ぐりとうる。

むかしむかしのこどものはなし。仮面をかぶった、ふしぎなこどものものがたり。

むかしむかしあるところ、谷にかこまれた山おくに“うぇこむんど”と呼ばれている村がありました。
じみでめだたない、小さな村です。その場しょを地図で旅人におしえるとしたら、
まず虫めがねをもってこい!ということわざがあるほど、小さくてせまい所です。
そこには、十人の子どもと村長がくらしていました。

グリムジョーは、十一人の住人の内の子どもでした。空色をした大きな目をすがめ、
けものがきばをむいた形の仮面のかけらをつけて、いつでも誰にも不機嫌そうなかおをしています。
村ゆいいつのようちえんでもそれは変わりません。
なかでも、そのとげとげしい反応は、とくに、同じ組のウルキオラにたいしてはっきりとあらわれます。

ウルキオラも、十一人の住人の内の子どもでした。ふかみどりの瞳はめったにうごかず、
けものがつのをふりかざしたような仮面をかぶって、いつでも誰とも会話というものをしません。
朝のあいさつでさえ、村長の園長先生にだけでした。

グリムジョーはウルキオラがきらいです。きらいだけれど、何度も近よって悪口を言いました。
しかし彼が何か言い返すことは決してありません。黙って見つめてきて、黙ってしせんをそらします。
ウルキオラが何を考えているか分からないのが、グリムジョーにはとてもくやしいことでした。
 
 
「塵が」

ある日ウルキオラは、グリムジョーをじっと見つめ、はじめて言い返しました。
砂あそびのあと、手洗い場で水をかけられたせいで、色のしろいほっぺたは涙のようにぬれています。
けれどもグリムジョーは、待ちのぞんだその返事をよろこぶよりも前に、かっとなってしまいました。
彼はまだおとなではなかったのです。

あたまを小突かれて、ほそい身体はよろめきました。だから、ひ弱だなあ・と笑ってやりました。
かたむいたしせいを立てなおすまで待ったのは、今度こそ意味のわかる返事をききたかったから。
ひさしぶりにきく声は糸でんわの糸にも似ていて、何かを伝えようとしながら細々としたものでした。

「……ごみが……塵が……貴様の髪に、ついている」

風がふき渡って、まっ黒い髪がゆれます。手でふれられて、砂のつぶが目のよこを落ちます。

「見ろ、よごれた手で頭を触るから……砂場から帰ったら手はきちんと洗うようにしろ。」

どこかあわただしく急ぎ足で遠ざかっていく背中を、グリムジョーはもう、追いかけることも出来ません。
やっとはじめて彼の考えていることが分かったのに、腹に孔でもあいたかのように寒々しく苦しいのです。
けがをしてもいないのに『いたい』と思うのは、子どもにとってはじめてのことでした。
 
 
グリムジョーは、園長先生がにがてでした。園長先生は、グリムジョーを気に入っていました。
というか、村長の園長先生はみんなを好きでした。でも、いま教室にいるのはふたりだけなのです。

「謝罪の手紙を書けばいいんじゃないのかい?」

紅茶のかおりにあふれたそこで、きりんのソファにもたれかかって、藍染園長はゆうがにほほ笑みます。
何もしゃべっていないのに、何もかもお見通しです。

「手紙は素晴らしいよ。自分の筆跡が残るからね、ミステリでもアリバイ工作にうってつけさ。
例えば誰かを疑わせる内容を記して、それを側近宛てに……」

やけに経験談じみた『例えば』の話がつづきます。
が、手紙ときき、ドアを蹴やぶって部屋を飛びだすグリムジョーには、もうどうでもいいことでした。
 
 
グリムジョーは、ひらがなもにがてです。ぶっちゃけ五十も音があるのがうっとうしいのです。
たったみっつがあれば、今の彼にはこと足りました。
おえかきのための画用紙をにらみつけて一時間。
『ごめん』とたった三文字かくのに一時間。字をまちがえてかきなおすのに一時間。
そうして手間をかけて手紙が出来あがるころには、おひさまは山の向こうがわへ帰りかけていました。

