争いを断つには、自分が真っ先に中立に立つことだけれど。
時にして例外、戦争を演奏に昇華するには、指揮台に立つ誰かが必要みたいだ。

 

 
右腕リッパー

「壬、頼んだぞ。バッサリ切ってくれ、髪!」
手にした鏡越しにあのきざな目配せを寄越し、フードを下ろした雨ガッパに身を包んだ咲良はそう言った。
庭に敷いたビニールシートに折り畳みイスを置いただけ、そんな即席の散髪スペースにどっかと居座り
『髪を切って欲しい』ときたものだ。しかし背後に立つオレが手渡されたのは市販の文房具バサミで、
さらには音楽以外にはまるで不器用な彼が自力で切りかけて断念した後の、不揃いな毛先が跳ねて
こちらを向いている。ごく当然にオレは床屋に行くことを勧めたが、金欠なのだと彼は嘆いた。

「今ちょっと貯めてんの、伸びた分だけ省いてくれりゃいいから。お前の悪いようにゃしねェよ」

最後の言葉がどこか気になり、結局頼みを切り捨てられない。ただしバッサリ、ともいけないだろう――
頭上に咲く満開の桜を仰ぎ、オレは手加減に手加減を重ね、綺麗な髪を損なわぬよう、切り揃えた。

「壬、あとは頼んだ。野菜は切っといたから、あと肉な」
その三か月後、オレが手渡されたのは、包丁だった。台所の窓から見える庭では涼が木炭と網をセットし、
美子と舞は食器の配膳をしている。ビニールシートと折り畳みイスは今度は人数が集まれるように
配置されていて、「夏だしバーベキューやろう」と言いだしっぺの親友の計画通り、は結構なのだが。

「おい、食材を切るのはもう飽きたのか」
「飽きてねェよ。でもオレが切ったらこうなっちまったんだ、残りメインはお前の腕を信じる!」

きらり輝く目配せ一つでやすやすと命運を託されてしまう自分が恨めしい。
ザルの中の大小入り乱れた野菜に火が通るかは焼き加減に気をつけるとして、しかし貯めたお金とやらを
思い出作りにぱーっと使ってしまう、彼が買い込んだ肉を、オレはやはりぞんざいには切れなかった。

ああ、あれから――どれだけの月日が経ったっけ。

「壬。頼みがあるんだ。オレを、あの三人の中にいるオレを、斬り倒してくれ。」

すぐには返事が出来なかったのは、三度目もまた断れないことに気が付いてしまったからだろう。
切るように頼まれながら、オレはもう何も手渡されなかった。彼の動かぬ両手にはどんな刃物も握られていなくて、
だけれど空っぽであるはずのそこには、重く大きな刃が横たえられているような、錯覚。

例えばそれは、はさみや包丁みたいに片手でも扱える、突き刺すだけで損なえる剥き出しの刃物とは違って。
自分で意を賭してスイッチを入れて、両手で持って斬るもののような――。

「……咲」

右手が重い。苦笑して言ったはずの彼の顔貌が、笑っているようにはとても見えない。
右脚が重い。縫い付けられた風に、そこから逃げることが出来ない。
迷っていても答えは出ている、自分の半身はもうかけがえのない親友と馴染み過ぎてしまったことに、
右目から流れる涙で、オレはようやく気が付いた。

 

 
最初はグー!

“先代”との最初の直接対決は、グーを出した彼が負け、パーを出したオレの勝ちだった。
「パート内の誰が一番印刷の綺麗な今月のスケジュール表をもらえるか」、賭けたことはくだらなかったけれど、
三年生が引退したばかりの湿っぽさを吹き飛ばそうと、そんな遊びを思いついたのかも知れない。
音楽室備え付けのコピー機は古く、まとまった枚数を刷るとインクの濃さや質に差が出るのだが――
乾き切らないインクで汚れた人差し指のままうっかり鼻の下をかき、
彼が思わぬラクガキ顔になってしまったのには、メンバー全員が大いに笑わせられたものだ。

