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戯言少年まんが★マニア/違法少年まじめ★マーダー/ナカスマイなす
戯言少年まんが★マニア
「突然だけれど球磨川くん、きみにお願いがある。
次世代育成プログラム候補生と喜界島さんの目の前で、ひとつ、僕に殺されてくれないか?」
たとえば今日が日曜日じゃなく、普通の登校日だったとしても、ここを訪れる生徒は誰もいないはずなのだが。
めだかちゃんと善吉ちゃんが1ラウンド戦りあったあとのこと、僕が二年十三組で調べものを始めて間もなく、音もなく彼は教室に現れた。
まるで瞬間移動でもしてきたようだったけれど、扉はちゃんと開いたので、普通にここまで走ってきたのだろう。
懐かしい顔は、宗像くんだった。夏休みに入る前以来だ。うわー久しぶりー、なんて僕は食べかけのお菓子を咀嚼し、
甘辛い指を口に含みつつ、机に散らばった食べかすを払い落し、資料を積んで、来客の分のスペースを広げる。
その間にもつかつかと歩み寄ってきた宗像くんは、しかし、開口一番そう言った。
表情が読めないのは、これまで見たことないほど潔く、
頭を下げられたせいで――せいで。武士の名乗りみたいだ。ぼくにころされてくれないか、とかって。
「『とりあえず、そこ、座ったら。タッチ話もなんだし』」
「べつに野球漫画の話をしにきたわけではないんだけど……」
「『え、そうなの? じゃあ何漫画の話をしにきたのさ』」
「最初に断っておくけど、ネガ倉くんの話じゃないことは確かだ」
立ち話もそこそこに、おとなしく椅子にかける宗像くん(細身なのにみしりと椅子が軋むのがシュールだ)。
もしかして同じ漫画雑誌の愛読者なのか。だったら仲良くしようかしら。声がかすれているし、
ここは親切に飲みかけのオレンジジュースでも一杯振る舞うべきか。いや。その前に。
「『僕こそ最初に断っておくけどさ……、庶務戦で善吉ちゃんを弄んだことを怒ってるなら、やだよ。
殺されたくなんかないもん。それに純粋なお願いだとしても、僕は弱者の味方しかしないと決めてるし』」
「いや、怒ってはいるけど、それとこれとは別だ。
しかし世界最弱を名乗るきみに、怪我をしているところを不意をつかれて螺子伏せられた僕は、きみよりもさらに弱者だ。
だからきみが僕の味方をして、お願いを聞くのは大自然なことで」
「『スケールでけーよ』」
「しまった噛んだ。自然なことだ。僕は花が好きだから、つい」
うまいこと言いくるめられた。分かっていたけど僕の言葉は、やっぱり、この学園では何の意味ももたないらしい。
それから、この教室に訪れた時と同じように急ぎ足で、宗像くんはあっさりと語ってくれた。
地下研究施設の視察中、宗像くんは善吉ちゃんと、晴れて結ばれてお友達になった。
これでいっそう殺人衝動には歯止めがかかるかと、もろ手を挙げて喜んでいたら、
不思議と仲良くなればなるほど、善吉ちゃんへの殺意はつのる一方。
これは過ちを犯してしまう前に、絶交、絶縁してしまわなければ――それも善吉ちゃんに、この上ないほどそっぽ向かれて嫌われてからっ!
