ナンパみたいだな、なんて正直に言えばきっと殺されるだろうけど。
夏祭りの人込みをかきわけて歩いたりしていない、着つけて出かけた時のままの綺麗な浴衣姿で
時計塔にとぼとぼ戻ってきた優男に、俺は軟派に声をかける。
傘をさしてうつむきがちの彼には、雨音に負けないくらいの声を出さねばならない。
「よう、早いお帰りで。花火大会、雨で中止なんだって?」
「……。どうして嬉しそうに僕を傘に入れようとするのかさっぱり解らないけど、その通りだよ。
お祭りの屋台も引っ込んでたし、人吉くんが濡れて寒そうだったから家まで送ってきた」
「ふーん、そうやって年下にいい顔見せておくのも悪くねえかもな。イメージアップになる。
もらった手土産も母ちゃんの手作りなんだろうし……
いやいや、漫画みてーな無意味な話の引き伸ばしは止めるか。
――ぽしゃったデートの代わりに、俺がストレス解消してやろうか」
ピースサインを作ってにっと歯を見せると、降られた宗像は目を丸くする。
ただまあこんな仕草もイメージアップには関係ない、
ただ地下2階を不埒な遊び場として借りることにしただけだ。
一昔前の洋画のCGみたい、飛んできた弾丸を上半身を反らすだけで避けながら、俺は反射的に次の攻撃を予測する。
二丁で撃っているあのタイプはそう連射はできないはずだ。
弾切れの一瞬、俺は正面から突っ込んで帯を巻いた胴に飛び蹴りを食らわした。
あろうことか「着替えないでいい」と宗像が抜かした時は舐められたものだと落胆しかけたけれど、
「花火を見るなら浴衣でいいだろう」と当然のように続けたので、着替えろだなんて命令もできない。
真夜中の日本庭園で、淡く灯る石灯籠と花火の明るさを頼りに――俺達は取っ組み合ってバトルしていた。
銃火器や鋼の刀を振り回して戦い、たとえでなくばちばちと火花を散らす俺達の頭上高くではどんどん花火が上がる。
暗闇の合間には次の一手のために動き、花開いて辺りが明るくなる瞬間に接触へ持ち込み、攻防は絶え間なく続く。
“花火”は兼ねてからの研究の一環で、気圧や光量を調整するスクリーンの設定を科学者の小手先でいじくってみたのだ。
そんな俺の自慢を「へえ」というあいづちだけで受け流し、
いそいそと日本刀を取り出した宗像には勝てる気はしないが。いや。
「――今日は俺が勝っちゃダメだったか。ストレス解消なんだから、お前に花持たせねーと」
「高千穂というか高飛車じゃないか……、あ痛た」
蹴りがもろに入って柳眉が一瞬逆立つが、大きく飛び退いた宗像は刀をあきらめ、間髪入れずハンマーを繰り出す。
素手と凶器の乱打戦、俺も一切の遠慮なくキックやパンチをお見舞いしているはずが、宗像にはいまだ目立ったダメージが見えなかった。
その訳は、俺の打撃をいなすたびに派手に翻る(色気も何もあったもんじゃない)浴衣の裾から落ちる小ぶりな凶器が物語る。
ひびが入ったり歪んで折れているそれらは、攻めの矛であると同時に身を守る盾でもあるのだ……、
うまく浴衣の内に組んで仕込むことで、外からの衝撃を緩和するのだろう。
どんなことから人吉を守ることを想定して訓練したかは知らないが、
殴る蹴るの度に反動でこちらにまで痺れが伝わることがその証、っと、ぶっ飛んでくる手榴弾を払いのけながら。
池のほとりに追い詰められた背水の陣。手榴弾はその水底で爆ぜ、飛沫をまき散らしながら水柱をおっ立てた……
方をちらと見ると宗像も案の定つられやがる、お人よしが。
その隙に、俺は不意に体勢を低くして水面に飛び込む。これはゲームでもなんでもない、
虚をつかれた声を上げながらも、宗像はちゃんと――殺しに来る。
(“順番”通りだ。地下一階迷路フロアで、サンプルの一つとして生徒会の行動データを採ったのもそれなりに役立った。
壁だらけのエリアで立ち回る時の移動経路や、黒神の徒手空拳を、日本庭園と暗器でのそれに換算するのには骨が折れたけれど。