「コピー機には要注意」。それが新しい“棟梁”から最初に学んだことだった。

それからも彼には、本当にたくさんのことを教わった。谺先生のハマっているゲーム、
アンサンブルでの音の合わせ方、流行歌の自己流ドラムアレンジ。どうすれば音感ゲームで高得点を出せるのかも?
メンバーの誕生日や好きな音楽ジャンルまで覚えて即興演奏をしたり祝うマメな所もあり、
それこそ彼の誕生日には、(風呂敷代わりの)ジャージ上着に包めない程のプレゼントが積まれたことも語り草だ。

そんな風にオレ達は、本当によく話し、よく叩いて、お互いを分かり合っていた。
だから棟梁自身についても、もうほとんど知らないことはないと過信していたのだが。

「打樋、オレはお前に任せる。バカなオレが一生懸命考えて決めたんだ、バカにしねェで、頼まれてくれ。」

最初はグーで、最後はパーで――勝ち負けよりも大事なこと、また一つ教わっていた。
引き継ぎに握手を求められた時、指の腹の酷いざらつきに、オレはこの一年間を鮮明に思い出していた。
そう言えば棟梁は、ハイタッチだけはあまりしなかった。大抵スティックを持った両手塞がりで演奏する
打楽器パートだからかもしれない、が、プレゼントを貰う時もいちいち手を出すのではなく包んで一抱えに、
寒い季節に印刷したプリントは、ひび割れた指先を切らないように内側よりを持つせいで、インクの汚れ。

(……ああ、そりゃあ、あんな一生懸命叩いてりゃ手も荒れるわな。)

不意につんときたのを、あざすと叫んで誤魔化した。プレゼントの山にひとつ紛れていた肌荒れクリームに、
オレは女子かよ、なんて、変に誤魔化さず笑い飛ばしていたことがふと思い出された。

――以来オレは、理想の“先代”に近づくべく、あれこれ遠回りしていたりする。
彼をマネるだけにならないようには気をつけているが、周りから見て実際どうなのかはオレにも分からない。
……イヤやっぱり前言撤回、あんな格好いい先輩、マネずにはいられるか!

「だからよ、お前『指揮者志望』なんだろ。お前の意見も、聞かせろ。」

最初はグーのパーカッション、こつと軽く当てた拳には、伝えたいことがぎゅうぎゅう詰め。
初っ端からルーキーに勝ちを譲ってしまう甘さまで先代から引き継いでしまったか、
けれどそんな晴れがましい演奏の余韻に浸る間もなく、“暴君”の足音はそこまで迫っている。

(まさかたァ思うが、“暴君”も、引き継がれたりすンのか……?)

 

 
It’s Show Turn!!!He Bit Cake!!!

「あ、翔太おかえり! おやつあるから手洗って、うがいして……」
「ごめんお母さん、おれ、今からひびきんちに遊びいくから」
「え? こらあ!宿題とレッスンは!」
「かえってからがんばるよ!」

くたびれた黒いランドセルを脱ぎ捨て、息子は脱兎のごとく居間を飛び出した。
たまに張り切ってチョコレートケーキなど焼いた日にこれだ。せめて味見でもしていけば可愛げがあるのに、
とはむくれるが、本気で怒れないのもまた、このかぐわしい焼きたての甘い匂いのせい。
それに宿題もレッスンも、家に帰った後に本当に頑張るから、あまり口うるさくもなれないし。

やれやれとキッチンカウンターに戻ると、再び忙しない駆け足でつむじ風が舞い戻ってくる。
忘れ物忘れ物、とテーブルの上から掴んでいくカードケースには、音符をあしらったハートマーク。
玄関に先回りして仁王立ちで立ちはだかると、この世の終わりってくらい打ちひしがれた顔で見上げられるけど。

「ほら、忘れ物の、おやつのケーキ。響君と仲良く分けるのよ――気をつけて入ってらっしゃい、翔太」
「……!ありがと、行ってきます!」

夏の風になびく左右非対称のくせっ毛は、なるほど人にもよくいじられる通り、
カードの中で指揮棒を振るその青年にそっくりだ。

もう数年前のこと、当時こつこつと実績を積み上げていた日本人指揮者とサックス奏者をモデルにした
吹奏楽ゲームソフトが発売されて話題になった。それまでにもアイドルや脳科学者なんか実在の人物が
モチーフになることはあったけれど、最新技術の高音質を売りにしたハードが同時に開発されたこと、
何より彼らがついに世界的な公演で絶賛されたことが、ヒットに大いに拍車をかけたように思う。