しんとしたくつ箱のかげに身をひそめて、グリムジョーはウルキオラがくるのをただ待ちます。
四番、とかかれた箱のなかに、手紙はありました。やがてぺたぺたと近づいてくる足音に、
大きな身体をよりいっそう丸めてかくれます。色のしろいほっぺたは今は夕日にぬれていました。

「…………?」

彼が立ち止まって見つめる先にあるのは、かいた本人と同じくらいやわく丸まっている手紙。
おずおず手をのばすと床に落ちた影もうごきます。手紙がふかみどりの目の高さまでもちあげられた時、

「ようウルキオラぁ、まだ残ってたのかよう!」

のぶとい声がぶえんりょにしずけさをひきやぶって、かくれるグリムジョーは思わず声をあげそうになり、
呼ばれたウルキオラは思わず手紙をにぎりしめます。十番、としるされた名札に、どきりとします。
十番のヤミーも、十一人の住人の内の子どもでした。
あんぜんな場しょからこそりとのぞき見るふたりは、絵本にでてくる巨人とこびとくらい差がありました。
こびとはじわじわとくつ箱のすみっこに追いやられ、巨人はうんとやさしくない笑顔をつくって言います。

「オイ、テメエ今なに隠したんだよ。ほらそのうすっぺらい紙オレによこして見せてみろ」
「…………。」

巨人は、明らかに小人より大きな身体をしている大人でしたが、まだおとなではなかったのです。

あたまを小突かれて、ほそい身体はよろめきました。だから、ひ弱だなあ・と笑ってやりました。
グリムジョーは、ぞっとしました。
ぽかぽかとなぐりつける音だけがひびいて、背すじがひえていくのがはっきりと分かります。
いつでも誰にも不機嫌そうなかおをしている彼は、今までのどんな時より不機嫌そうに目をつむって、

こぶしの前に飛びだしていました。
反撃はできません。やり返す方法を彼はきちんと知っていましたが、少しでもうごいて自分の背後に
こぶしが届くのがなぜだかこわかったのです。夜にひとりでトイレに行くよりもそれはこわくて、

あきっぽいヤミーがあきらめるまでの三分間、結局すこしも、グリムジョーはうごきませんでした。
のぶとい声で吐かれるすてぜりふを、ほこりっぽい足元に這いつくばってききながら、黙っていました。
もう声をだす気力もなかったので、まず起きあがるだけの力をためようと、うごかないでいました。
ひ、と息をはくかすかな音がして、グリムジョーはようやく彼のことを思いだします。
(ああまだ帰っていないのか、あいつは)
なさけない自分のかっこうを見て、きっと自分がしたのと同じように笑っているにちがいありません。
ひ弱だなあと。ちがいないと思ったら――ちがいありました。

「……っ、―――……」

自分のよこにしゃがんで、彼は床を見つめます。
なんども息をはいて床においた手をうごかして、しろい手もとにある手紙をひっしにこすります。
ほそい指先が、しわをのばしていきます。ふかみどりの目は、こちらを見向きもしないまま。
大きな背なかのうしろで三分間もかたくにぎりしめていた手紙は、すっかりしわくちゃになっていました。

「ふ、―――っ……」

(……そんなに強くしたら、やぶれてしまう)
グリムジョーに声をだすきりょくは残ってなくて、ウルキオラに力かげんまで考えるよゆうはなくて、
やがてまっぷたつになってしまった手紙を見つめて、彼は身体に似あわない大きな声をあげました。
水でもかけられたようにぬれるほっぺたを見て、グリムジョーはぼんやりと、いたみを感じました。
ふたりは別々のことをかんがえます。
ひとりは手紙などかかなければよかったと思います。片ほうは手紙をもらえたのをよくないと思いません。

たとえ何がかいてあるかなんて知らなくても。ウルキオラもまた、ひらがながにがてでした。
漢字はすきでも、ひらがなはてんでだめなのです。ただし、筆跡だけは誰のものかおぼえていました。
手紙の内容など―――彼には分かりません。
ただ、自分の番号の箱に届けられたそれを、誰にも見せずにだいじにとっておきたいだけでした。