「このままじゃ留年だぞ、黒崎」
高校二年生ともなれば、定期考査の結果ひとつとっても、進路の大事な判断材料になることくらい
分かっている。が、分かっていてもその日、担任の口からいきなり飛び出した言葉には、
さすがに俺も絶句せざるを得なかった。
期末考査の数日後。後は夏休みを待つだけと言うその日、越智に呼び出されて開口一番の一言に絶句した。
絶望したとあっても誤植ではないだろう、それほどに頭の中で、決定的な一言が繰り返される。留年。
りゅうねん。即ち一年間在籍した学年の課程を、次年度改めて修学すること。
――留年、だと? いまいち事態の深刻さを飲み込めていないところに、
越智は、天気の話でもするような口調で追い討ちをかける。
「お前、ちょくちょくサボってんだろ。
いや成績は文句ないがね。遅刻に早退、出席した時限数もちょっとばかし足りてない。」
「え、ええ? いや、ちょっと、進級して半年も過ぎてねえ……留年て!?」
「そうだよ。半年も過ぎてないのにこの有様だから、警告してる」
ずずー、と湯気の立つ茶をすすって、越智はあわれむように目を細める。面談場所は放課後のひと気まばら
な職員室だ、大声を出すのはさすがにためらわれて(と言うより、衝撃が大き過ぎて実感がわかない)、
つい内緒話を意識した小声になる。
思いもしなかった。出席時限数の不足。確かに日中の虚退治で席を外したり、あるいは前夜から明け方に
まで渡る戦いに睡眠時間がずれ込むこともある。しかし、よほど危急の事態でない限りは、学業の方を
優先したつもりだったのだ。二の句が継げないが、それは裏を返せば、今まで多少の不備には目を
つぶってくれていたことになるのだろうか。
――だからって。石田の後輩になるかもしれない、思い至って、背筋が震えた。
留年。やぶれかぶれに、何か別の言葉と聞き間違えている可能性にすがる。
ただ、悲しいかな、苦し紛れにそう思い込もうとしても、とっさに語感の似た言葉を思いつけない。
やっとで浮かんだのが親父の知り合いの名前だったところで、俺はとうとう匙を投げた。考えなくては。
匙に刀にすがる前に、一度頭の中をまっさらにして、考えなくては。
「……そーゆーのをわざわざ俺に教えてくれるって、この後は当然、回避する手段のお話ですよね」
「まーね。察しの良い教え子をもてて教師冥利に尽きるよ」
椅子を半回転させてデスクに向きなおった越智は、卓上の本立てから一枚のチラシを抜き出した。
目に飛び込んできたのは、リゾートの観光案内と見紛うばかりの、まぶしい海の景色だ。その明るさ
とはうらはらに声量をぐっと落として、越智は呟く。
「今度××町で、青年海岸清掃ボランティアってのがあってね。高校生ばっかりのイベントで、
ウチでも一年から希望者を募ってて。それがなんか慣習になっちゃってるんだけど――
これ出たら、内申にポイントつかなくもないよ」
「何月何日何曜日の何時何処に何を持って俺はそれに参加すればいいんすか?」
言い切ったら、ばちりと視線がぶつかる音を立てそうなほど目があった。眉間のしわがひどくなって
いる自覚があるが、四の五の言ってはいられない。すると越智は満足げにうなずいて、釘を刺す。
「夏休みの日曜日だから来れるでしょ。遅刻したら承知しないからね。」
そしてチラシを寄こしながら、目的地の海岸と、最寄りのバス停の名前を口にした。
「……しかし、ね。
越智先生がえらく参加を勧めてくると思ったら、まさか黒崎のお守り役とは。もっと熟慮すれば良かった」
「あぁ? 俺だって知るか、他の参加者のこととか全然頭に無かったのに、それが石田とかな!