まあ最初は、へえ、息子とその親友と同じ名前なんだ、くらいにしか思わなかったけれど。いつの間にやら
人気に火が付き、コミカライズにアニメ放映にグッズ発売、トレーディングカード化ときたものだ。
世の中の親は泣く泣く財布をひっくり返し、それはやがて、画面の向こうの話にはとどまらなくなった。

『かつて想像できましたか? まるでコンビニのように身近に、楽器店や音楽教室が並んでいる光景を。
あんなにゲームを手放さなかった子どもたちがやがて、勉強もがんばるから、と楽器をねだり始める姿を。
どうりで人込みの苦手な神峰が、街中できょろきょろするはずだ。本当は自慢したいんですよ、こいつ』

笑いながらインタビューを締めくくる彼と、隣で顔を赤くする指揮者は高校時代からの付き合いらしい。
オーブンに火を入れる間のBGM代わりにチャンネルを合わせた番組だったが、なかなか面白い話が聞けた。
特にゲーム化の経緯なんてぶっ飛びすぎてるだろう、だって顧問の先生がゲーム好きで、
ゲーム開発者と結婚したら、逸話を聞いたパートナーが本当に作ってしまったなんて。

ねえ別に、あの子は同じ名前なだけで、同じ人間じゃないし。
ゲームになるほど有名人にならなくたっていいけど、それでもいつかどこかの未来で、
彼らみたいな友達を持って、息を合わせてやってければいいな、なんて。

お菓子作りの後片づけと夕ご飯の支度は、もうちょっとだけ、後でがんばることにして。ばたばた手を洗って
子どもみたいにテレビの前にかじりつく――トークの後の生演奏はゲーム音源で聞くよりも美しく澄んで、
心を掴むそのメロディと幸福感に、ひと時、そっと耳を傾けていた。

 

 
深海は今日も晴れ舞台

「天然資源の採掘事業にともなってある国が海底調査を行ったところ、
一帯を調べていた潜水艇から、場にそぐわないあるものを見つけたと報告があった。
岩場の途切れた暗い水底でサーチライトが照らしたのは、
砂泥の積もったひらけた空間の中心にある――苔むした、たった4段止まりの階段であった。

周囲には朽ち果てた流木や船の残骸の破片が転がるだけで、建造物の跡だった影もない。
またその円形の砂の広場は、階段を頂点としてわずかに盛り上がるなだらかな台地のようになっており、
自然の地形ではなく人工的にそうされたらしいことも調査で確認されると、
降って湧いたミステリーに、世界中は色めきたつ。

失われた古代文明だ、いや宇宙人の仕業だ、はてはいずこかの芸術家の仕掛けた現代アートだ、等々。
遺跡めいていながら文明の片鱗を示すものはたった4段の階段だけなんて、小説が一本書けそうだ。
しかし欠け落ちた階段の破片や付いた苔を採取して解析したところ、そのオブジェ(仮)は
長い階段が崩れ落ちた残りなどではなく、最初から踏み台のように4段という数で造られた古い遺跡である
ことが確定してしまった。こんなのは何もわからないのと同じだ、そのうちに当地では階段見学潜水ツアーが組まれ、
階段まんじゅうなるみやげものまで売られる始末、論争はますます加速するばかり
……と思われた矢先、名もないひとりの音楽家が、行き詰った調査に提案をした。

『ソナーの調査をもう一度やってほしい。円形の広場だと言ったな?階段を挟んで、双方向から調べるんだ』

科学者も考古学者も首を傾げた。音波探知はもう何度もやっていて、辺りに階段以外の遺跡は何もないと
分かり切っていたからだ。広場を囲う岩場にもめずらしい魚が棲みついているということはなかったし、
いくら彼が音楽家だからって、水中でまで音波を操りソナーを使いこなすなんてことは、ありえない。
なので学者たちは物見遊山、観光気分で潜水艇に乗り込み――食べかけのまんじゅうを取り落した。