とまあ。さっきまでスナック菓子をぱくついていたせいで、油で舌の滑りがいい。
口調は盛ったが、大体こんな感じだった。宗像くんはもう頭を下げはせず、真っ直ぐにこちらを見据えて、頼んできやがる。
「――つまり人吉くんを騙すために、ひと芝居打つのに協力してほしいんだよ。
候補生達と喜界島さんの目の前で、きみは僕に殺される。異常性は失われたことになり、無力化された僕には
前科がつく。五人の証言は貴重だし、喜界島さんは人吉くんに僕のことを警告するよ、仲間として。
――そうすればあの子も信用してくれるだろう」
「『……へー、理には適ってるかな、一応? でもそういうことならー、
回りくどくせずに、善吉ちゃんの目の前でやっちゃえば手っ取り早いんじゃない?』」
「それは駄目だ。あの子の“欲視力”の前にハッタリは通じない」
「『うわ、―――もしかしてきみ、忘れてる?僕、その作戦だと死んじゃうよ?』」
「とぼけるな。既に死をなかったことにしたきみは、死なないのではなく“死ねない”と安心院さんに聞いたぜ。
それに競泳部のエースを張る女子が、心マや人工呼吸さえ知らないと見くびるのかい」
そこで宗像くんは、こほんとひとつ咳ばらいをする。一対一で長く喋ることには慣れていないのか、
それともしばらく人が立ち入ってなかったこの教室がほこりっぽいのかは、知らないが……
僕にもいるんだなあ、敵に回したくない奴ってのは!なるほど、いわゆる肉食女子に命懸けで胸を揉まれたり、
涙ながらに唇を奪われるのも悪くない。そして、だからこそ“目の良い”善吉ちゃんじゃなく
“眼鏡をかけた”喜界島さんがターゲットなのだ――候補生たちも同様に、眼帯、眼鏡、邪気眼、ゴーグルぞろいときた。
心がない希望が丘ちゃんには「自分が不利になる嘘をあえてつく作戦」なんて見抜けまい。
ならば果たして、僕のこの目には見えるか?
窓の外は暮れなずみ、一面の赤に沈んでいくこの場所で、彼が何を考えているのか。
同じように赤く染め上げた地下で螺子伏せたあの日、彼はこんなにも、清々しい空気をまとっていたか。
あっという間の夏休みと一ヶ月ほどの、わずかな時間だけれど。
それだけで宗像くんの十八年間を、変えた人間がいるということ。
「『……いいんじゃないかな、感動的で。“ボクは後悔してる。善吉ちゃんと出会わなければ、
ボクはこんな苦しみを背負わずにすんだ―――いっそ出会わなければ良かった。
だから全部なかったことにして、白紙に戻して救われよう”。だよね?
わかったわかった、きみのドッキリに付き合おう、暇潰しに』」
「は? 違うよ?」
かぁ――――と。冷えこむ外では、絶妙なタイミングでカラスが群れを
なし、夕焼け空を横切っていった。うわ、宗像くん、すごくあきれてる。まさか殺されない、よな?
「球磨川くん、きみって意外と大したことないね……漫画の趣味だけはいいのに……」
気だるげに立ち上がった彼に、上から目線で憐れまれた。マジであきれられてるっぽい。こんにゃろう。
でも同じ愛読者なんだと知って、ひゃっほう。だけども抜刀することもなく、宗像くんはおもむろに
散らかった机を片づけ始める……綺麗好きだったりするのかな、意外と、以外と。
空いたお菓子の袋をひとつにまとめてゴミ箱に放り、
どこからか取り出した布巾で机をぴかぴかに磨き上げ、テーブルクロスを敷き、適当に積んだだけの書類を
並べ直しながら――視線だけは時計塔の方角をぼんやりと眺めて、ひとりごとじみた返事をする。
「後悔はない。あっという間だったけれど、人吉くんの友達になれて、僕は幸せだった。
生まれた意味と言うのなら、あの日たまたま学園に在籍していて、
水遣りの時間に出会うために、僕はこの異常性をさずかったんだろうね。」
がちゃん、
ガラスの砕ける儚い音は、急ごしらえのお遊戯会の幕開けにはお似合いだ。そこには病み上がりの鬼が居た。
第三勢力への喜界島さんの勧誘が成立するのと同時に、開戦を告げる信号を発する。乱入した彼が、
遠慮なしに僕を殺す。僕も遠慮なしに螺子殺す、殺されない技術とやらを、信用して。
僕も庶務戦ではそうしたから分かるけれど、心ならずも悪役を演じるのはつらいよね(多分)。
痛くしないで、やさしくしてね。
(……己が不幸を受け入れる言葉を、聞き逃すことは出来なかった。過負荷でこそなかったけれど、
弱者でこそなかったけれど、僕にお願いした宗像くんはどうしようもなく、弱っていたし。)
とは言え、彼に手を貸す気になった一番の理由は――『漫画の趣味に同意してくれたから』、
あくまでそんなところであって。案外意気投合して仲良くなったとか、そんなんじゃないんだからね!
