思えば物心ついた頃から、あいつとはいつも同じ土俵の上で張り合っていた。
幼稚園では同じ女の子を好きになり、おゆうぎ会の舞台上では勇者の役を取り合った。
算数のテストや身体測定では値の大きさに一喜一憂し、給食の時間には余ったおかず一つをめぐって腕相撲もした
(当時のオチとして、結局揺らした机からおかずを落としてしまったという)。
あげく、その長きにわたる戦いの決着をつけようと意気込んだ小学校最後のマラソン大会では、
競り合いのさなかで偶然見つけた迷子の面倒を見たために、二人して同着最下位という不名誉にあずかることとなった。
奇しくも引き分けたオレたちは、「中学生」という延長戦へともつれこむ。どちらの制服が似合っているか、
どちらの自転車通学が速かったか――そんなくだらない言い争いの合間に臨んだ入学式で、
今まで縁もゆかりもなかった、吹奏楽部の演奏を聴くまでは。
「かー、式、退屈すぎ! ほぼ寝てたけど、途中クラシック?とかあったんだ?」
「……ああ。吹奏楽部の部活勧誘も兼ねてるとか、よく知らないけど」
式も終わって体育館から教室に移動する途中、知り合ったばかりのクラスメイトに話しかけられた。
大あくびをこぼしながらのそれに、買い換えたばかりのメガネを押し上げつつ言葉を濁す。
今まで散々クソ真面目で融通のきかない性格だとは言われてきたが、
だからこそ新入学をきっかけに、もっとおおらかになるべきだと決意したのに。
「へー。体育館だし、どーせなら棒立ちのバンドよりダンクシュートでもやれよって感じだけど」
「はあ、なぁ……、そうだ、お前は、運動部に入るのか?」
「当然! 兄貴から聞いたんだ、ここ、バスケ強えーって」
「すごいな、」
「まーな。じゃあ、そっちはどうすんの? なんか将棋とか強そうな顔だけども」
(冗談を振られたから、笑うんだ。無愛想なツラだとも、散々言われて分かっているし。)
廊下を曲がると、おろしたばかりの上履きがワックスをかけて間もない床面に擦れて耳障りな音を立てた。
どこかもやもやした気持ちを抱えたまま、何かを持ち上げようとした手は宙ぶらりんに。
息を吸って、本音を吐かない。大丈夫だ……、さっき見たようにやればいいだけだ。
口に溜めた息を出す間に、鼻から息を吸ってみろ――あの、心に響いた演奏をお手本に。
今でもありありと思い出せる、スポットライトの下で輝いた、いつか取り合った勇者役みたいにカッコいい演奏者を。
(……全然ちっともよく知らないけど。黒く光る剣みたいな、あれ。)
「……何て言う、楽器なんだろう……?」
「…………は? え? もしかしてお前、吹奏が」
「うわあ、テメェもか! 前々から思ってたけどいちいち真似すんな!」聞き間違えるはずもない声が、会話の最中に割り込んだ。
同時に背後からがばっと肩を組まれて、舌を噛みそうになる。
閉口しながら隣を見やると――同じ小学校で散々張り合ってきた、幼馴染がそこにいた。
式の前に発表されたクラス分けでは『別々になっていてせいせいした』と突っかかりあったくらいなのに、
もうすっかり忘れた風で、奴は聞かれてもいないことをべらべらと語り始めた。
吹奏楽部が新入生歓迎にと演奏した、耳になじんだCMソングやテレビ番組のテーマ曲について。
そのスゴさゆえに、寝ていたクラスメイトがどんなに損をしたかという力説。
また彼がバスケの試合に出場する時は、吹奏楽部員として応援に駆けつける無謀な約束も。
「多分こいつとオレが激励に吹きに行くからよー、コートで待ってな! そいじゃ三年間よろしく!」
拡声器も使わないのに、最後は轟くような宣言。
まだ入部もしないうちから約束される未来がこそばゆく、くの字のようなくしゃみがこぼれる。
――あれから、何度か春がきて。
三年間ののちに高校を受験し、合格し、入部という環境の変化を通過してきたオレたちにも、
変わらず続けているものがあった。
知らなかった楽器の名前はもう覚えた。
指差しあうのは疲れてしまって、指揮される方へ並び立つ。
今日もこんなにも腕が鳴る、自分の実力が、お前の音が、底知れないと知っているから。
ばちと打ち合う手のひらで〆る、打ち合わせ無しの大一番。
相手から拍手がもらえないからって、こんなタッチでグッドエンディングに代える――
あの入学式で送った拍手よりもずっと熱く感じる体温の交差に、強張っていたオレの頬も
自然と緩んでしまっていた。