階段を昇る方向に向けてソナーが発した音波を真向かいで聴音した時、
信じられないほど、幾重にも反響した複雑な波形が探知画面に現れたからだ。
故障でも、悪影響でもない。実際に耳に聞こえはしないけれど、その広場はまるでコンサートホールのように
音の反射を計算した緻密な計算で造られていて、音が良く響くように出来ていると分かり――答えも出る。

誰もが階段だと呼んだそれは、指揮台であり、舞台だったのだと。

……無論これはまだ新しい仮説の一つに過ぎない。何より誰より音楽家自身が、
これを結論にして済ませないで、謎めく遺跡を心行くまで解き明かしてほしいと熱心に訴えている。
勿論我々はこのミステリーにあくなき挑戦を続け、新たな発見を求めるつもりだ。あの食べかけで落とした
階段まんじゅうも、案外ニュートンのリンゴだったのかもしれない。……いや、今は指揮台まんじゅうかね」

「…………へえぇ。世の中にゃまだ分からねェこともあるもんだな」

朝のニュースの特集に見入ってもう十五分、次はお天気ですと切り替わる画面にようやく腰を上げた。
気付けば歯ブラシをくわえっぱなしで口は泡だらけだ、急ぎ足で洗面台へと向かう――
その間にも頭の上には、海底で見つかったと言う指揮台のイメージが次々と浮かんでくる。
誰が作ったんだろう。誰が振ったんだろう。誰が聞いて誰が吹いたか、今となっては知る由もないけれど、
そこできっと多くの人が美しい音楽を聴いて、その演奏会はもう二度と再現出来ないのだと思うと、
字幕で読んだ遠い国のニュースのはずなに、言いえぬ喪失感がつのった。

口をすすげば海の匂い、どこかからふっと抜けてって。
今朝は少しゆっくりしすぎた、テレビの見過ぎで学校に遅れるなんて冗談じゃない。
オレもさっさと学校に潜って、音で、自分の立ち位置を見つけなきゃ。

暗いばかりでないそこに、刻阪も来てくれるのを知っているから怖くない。そうして横目で通り過ぎる
天気のニュース、外国で発生したと言う嵐に、あの海底が荒らされないことをひそかに祈った。

 

 
優舞フレンド‐You’re my friend.

百円均一の台所用品コーナー、ハートをかたどった型を覗いたって、あの後ろ姿は見えないのだけど。
「可愛いおにぎりで胃袋キャッチ!たなごころを食卓に」なるキャッチコピーに足は棚の前で止まり、
気付けばレジ袋とおつりを受け取っていた。演奏用のあぶら取り紙だけ買うはずだったのに、なんてこと。

「……っていやいや、それ以前にダメでしょ! おにぎりくらい自分で握れなくてどうすんの?!」

自問自答の耐えがたさに頭のテールをぎゅむーと引っ張る。いいい痛い。半分涙目でずんずん歩けば太腿を
なでる木枯らしの冷たさがこたえて、学校を出る前まで着ていた長袖ジャージが恋しくなった。ジャージは
好きだ、ペアルックだから。誰とって? それはもちろん、明日おにぎりを試食してくれる、舞のことだ。

「――ヒヨコだねえ。今回も」

一口の前にひと目見て一言、ずばっと言ってのける舞のレンズの厳しいきらめきったら。

「か、勝手に孵化してヒヨコになっちゃうの! しゃもじで手にのせて握るまではたまご型なのに!」
「ご飯は勝手に孵らないと思うよ……?」

笑っていいかどうか迷うように気を遣って笑われて、あたしは机に突っ伏した。
彼女に昼休みにお弁当を試食してもらうお稽古ごと(週一)にて、まず基本からと始めたおにぎりは、何度
握ってもぐねっとくびれて、結果ヒヨコ型になってしまうのである。天むす、肉巻き、ケチャップライスを
薄焼き卵で包んだオムにぎりと、味のレパートリーはある程度学んだが、形だけはご覧の有様。