(『ちなみに僕、第三勢力作っても、いいの?』)
(「よくないよ。
でも、僕が殺した程度じゃきみは意志を曲げないし、第三者に邪魔された程度で人吉くんも意志を曲げたりしない。好きにしたら」)
ふむ、なるほど。分かってらっしゃる。そういうところが綺麗好きだ、僕にそっくりに。
そんなこんなで、善吉ちゃんの友達のお赦しも得たので。僕は心おきなく、女子を守って幸せになった。
違法少年まじめ★マーダー
『ああ、きみになら、殺されたっていいとも。
結局のところ僕は、漫画に出てくる戦闘狂のように、ずっと死に場所を探していたのかもしれないね。』」
「僕に殺されてくれないか」。
そんなろくでもない、ダメもと極まりない頼みごとを打ち明けた時、貼り付けたような笑みを見せて、球磨川くんはそう言った。
受け取ったはいいものの、まったく手応えのない返答だった。歯応えのない言葉だった。
それはまるで嘘のようだったけれど(まあ後半は実際嘘なのだろう)、
しかし、殺されることを甘受する姿勢が偽りではないことだけは、なんとなく僕にも伝わってきた。
もちろん、案外意気投合して仲良くなった、なんてことは断じてない。
人吉くんとの友情に誓ってそんなふしだらな関係性はないと断言しよう。ただ、時々、敵対している最中でも
奇跡的に気持ちが一致することがあるのだ……、たとえば、同じ好きな漫画に目を通していたなら。
こんな与太話をしに来た訳じゃなかったんだけど、ネガ倉くん、面白いよな。名台詞もたくさんあるし。
特にあの、連載第一回めの第一声「嫌だよ自殺なんて、超怖いじゃん。」って台詞が好きなんだ。
樹海でレジャーシートを広げて、練炭で焼き鳥しながらツイートする、あの言葉が。
「『うんうん、わかるわかる!だから僕は、超怖くないよう、きみに殺してもらうんだよ。
自分一人じゃどうにも死ねないからさ。どうしたって生き返ってしまう。まったくお手上げだね』」
大げさに頷きながら、右手はうちわを大きく振りかざし、左手でてきぱきと串を裏返す球磨川くん。
風が起こり、七輪の炭がいっそう赤く燃え上がる。
灰色の煙が流れて、香ばしい匂いにふわふわと鼻腔をくすぐられ、つられてくるるとお腹が鳴った。
焼き鳥だった。僕が持っていた七輪で練炭を焚いていた。
場所は変わらず、めったと使われていない二年十三組の教室にて。机と椅子をどけて作った二人分のスペース、
そこで対面して床に直にあぐらをかけばもう、さながら十年来の友人と囲う食卓だ。
ちなみにこの奇想天外な状況、球磨川くんが最後の晩餐をしたいと言うので、付き合わされているまでである
(さっきまで食べていたお菓子はノーカンらしい。別腹、と薄い腹をなでて言ってのけた)。
「『しかしきみ、暗器以外もこんなにいろいろ備えているとは。焼き鳥、もといバーベキューセット?“こんなこともあろうかと”ってやつ?』」
「そんなところだ。初めては是非人吉くんとしたかったんだが、プラス思考だ、本番前の予行演習にきみで一発済ませておこう」
「『なんだそれ。ふしだらな関係みたいじゃん、僕ら』」
あはは。おかしいね。今から死のうとする人間が言い残す言葉だとは、とても思えないよ。だから殺す。
冗談めかして軽々しく声を掛けあう間も、殺意は絶えない。
あふれんばかりの殺気がたたって、あえて換気をしないことだって勝手に思い浮かぶものの――
それだと道連れなので、あらかじめ全ての窓を全開にしておいた。もちろん。超怖いからに決まっている。
あとは天井の火災報知機に突き刺さった螺子が、
かつての負け戦のように抜け落ちて来ないことを心配し、僕はほどよく焦げ目のついた串を口へ運んだ。
手羽先。
かりっとにゅくっと噛みちぎる、歯応えがなかなか。脂のしたたる肉片を猫舌で転がして。バラバラに