つかなんで来た。気付いたら隣に体育座りとか座敷わらしかお前は。心臓止まるかと思ったっつの」
「別に、僕は点数かせぎ。君こそそれ目当てじゃないの?」
「!? おい、点数目当てってそれどこで聞いた。留年って」
「へえ、留年するんだ黒崎。初めて聞いた」
「てめっ……、カマかけやがったな!」
「意外に大物が釣れてびっくりしたよ、海だけに。
留年の危機か。でもそれって死神代行辞めたら、綺麗さっぱり解決する問題じゃないかと思うんだけど」
「……のな、石田。
そっちが死神をどう思おうと構わねえが、俺にもそれなりに聞きたくねえ台詞ってもんが――」
≪――ちょっと、そこ。きみ達。空座高校の生徒さんだったね? 誰よりも早くに来て
受付を済ませたのは感心だけれど、人が話をしている時はちゃんと静かに聞かなくちゃ≫
「……すんません」
「すみませんでした。」
小声の攻防、ひとまず強制終了。私怨あふれる私語を繰り広げていた俺と石田は――
なかなか寝付けなかった昨晩の夢にも思わない、
海岸清掃ボランティアの会場で鉢合わせてしまった俺と石田は、参加早々叱られる羽目になっていた。
まさに主催者側から今日のスケジュールが説明されていた最中で、ちらちらと興味本位な視線がこちらに
向けられる。石田を含めた他校生の面々は、誰もが地味で動きやすい服装に身を包んで
(もし推薦入試に実技があったとしたら、こんな感じか)、見るからに真面目一辺倒だ。
間違ってもサンダル履きにこんな派手な色の頭なのは、自分以外に居ない。
それにしても、留年の一件がばれたり拡声器で叱られたりと、ひどく幸先が悪い。一応交際中とはいえ、
一年も経てばお互いに、いつどんな状況で顔を合わせてものろけていられる性分ではないのだ。ましてや
ここは学校でさえない場所なのに、お説教などと。
学校で無い場所。校舎のない海には、どこまでだって幅跳び出来る熱い砂浜が広がり、
簡単にはターン出来ない海水のプールに臨んでいる。
学校のない日に、学校ではない場所で、学校生ではない人に交じり、学校ではやらない事を石田とする。
肝心の代行業については、さすがに今日だけはと嘆願して手に入れた、たまのお休みだ。
それがこんな風に会うのなら。たまにはちゃんと計画立てて、遊ぶ用事で来たかったとか、幼稚に。
「――黒崎。いつにもまして注意力に欠けているみたいだけれど、来たのなら、役目は果たさないと」
「……え、」
見上げれば。
ゴミを入れるプラスチックかごとトングを二組み持った石田が、一組みをを俺に差し出していた。
ひとりでよほど呆っとしていたのか、一連の説明はとうに終わり、他の参加者はすでに道具を係の人から
受け取って、散りぢりに動き始めている。
さっきまでの論争は忘れ失せた。余裕を持って眼鏡を中指で押し上げる石田は、完全に装備を終えていた。
白Tシャツに白いカーゴパンツはそのままだとして、頭には(説明の間こそ外していたが)
大きな麦わら帽子をかぶっている。首に掛けているのは行きつけの手芸店の広告入りタオルで、
かごを背負って、軍手をはめた両手で武器のようにトングをかまえた立ち姿。
マントでも制服でも私服でもない、それでいてしつらえたように似合ってしまう出で立ちに目を疑った。
「……なんか農夫と漁夫を足して二で割った感じだな」
「どちらでもない、クインシー十割だ。」
訂正するやいなや、石田はさっさと踵を返す。作業着になってさえそんな宣言に説得力があるのは、
彼の手首だけはいつもと変わらず、強い日差しを跳ね返す銀のブレスレットを嵌めているからに違いない。
俺は何となく、それを似たように光る波打ち際で失くしたりしなければいい、と思った。もちろん
それは第三者的には伏線でも何でもなく、将来長くにわたって一護が見失うことはついになかったのだが。