「なんでよなんでこうなるの。まず形から入るとかよく言うじゃん。形からすら入れないんだけど!」
「うーん、確かに味は悪くないのにな、食感も丁度良くほぐれるし。こっちのハートは、型だっけ?」
「百均で売ってたやつ。でもそれは比較にしただけで本番は使いたくないの、だって百円の愛なんて!」

熱弁を振るうあたしのいかり肩にまあまあと手を置き、舞は自分のお弁当箱からおかずを差し出してくれる。
ハートのピックに刺さったピンク・グレープフルーツ、大好きな甘酸っぱさに、すんなり頭はクールダウン。
今度は迷わず気も遣わない、素直な笑顔とレンズのひらめきに、新しいアドバイスをもらう。

「いっそもう――形は変えなくていいんじゃない?
試したように、味や見た目を変えるのはどうかな。桜でんぶまぶしてみたり、細切り海苔で柄をつけたり」
「え。それお祭りの出店の、カラーひよこみたいになるのでは」
「ちっちゃいお弁当箱に身を寄せ合ってると、カラフルだよね」
「あああ確かに……!」

カラフルにメルヘンなお弁当箱、想像してまたやる気に火が付く。
そのうち虹色のおにぎりでも作れたら、手放しでほめてくれるんじゃないかしら。
もちろん試食第一号は、知的な瞳でおっとりしてて、好物を覚えててくれる彼女にあげたい。

(ねえどうしよっか、来週はチーズケーキでも焼いてこようかな。愛くるしいヒヨコ型でも、よかったら!)

 

 
アンサーソング

軽音楽部の活動を終えて帰る時、通りがかった音楽室に演藤さんの姿を見かけてつい足を止めていた。
傍にはリンギン・ガーデンの舞台でお世話になった弦野先輩もいる。どうやら後片づけの最中らしい、
演藤さんとはまだ少ししか話したことがないながら、少し待って一緒に帰ってみようか、思い立てど。

「弦野センパイ、interludeって何て意味か知ってます~?」
「間奏曲」
「じゃあ、Hawaii Five-Oのメインテーマの作曲者は?」
「モ一トン・スティーヴンス」

剣戟みたいなQ&A、小気味よい鍔迫り合いに、なんだかちょっと割り込めない。
どうやら質問しているというより、演藤さんはランダムに弦野先輩が答えられなさそうな出題をしているようだ。
あたしだって響や悟偉さん、神峰さんとは気兼ねなく話せるけれど、
物怖じせずに突っ込んでいくそれとは全然話が違う。

(演藤さん、スゴイなぁ。同級生なのに、先輩みたい)

入院生活で学校にあまり行けない期間があったせいもあるだろうけれど、
コッソリ物陰からうらやましく見ていたら、先に向こうから気付かれてしまった。

「あ、滝沢さん! 帰るとこなの? すぐ片づくから、良かったら一緒に帰ろうよ」
「演藤さん、おつかれ様。えっと、弦野先輩も、お久しぶりですっ」
「お前は……」

にっこり笑って手を振る演藤さんの横で、弦野先輩は怪訝な顔になる。しまった、こちらは響達から話も
よく聞いていてうっかり挨拶してしまったが、先輩にとっての自分など、一回会っただけの後輩に過ぎない。
顔どころか名前も覚えているかどうか――名乗ろうとしたら、去年の、と遮られる。

「フェスの、ボーカル担当。喉はもう良いみてェだな、その声だと」
「えっ……、あ、ハイ!もう大丈夫です、ありがとうございます!」
「ちょっと弦野先輩、滝沢さんには桃子ちゃんって可愛い名前がちゃんとあって……って、知り合い!?」
「知るか、現にボーカル担当で通じただろ。大体、ンな可愛い名前ならテメェが呼びゃいんだ」

軽くあしらわれてムキになる演藤さんに、あたしはくすりと笑わせられてしまう。
知り合いなの、て言うか喉どうしたのっ、と矢継ぎ早に心配されて、
話せば長くなりそうなその返事は帰り道に聞かせてみようか。
せっかく一緒にと誘われたのだ、そしたら明日は、演藤さんの――さやかちゃんの、話も聞きたい。