噛みしめたそれを乾いた喉に通せば、息苦しいやらおいしいやらで、胸の肉がドキドキしている。
「『あとあと、もいっこ教えてよ! 僕の漫画の趣味とかさ、どこ情報なのー?』」
「視覚情報。学ランの腰ポケットに入れてたね。転校初日に漫画を持ち歩くなんて、不真面目だなーって第一印象。」
出会って早々、パンチラならぬ漫チラである。
男子の漫画がちらりと露出したところで全然嬉しくもなんともない。いや、前者でもそこまで喜ばないが。
二本目。一応、食べるのが遅い球磨川くんが一本目を片づけるのを待ってから、新たな串に手を出す。
砂肝。これはたれではなく塩で味付けしてみた。おいしい。どうでもいいけど、彼のはレバー。
「人吉くんの砂肝ってどんな味がするんだろう」
「『善吉ちゃんに砂肝は無いと思うんだけど……あ、それとも、善吉ちゃんがチキンだけにって皮肉?』」
「別に、想像してみただけ。それより僕の友達を悪く言うな、殺すぞ」
「『ふうん。でも、もうじき友達じゃなくなるんでしょう?』」
「――………」
黙った。黙殺させられた。いやいや。親切に球磨川くんを待ってたせいで、あくまで砂肝を焼きすぎたせい。
ちょっと焦げて固いから噛むのにも暇がかかって、口が塞がってるだけであって。
最後の晩餐。焦げた風味の、苦汁をなめつつ。
「……人吉くん、怒るかな。」
いつかこの手を引いて導いてくれた道を逸れて、外道に踏み外したりしたら。
でも、誤って殺めてしまうくらいなら、あらかじめ突き放される方がよっぽどましで。言い訳。
(大好きだけど絶交して。大好きだから絶縁する。)
本気で遊ぶ本番なんて一生来ないけど、予行演習くらいは大目に見て。
きみに内緒で球磨川くんと遊んだこと、心からごめん、許してくれ。
「『如何せんハイリスク・ローリターンは否めないけどね。上手くいけば僕は死に、
きみは善吉ちゃんと縁を切れる。下手をすれば僕は生き残り、きみは汚名を被る羽目になる。』
『どっちにしたって、すっげー怒るだろうな。嫌われるし、気持ち悪がられる。最悪ぶっ蹴られるかも』」
「そうなったら万々歳。少なくとも、完全には無理でも、僕から離れたあの子は安全に生きてける。」
串を置いて、僕は制服内に持っていたミネラルウォーターのボトルを取り出す。
さっき鉢合わせて少し話した時に、何故か不知火さんに「あげる。」と貰ったものだった。えらく低い位置からぽいっと
投げる放物線には、ぶっきらぼうに水遣りを受ける花の心地を垣間見た、気分を味わった、ような。
生温い水を飲む間、球磨川くんは僕を待たず、残り三本の串をぺろりとたいらげる。
そうして、飲みかけのオレンジジュースもごくごくと飲み干してしまった。気持ちいい食べっぷりだ。
口の周りを赤茶色のたれと甘い滴で汚して、血を吐いたようにも見えるそれに、思わず吹き出しそうになる
――なるだけ。笑ってはいけない。笑っていい人じゃない。
ずっと叶えたかった、ずっと悪い夢であってほしかった、僕の夢を叶えてくれる恩人(多分)。
「『正直、僕はここらで退場してもいい。そこそこ幸せにもなったしね。』
『とことん死ねない身体がネックだったけど、殺しを心得たきみなら、僕を殺せる可能性がある。
幼稚な欲望と直結した、志とは無縁の―――そうだ、人工呼吸で好きな子にキスしてもらうため、
僕は殺されるとしよう』『覚悟はあるかい?僕ときみと善吉ちゃんのために、僕を殺す心づもりは』」
「あれ、勘違いしないでくれよ。別に誰かのためなんかじゃない。僕は、漫画の影響で、きみを殺すんだ」
“嫌だよ自殺なんて、超怖いじゃん。”
僕は、死にたいなら自殺しろだなんて言いたくない。怖いから、その怖さを分かる人に、
怖い行為を押しつけたくない。だから僕が、そんなことは肩代わりしてあげる。
