男子と言うモノはどうしてこうも、己の身体が傷つくことに無頓着なのだろう?
ただの事故にあった人、あるいはただならぬ事情があった人、いずれの患者も飽きるほど診てきたけれど
――安心院さんいわく殺人犯(無実。らしい)とその被害者(無事。だった)、
そして普通の男子を一日の内に立て続けに治してしまった今、私は呆れずにはいられない。
ひと気のほとんどない日曜日の学園の、静まり返った保健室。負った怪我を見るからに、
いかにも後先を考えずに戦ったのが分かる。血にまみれ、くたびれた制服の上着を脱いでおとなしく椅子に腰かけ、
りんと伸ばした背筋を無防備にこちらに向ける――宗像形はそんな、私の一番嫌いなタイプの人間のようだ。
「……」
がりっ、と強く傷跡を引っ掻くと、跡形もなくそれは肌の色にまぎれる。
治療中、どこを念入りに治して欲しいとの要求もせず、彼は無言を貫いたままだ。
ヒトヨシゼンキチを運んでから大して間を置かず、ふらつく足取りで保健室に再び現れた時には、
不本意にも驚かされたものの(一瞬でここまで移動してきたように、足音が聞こえなかったからだ)
――治療をお願いしたい、と手短に言ってまず頭を下げた彼は、
作業にとりかかれば何のことはない、ただのおとなしい怪我人である。
――などと私がのん気に思っていられたのは、十一番目の傷を治すまでだった。
(これは……こんな感じは、今日の昼下がりにもあった……?)
自ら爪に突っ込んできた、あのおぞましい過負荷を思い出しかけて、あわてて思考から追い払う。
「あれ」と違って「これ」には今や何のアブノーマルも感じられない、
強いて異常な点と言えば、硝煙の残り香をまとわせた程度の、ただの三年生なのに。
『どうしてこうも、無頓着に、己の身体を傷つかせているのだろう?』
……おかしい。もちろんこの学園で、尋常ならぬ戦いがすでに始まっていることは、安心院さんの言いつけでよく知っているが。
この場合、もっとも深い傷が顔面、それも額にあると言うことが相当おかしいのである。
身に危険が及ぶと判断した人間は、ふつう、頭部を優先してかばうように出来ている。
脳や心臓が詰まっている頭と胸部以外の部位なら、そこそこ丈夫に作られており、多少は損なわれても回復が効くからだ。
しかし――この男には、それがない。制服を脱がせて、身体をくまなく見てはじめて分かる。
こんなに血を流す戦い方をしている割には、上腕や背中に受けたダメージが少なすぎる。
頬にも腹にも傷は残るが、『防御しなかった』ことは一目瞭然だ。ましてや正面切って目を狙う攻撃にさえ怯まず、
平気でまぶたの真上に傷をこさえたりして。どうして―――逃げない?なぜ、身の安全を第一に考えない?
「……宗像せんぱい。でしたっけ」
手を休めずに傷を引っ掻いて、癒しながら名前を呼ぶ。
ちなみに私は、こんな風に健康な身体を粗末にする奴が大嫌いだ。そんな奴は死んじゃえばいいとすら思う。
矛盾? 矛盾なんてしていませんよ、べつに。病や傷なんて、こんな風にスキルで簡単に操作できるものなのだから。
もしも悪平等(わたし)ではない悪役が出て来たとして、
そいつに操られる前に、自分の健康くらい自分で守れ、という意味で。
「安心院さんに聞きましたよ、せんぱい――あなた、ヒトヨシゼンキチとか言う無力な友人のために戦うんですって?
その人のためには人も殺せるし、まさか死んでいいとでも、本気で思っているのですか?」
嫌いなので挑発してみた。回復させる手を止めずに。
せんぱいの、後ろ頭で不器用に縛った一房の髪がぴくりと揺れる。
汚れた手で括りなおしたのか、髪にはべっとりと赤い血が凝り固まっていた。
(……そう言えば、高貴くんもこんな風にしていたかな。なにか大事な覚悟を決めた時には、髪をぎゅっと結んで。)
重なる面影に――声は震えるけれど、止まらないし、止められない。こんなにも覚悟が目に見えて分かりやすい、
ろくでもない怪我を見ると腹が立つ。健康な身体を粗末にする奴が大嫌いだ。死ねばいいと思うくらい。
どうして誰もかれも安穏と生きないのだ。私は私の使命に従って、無力は無力らしく、
無事に生きさせてあげたいだけなのだ。過去に一人だけ死人を出してしまったこの学園の史上二人目なんて、
誰かの死に目なんて、私は見たくない、診たくない、看取りたくない!
「手数をかけて悪かった、赤さん。
ところであとひとつ、きみに言っておかなくちゃいけないことがあるんだけど」
――仕事の手は止めなかったから。もうすっかり健康になり果ててしまった身体で、宗像せんぱいは
立ち上がり、制服に袖を通し始めていた。まるで射抜かれるように澄んだ目に見つめられ、出会ってから、
ここまでまともに目をあわせなかったことに今更に気がつく。静かな問いに、私の使命はとっくに終わって
いたことを知った。治療した後の、打ちひしがれるような不可思議なこの感覚には、未だに慣れない。
だってこの人はまた、私のせいで、怪我をしてもいい身体になってしまった。
「……なんですか、宗像せんぱい? 私達が次に会うのは、あなたが死ぬ時かもしれないですから、
いつか分かりませんから、今の内に言っておいてください」
「ああ。そうだね――
人吉くんの怪我を治してくれてありがとう。これからもあの子の面倒を見てくれるよう、よろしく頼みたい」
……それはまさに、面倒な。
こんなにもいらだつのは、面倒なせいだ。ここで第一印象に訂正が必要になるとは思わなかった。
この人が友達のために殺せる人なんかではなくて、友達のために、他人にお礼を言って頭を下げられる人だからだ。
どうしよう。どうにもならない。
能力所有者の私が居るので、瀕死を気にせず戦っちゃって下さい、なんて、嘘はつけない。
「……宗像せんぱい。もしももう一度でも、こんな自分を省みないふざけた怪我をしたら、ぶっ殺しますから」
「断る。いやだ。そうならないように、頑張るよ」
つけない赤い嘘にすり代えて、せいいっぱいの悪態をつく。
仏頂面でにこりともしない彼だったけれど、病人から「頑張る」という言葉を引きだせた、
たったそれけでどうしようもなく、私は救われた気分にさせられてしまった。