桃子ちゃん、と早速呼ばれて盛り上がっていると、鞄を手探っていた弦野先輩がほれと何かを放ってくる。
それぞれ一個、あわてて受け止めたのはのど飴だった。
「余ってっから」。言い残してもうふらりと消える、疾風のごとく。
あの人が甘いもの食べてるのなんて見たことない、とさやかちゃんはぼやいている。

 

 
Prime Video

毎日の掃除時間の放送から体育大会の実況、全国高校放送コンテストに向けた特訓まで、
主に音声の仕事を任される放送部にも、年に一度、秋には映像製作の仕事が回ってくる。
それは文化祭のラストに上映する、ミニ・ドキュメンタリー・ムービーだ――
準備期間中から回すカメラにさまざまな催しや出し物の裏舞台までをおさめ、十分ほどの作品に編集する。
有終の美を飾って映像記録も残せる、一石二鳥の恒例行事ではあるのだが。

「吹奏楽部パート、どうしよう?」

パソコンルームの回転椅子で、くるくる回って堂々巡り。
三年生が引退してからの大きな初仕事に、放送部部長は悩んでいた。書道部パフォーマンス、
剣道部主将と顧問の対戦、生徒や先生への突撃コメントに漫才グランプリのハイライト。
ここまでおよそすべての部活と企画を繋げたが、吹奏楽部だけ、どこの画を使うかまだ決められないのだ。

「なんか微妙だったしなあ、今年。僕の感性がおかしいのか?」

部内にも居るファンが騒ぐように(トキサカ君を多めに編集してくれだの、私情甚だしい)、
あのサックスソロを吹いていた男子を主に映せば、確かに体裁は整うしウケはするだろう。
しかし、放送部員として恥ずかしながら、上手く言葉が見つからないのだが……、どうも微妙だった。
一体感と言うなら去年の方が良かったし、むしろ彼なら、もっとハイレベルに吹ける根拠のない予感さえするのだ。

だからと言って、文化祭以外の素材を使う訳に行かない。そしていよいよ、時間もない。

ヘッドフォンを外し、横っ髪を耳に掛け直し、上にぐーっと伸びをしてから着けなおす。
策はないでもない、大所帯の吹奏楽部のことだ、他の映像素材に映りこんでいる部員が居るかもしれない。
たとえば軽音楽部と掛け持ちしている者もいると話に聞いた、そんな個人の映像を使って全体演奏は短めにするのも、アリだ。
決まればいくつかのファイルを同時に開いて再生する……だてに部長はやってない、
ついたあだ名は聖徳太子、多数の音を聞き分けられるスキルは、我ながら放送部に向いている、とかって。

――閉め切ったパソコン教室に、風が吹き抜けた感覚。

つい先程終わったばかりの「未成年の主張」ファイルから、目の覚めるようなサックスの音色が響く。
ウィンドウを一番上に出し少し巻き戻して再生すると、これっぽっちも格好つけず、地声で叫ぶ彼の姿。
しばらく仕上げの作業をしていたからイベントには気付かなかった、
後輩に届けてもらった映像(と差し入れのタコ焼き)に、こんなお宝が紛れ込んでいたなんて。
拍手喝采の名演奏に、心は決まる。ソロ部分は抜きで、代わりにこちらをクライマックスに使ってみよう。

顧問が居たら怒られそうだとは思いつつ、温かいうちにとタコ焼きを頬張り作業にいそしむ。
タコが二個入っていた。大当たりだ、悪くない。皆に楽しんで欲しくて、一人ひっそり働くのも。

そんな「頑張る姿」さえ実は愛ある後輩に密かに撮られていて、完成した作品の最後の最後に
『スペシャルサンクス』として付け足されるともつゆ知らず。パソコンの横で飲み食いすべからずと
顧問に叱られ、同時にPVの出来と頑張りを誉められたのもまた、ソース風味に甘辛い、青春の映像には違いない。