シミュレートした計算ずくの俺の動きについてきて、また攻守に暗器を使い捨ててきた彼には、
このような水陸の狭間で出せるリーチの長いブツはあとひとつだけ。)
「……雨も降ってないのに、濡れたら寒いだろうが――だから殺す!!」
浅い池に尻もちをつくや否や、狼牙棒が目前に迫る。
俺はいつか監視カメラで覗いたバトルに倣って、水中で脱いだ上着を針まみれのそれに巻きつけて引き絞り――力ずくで引っ張った。
ただでさえ池の淵に踏ん張って、落とさぬようにしっかりと狼牙棒の柄を掴んでいた宗像はひとたまりもない。
そうして強引に水中に引きずり込めば、跳ねあがる水飛沫の一滴一滴が花火の灯りを乱反射する。
やった。もう使える暗器も残ってない、これで俺の、
「勝ちだ。僕が、殺した」
「…………、」
いつの間にかこっぴどくやられて、刺激的な光景を見る。
宗像が腹に馬乗りになって、手刀を俺の胸にひたと当てていた……必殺技だ、そういえば。
彼の背景に輝く場違いな花火は後光じみていて、だらしなくゆるい笑みは仏様みたい。
びしょ濡れであられもない乱れた浴衣姿も、短時間に体を酷使したせいで荒い呼吸も、目の毒だ。
それは外れを引いたと言うより、まるでタガが外れたような。
「はー、はぁ、はあ、はっ……、……すっきりした…………」
やさしく下がる眉から上気した頬を伝って、藻の絡んだ冷ややかな水滴が落ちてくる。
俺は抗わず、俺を尻に敷く級友の下から退こうとしなかった。
ゆるやかに落ち着いていく息遣いの音と、波紋の響き、花火の爆音にしばらく耳を傾けていれば、
辺りをどす黒くさせていた殺気が夜明けにも似て引いていく。
やがてプログラムも時間切れ。天井に見慣れた“青空”が広がって――宗像が普通に戻っていた。
膨らんでぴちぴち跳ねる浴衣のあわせにおもむろに手刀を突っ込んで、小さな鯉を摘み上げて放したのには言葉もなかったが。
「シャワー、先に借りるよ。返り血はないけど水草まみれになっちゃったし。湯前さんに合鍵もらってて良かった」
「あ! おい、待て」
そっけなく俺の身体を跨ぎ、ざぶざぶ岸へと歩く宗像をとっさに追えない。
バトルにおそらく手加減は無かったと思う、だって彼の攻撃は俺には「絶対に当たらない」のだから。
好きなだけ殺意を向け放題、手当たり次第に当たり散らしてのストレス解消。
……しかしまあ改めて自覚して思うけれど、「絶対に当たらない」って外れクジとか貧乏クジじゃねーか?
(さしずめ、人並み外れた俺はハズレで、人当たりのいい人吉は宗像にとってアタリ、だとか)
火花を散らすだけで言葉をろくに交わさなかったことを今更惜しんで、俺は最後に聞いてみた。
「なあ……どうして俺のストレス解消につきあってくれた?」
「うん。だって、いかにも溜まってます、て顔に書いてあったから。」
「…………マジか。じゃ金輪際花火はナシだ、明るくて顔に書いたことが見えると困る」
「うん? それは僕が困る、美しい花火そっちのけできみをぶっ殺すのも、押し倒すのも、なかなか風流だと覚えたからね」
敷き詰めた玉砂利をざっざっと小気味よく鳴らし、フロアの入り口に消える彼を見送って――
取り残された俺も、不思議とすっきりした気分だった。
こうして池の水で顔を洗えたおかげで、書いてあった愚痴もさっぱり洗い流せただろう。
だってせっかくの祭りに級友を誘おうと奮い立ったのに、
『初めて出来た友達に誘われた』なんて先手を打たれ、嬉しそうに出かけられたら、そりゃストレスも溜まるというものだ。
「てな訳でたまには譲れ。許せ。初めて出来た友達とやら」
自分が初めてだと呼ばれないことはいまいち釈然としなかったが、出会った順番を先だ後だと言い張るのはもう会長戦挙で見飽きている。
俺は抜けるような青空を見上げて、好戦的に奪い合った、二人占めした花火の色彩をそこに思い描いていた。