花の戦の語り草

僕はこれから、戦場にいく。たった一人で戦うことに決めた僕ではあるが、
むろん激戦区に着の身着のままで飛び込むなんて無謀なマネはしない。
戦いには入念なる下準備と周到なる戦略が、そしてすべてを投げ打つ覚悟が求められるのだ。
参戦前にまず三点、押さえるべき点を復習しよう。

①戦争をするには、お金が重大。
従って僕は、背負えるだけの凶器とすぐに繰り出せるだけの暗器を前もって新調した。
日本刀・ハンマー・狼牙棒・拳銃・手榴弾・ロケット砲・槍、
前もって、丹念に掃除をしぴかぴかに磨き上げ、火力と威力を微調整しておいた。

ただしすべての軍資金を物品に替えてしまうのは早計である、
ある程度は臨機応変に費やせるよう、紙幣と硬貨も所持しておかねばならない。
いざという時はこれらの武装が、僕の懐を守ることになるだろう。

②戦法を練るには、テーマが肝心。
ずばり今日のテーマは“兵糧攻め”だ。食べ盛りな敵の舌は良く知り尽くしている。
胸やけを誘うほど甘いお菓子に、喉を渇かせるしょっぱい珍味。手作りのロシアンルーレットおにぎり
(塩こぶを詰めたものと別に、地下庭園産の激酸っぱい梅干しもいくつか混ぜた)。
とにかく頬張らせがっつかせ、お腹いっぱいにして動けなくさせるスパイも真っ青の大作戦なのだ。

もちろん、飲み物も抜かりない。最初に僕が思いついたのは500mlペットボトルだったが
(回し飲みが出来るのが素晴らし……省略、)、少し量が心もとない気もする。
ここはバズーカ型の水筒を持っていくか。狙撃スコープはなくともウケ狙い。

③戦地を走るには、衣装も重視。
勝敗を決しに行くにあたっては、当然、勝負服に身を包まねば話になるまい。
この日のために、高千穂に相談して意見をもらったりもした。
最近知って驚いたことだが、あいつは何気に最新ファッションや身に着けるものに敏感なのだ。
いわく「そりゃ『棘毛布』だからな!」。流行にも反射神経、作用するのかも?

……教官のようにそこまでエア解説を済ませ、僕は履いたばかりの軍靴のかかとをかつと三和土で打ち鳴らす。

三点の復習、三分もかからず終わってしまった。
あれこれ複雑に考えて心を落ち着かせようとしていたものの、つまりは早くもネタ切れだ。
弾切れだ。開戦は不可避、和解は未知数、もう家を出なければ遅刻してしまうだろう。

臨戦態勢。今日の僕は逃げも隠れもしない、ちゃんと戦える人間になっているか?
髪の毛は寝癖でハネてやしないか。着こなしはいいか。兵糧を詰めたリュック、忘れ物はないか。
指名手配みたいに怖がられる強面、してないか。

「……って、うけるー。よし、嫌われたらこの足で整形しに行こう。お金なら敵を懐柔出来るくらい持ってるぞ」

かなり人間性を疑われるセリフを吐きつつ、ドアノブを回す。
静電気の伝達に手を引っ込めることもなくなった春、降り注ぐ日の暖かさに身も心も開放される春、
最後にひとつ忘れてはならないのは、どんな晴れの日だとしても、下にジャージだけは着込むこと。
 
 
「あーっ、宗像先輩!ここですここ、俺!待ってました!」

……目を瞠ったのは、下に着込むどころか彼が上下ジャージだったことだけれど。
(一瞬、傍に停めてあるワンボックスの配達の運転手かと見違えた。)

品ぞろえはもちろん、宅配やアレンジメントなどサービスの手厚さが評判良さ花屋さんの前。
待ち合わせた場所で“敵”は、実に分かりやすい狼煙を炊いているようだった。
いやもうそりゃがんがんと、大小さまざまなバケツに生けた花達を背景に、花ざかる
―――街角の遠距離をものともせず、矢文も使わず大声を届けてくる。

こんな人ごみの中でも、敵将自ら居場所を知らせてくるなんてナメられたものだ。
堂々としすぎた人目をはばからない自己主張に、通行人は驚いて僕と彼とを注視する。
生まれる動揺を押し殺し、僕はあえてまだ気付かない振りをして深呼吸をせざるを得ない。

『花屋で待ち合わせ?それは心配だ、季節がら弾丸のごとく飛び交う花粉に戦局を翻弄されては敵わねーからな!』、

そんな親切な級友のアドバイス通り、マスクにサングラスにダウンジャケット※ジャージ込みで
ひっそりやってきた僕を、一体なんだと思っているのだろう?
少なくとも――敵だとは思ってないみたいだが。
先に来て待っていて、すぐに見つけるくらいには、僕を待ちわびてくれていて。

三度目に名前を呼ばれた時、わざと周囲を人探すふりして歩調を遅らせていた僕は、ようやく敵地の本陣にたどりつく。

「……や、お待たせ人吉くん。すまなかったね」
「いえ、時間ちょうどなんで。全然問題ねー」

ぱちと瞬かせた両目を、きゅっとにこやかに細める人吉くん。
おもちゃの兵隊みたいにお茶目な敬礼と、弾ませた声の冗談ひとつ、あいさつ代わり。
いまだ注目の引かない状況にも構わず、彼はごく自然に隣に並ぶ。
そしておもむろに襟の布地を引っ張り上げて、首筋を僕に見せつけた。

「つーか先輩、聞いて驚け!今日のラッキーアイテム、ジャージですって」
「へー良いこと聞いた。つまり勝負服ってことか」
「カッ、今日はリベンジですからね!? 前回はずいぶん叩きのめされたかんな、太鼓のバチで」
「ふふふ、今日も容赦はしないよ。心もレベルも鬼にして、泣くまでフルコンボにしてやろう」

腕組みしてカッコつければ、人吉くんが不意に僕の正面に回り込んでくる。
かかとを上げて背伸びして、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてきた。
あ、駄目だ、至近距離。スコープを隔てないむき出しの瞳。いぶかしげにぴくと上下する眉。眉間のしわ。
迎え撃てない、接近戦の予習はし損ねた……、
そうやって、敵の素性に探りでも入れるよう――人吉くんは目を閉じ、空気を嗅いだ。

「すんすん……それにしても色々美味しそうな匂いがしますが、宗像先輩。おやつは三百円までですよ」
「えっ、う、嘘だ。そんなの聞いてないぞ」
「ええウソです。つかおやつ食べきれねえかも、俺もアホほど持ってきましたから」
「……、」

言葉に詰まる。情報戦はすでに優位を譲ってしまった。固まる僕の目の前で、
人吉くんは大きく膨らんだリュックを勢いよく背負い直し、くるりと身を翻しながら告げる。

「楽しみましょうね、今日!俺ゆうべ大して寝れてないんで、お手柔らかに頼みます」

……どんなこともあろうかと、兵糧も勝負服も軍資金もそろえたけれど。
寝不足の敵に一番有効そうな、枕はさすがに持ってなかった。
サングラスにマスクに、彼から目を見えにくくしたり声を聴きにくくさせる迷彩にばかり気を取られ。

(ま、いざとなれば、膝があるからいいか。)

仮面を剥いで、素顔になって。
先んじられた焦りやら嬉しさのあまりに笑いの止まない膝に手をつき、僕は、
顔だけまっすぐ上げて『お手柔らかに』と頼み返した。

(うわ、宗像先輩目の下のくますごいですよ!眠れなかったんすか)
(いや違う。これは違う。野外で野球でもするかもしれないから、日除けに塗ってきただけだ)