セールスフレンド

「宗像先輩、お家を継がれたんですね。妹さんに聞きまして」
「ああ、ついこの間に。継ぎたてほやほやのぺーぺーだけどね」

スーツ姿で手土産片手に彼の実家を訪ねた時、俺は最初、和装とも式服ともつかないその格好を
ついじろじろと見つめてしまった。照れ交じりですぼむ返事に、長い前髪に隠れがちな目が伏せられる。
先ごろ代替わりしたという宗像家の当主は、家を仕切る長らしからぬ穏やかさで迎えてくれた。

縁側からすぐに庭に降りられる座敷に通されると、開け放した障子のおかげで、そよそよと心地よい春風が吹き込んでくる。
こうして休日に家に遊びに来るのは、実は今日が初めてだ
――敷地内は入場料を取ってもいいくらいの行き届いた和風造りで、飛び石に庭木、
水草が玉模様を描く澄んだ池、苔むす石灯籠などを見るにつけ、俺は別の懐かしさに満たされた。

足繁く通った、フラスコ計画研究施設地下二階、日本庭園型ビオトープ。
あの頃と異なるのは、ただの水やり番ではなく今度こそ彼が主人だということか。

「人吉くんはこっちが心配なくらい働いてるからさ、尊敬するよ。出世したともあれば余計にね」
「いやいや! もー回り道もいいとこで、地味にしがみついてるだけっすよ」

こちらに背を向けてお茶を淹れてくれるおかげで、赤面を見られずに済むのは幸いだ。
座布団に着いて背筋を伸ばしてから、俺は持参した茶菓子の説明を始めた。
営業の仕事でもないけれど、社の食品部門が不知火の里と共同開発中だという新商品を試食もかねてお土産に持ってきたのである
(タイ焼きならぬ退魔焼き。清めの塩が隠し味、白縫の白あん入りだ)。
目の前で、変わらず一括りの長い後ろ髪が食指のごとくひょんと揺れる。

「これはありがたいや。早速一緒に頂こう、先に開けててもらえないかな」
「喜んで! ……いえ、謹んで?畏れ多くも? まあともかく、お口汚しですが」

僭越ながらと包装を解く間、卓上には良いかおりの立つ湯飲みが二つ並べられた。
すすめられたそれに茶柱が立っていることに俺は感嘆したが、
アブノーマル的な引きの良さの名残にすぎず、もろもろのそんな背景を忘れていたことに気付いた。

「こんなに晴れた天気、しかも大安吉日。お花見気分だ」

袴をわずかにたくして腰を下ろしてから、手ぶりで庭木を指し示すのに頷く。
肝心の甘味にはぐっと親指を立てて太鼓判を頂いた。
たっぷりの白あんを濃い緑茶で味わい、ひと息ついてから思い切って聞きたかったことを問う。

「ええと、魔、と代々戦ってるんでしたっけ?」
「そうだねえ。戦ってる」
「……先輩はなんだか、いつも戦ってません?」
「そうかなあ。それを言うならきみもだろう、」

戦いだ。人生なんて、そんなものだ。結論づけて、宗像先輩はもぐもぐと口を動かす。
そうして一瞬、煩わしげに袖口の広い袂を軽く振った。いかにも“着慣れていない”そんな仕草が可笑しくて、
まじめな質問をしていたはずなのに、不躾にも話を遮って笑ってしまう。
するとそれまで菓子をよく味わっていた先輩は、え、と半笑いで肩を強張らせ身なりを見下ろした。
視線とともに眉もひどく下がるので、俺はあわてて付け加える。

「あ、いや違うんです。何と言いますか……こんな見回してしまう由緒あるお宅にお邪魔して、
宗像先輩の服装も全然見たことない感じで、んで家を背負って戦ってるとか初耳で、びびって……
いやてゆーか、魔って。人づてだと、ものものしい遠い言葉にしか聞こえなかったんすけど」

足すべき言葉を探す。分かってもらうために、もうあと一言必要だ。
そんな答えじゃ満足しないよ、と咎められる前に。

「なんか怖がり過ぎでした、俺。宗像先輩、ふつうに戦ってるんですね。」

――カッ、とまるで空気を裂くように庭の鹿おどしが鳴り響いた。
合図のようにおずおずと伏せられた顔が上げられて……今日初めてちゃんと、目と目があった。

背を向けてお茶を淹れたり、ずっと伸ばした髪だったり、視線をそらさせる身振り手振り。
妹に口止めはしなかったのだろうか、運良く彼女が口を割るまで、家の秘密は守られていたけれど。
知られたくも見られたくもなかったかもしれないけれど。
綺麗な所作でお茶を飲み干して、先輩は何も暗器の出て来ない袖口をまた軽く振り、首を傾げた。

「うーん……普通かな。ふつうなんだろか、魔と戦うって」
「少なくとも俺には普通に見えましたが。むしろ着慣れないようでしたらその仕事着、
働きやすく戦いやすく、お母さんに仕立て直してもらいましょーかー?」
「その手があったか! ……っておいおい、契約書チラつかせながら言うセリフか、営業マン」
「そりゃーもう。親離れしましたし、最近は開いた手芸店にかかりっきりですし……。
ただ今の先輩めちゃくちゃかっこいいんで、お母さんは喜んでタダ請けするかも」

ひそひそ声で冗談めかすと、退魔の当主はとても普通に笑う。
それは決して変な笑い方ではなかった。おまけにインフレしすぎてもいない、式服を着慣れない新人だ。
ただ、血縁関係は確かにある。ならば痛々しくない決め技はあるだろうか?
そんなこんなお家の事情は、一見しただけでは分からない。
たった一度の訪問で人物を高く買ってもらえるなら、俺はもっと早く出世していただろうし。

「――次に休みが合う時も、遊びに来てもいいですか?」
「いいよ。普通に遊びに来い、僕はいつでも戦うよ、ダーツでもカラオケでも利き酒でも。」

十年来の、という言葉を使える日が来るのを、戦いながら待ちわびていた。
最初のノルマはクリアした、だから次は一生の、か――これからも戦って、
戦った末にその言葉を使おうと、右肩上がりのその先の高みを目指してみることにした。