同じ漫画を好きだから、好きだから、だから、だから殺す。
ややあって、制服の袖でごしごしと口許を拭い、球磨川くんは目をあわせたまま軽く頷いた。
真っ黒い袖口はそんな汚れをちっとも目立たせず、
一緒に焼き鳥を食べたことなんか、なかったことのように感じてしまう。
そうして彼は、頬っぺたを無理矢理引っ張ることもなく、大自然に、あふれるようにほほ笑むのだ。
「『……なるほど、承知しました。そうと決まれば善は急げだ、ねえ、これぞ僕の考えた最強の脚本なんだけどさあ―――』」
熱を失くしかけた七輪にも似た風前の灯の命で、屈託なく笑える彼をうらやましいと素直に思う。
そんな命を断とうとする自分は、どんな情状を酌量したって、いくら自殺の幇助だと言い張ったって、
やっぱりくだらない、人として最悪の手段で法に違う無法者なのだろうと、臆病にも悟ってしまった。
ナカスマイなす
涙は女の子の武器になるという云われについて、ずっと話半分に聞いていた僕だけれど
(『女の子は女の子であるだけで既に触れがたいナイフのような凶器なのに、今更何言ってんだと』)、
その時ばかりは、僕は心からその言い回しを認めざるを得なかった。
女の子は凶器だが、なるほど涙はそれをさらに強化するものだ。
証人は、絞りかすの声をなおも張り上げ絶叫し、号泣する喜界島さん。
そして同時に僕は、またひとつ狡賢くなる。涙は決して、男の子の武器にならない。
証人は、僕の特攻をすんでのところで逃げかわし、にこりともせず唇を引き結んでいる宗像くん。
喜界島さんをかばって弾丸の前に踊り出た時、僕はそれに気がついた――彼は今にも泣きそうな目をしていた。
武器だなんてとんでもない。とてもじゃないが武力にならない、
宗像くんの欠点を目の当たりにして、ひどく参ってしまう。マイナスだけに。欠点。殺して欲しいと
頼んだ時に、マイナスのように迷わずぶっ殺してくれない所。声を殺して喜ばず、死ぬほど迷っている所。
「殺すのは嫌だ」って、計画を持ちかけた時に正直に言えばいいのに、変に思い詰めるから。
……はぁ、こんなことなら、もっと牛乳でも飲んで、背を伸ばしておくべきだった。
身体を張って盾となったまではいいものの、僕程度の身長では、彼の欠点をカバーしきれないかもしれない。
背後に回らせた喜界島さんから見て、絶対に、今の宗像くんの表情がうかがえないようにしなくちゃ。
ばれてはいけない。泣かれてはいけない。上手く立ち回れ下手打つな、幕引きまでにはまだ少しある。
『きみが泣かなかったことにした。』
いち、にの、さんを待たずに撃ち込んだ螺子は、狙った彼のこめかみ近くを掠める。
傷ついた箇所から流れた一筋の血は、まぶたを伝って頬に落ちた、目論見通りに。
やった、勝った、泣かしてやった。それはどこか、人前でみっともなく泣きべそをかいている風に見えた。
まさか本当に涙しているとは誰にも見抜けまい、見事で見とれる大自然なメーキャップ。
泣き顔を隠すために紳士的にハンカチを差し出すなんて、そんなくっさい真似は恥ずかしくて出来ないので。
代わりに僕は生傷の厚化粧で塗り潰す、消して泣かなかったことにする。肌荒れにはお気をつけて。
「生まれて初めて人を殺した。けれど意外とつまらないぞ、殺人……」
……最後らへんはもう消え入りそうな、まるで腹から出てない嘘臭い棒読み。この大根役者。
へったくそ、さっさと舞台裏に引っ込め。悪くないけど悪態をついて、『が・ふ・は』と吐く声は言葉にならない。
な、く、な。泣くな。泣くな。過負荷なら。
言い遺そうとして。苦しくても悲しくても殺したくないのに殺すときも、
いつだって過負荷は笑うものだ、こんな時こそ矜持にかけて、思い知らせてみたかった。