現代、テレビのチャンネルを回すなり新聞を開くなりすれば一つはいやでも目に付く、エコロジーの概念に
対して、積極的な方ではないと一護は自覚している。まったくの無関心でもなければ特に重視しているわけ
でもない、たしかに妹達や石田に言われる範囲で節電・節水は心がけているけれど、
こんな風に自ら野外に清掃活動に出向くことなど、留年の危機でさえなければ、我ながらあり得ない行動だった。
だからここに来るまでは、決められた作業をこなして帰るだけだ――とたかを括っていたのだ。
時は七月後半。シーズンはちょうどスタートを切ったところか。
「……んー。つかさあ、海だよな? なんで海がこんな汚ったねえんだろう。」
「海が汚いんじゃなくて、ゴミを捨てる人の心が汚いんだよ。……と、あの立て看板には書いてある」
防波堤の赤く錆びた看板の受け売りで、石田は俺の独りごとに律儀に答えてくれた。毒舌はさておいて、
なるほどそう答えてくれる心は綺麗だと思う。綺麗。何となく。最初は誰も汚そうなんて思わない。
しかし何となく捨てていると、こうなるらしい。
熱せられた砂が剥き出しの足の指先でざらついて、サンダルで来たのを少し後悔する。花火の燃えかす、
海水と砂利で重くなったペットボトル、藻のまとわりつくビニール袋。
打ち上げられたくらげの死骸は、三秒あまり迷ってから砂に埋めて戻した。羽虫のたかっていた弁当の空き容器は、
しっかり踏みつけて潰してからかごへ。乾いた音。廃棄物で彩られた砂浜はカラフルでさえある。
足元の影はひときわ濃い。空は、よく晴れていた。
「石田は……、なあ、俺が留年したらどうする?」
潮風と喧騒でざわめく砂浜で、つかず離れずの地点でゴミ拾いを続けている石田に、それとなく声をかけて
みた。下手を打てば、代行業がどうのこうのと最初の言い争いをほじくり返すことになるが、言い当てられ
た手前、気にしていない振りを装って逆に話を振らなければいけない(よく分からない)焦りに駆られた。
と言うか、
俺は単に、この優等生を相手に引き下がれないだけなのだ。そんな葛藤も知らず、彼は目もくれず返答する。
「ええ、留年? そうか、
君は一年後輩になるわけだから、手芸部に勧誘……否、まずは先輩と呼ばせて上下関係を築くところから」
「入念に設定してんじゃねえ!あと俺の人生設計に勝手に介入すんな!」
「ん、介入したら駄目なんだ。それは知らなかった」
「……だったらな、お前が留年したとしたら?」
「一年頑張って一年飛び級するに決まってるだろう」
うあ、早くもくじけそう。
めでたく上下関係が成立したあかつきには、焼きそばパンやら手芸用品の使いっ走りをさせられかねない。
俺は何があっても最後は俺のためにしか行動すまい、そう固く心に決める。今だって俺は俺のためにゴミを
拾うのだ、外から言われようと揺らがず動じず、目的達成のためには聞く耳持たないぞ、と。
「黒崎、そこを動くな。」
くじけるな俺!
ざりり、深く足跡を残すほど踏み込んで、歯軋りの音をBGMに空き缶を握りつぶしつつ振り返る……
が、そこで反応が二拍ほど遅れた。彼が、自分の足元に跪いていたからだ。
「……裸足でサンダル履きでうろつくなんて、遊び半分で来てるのか、君は?
ガラス瓶の破片を踏むところだったぞ。波に洗われたものとはいえ、尖っているかもしれないのに」
「……、悪いな。」
「悪くないよ。ゴミを捨てるやつが悪い」
立ちあがって指さすは、錆びた立て看板その二。跪いたのはガラスを拾うためだった、自分の爪先に
半身を埋めていたガラスを石田はつまみあげ、かごに放る。かすかに砂粒をふりまく放物線は綺麗だった。
ちゃんとしたお礼を言えなかった口がむずがゆい。
その後、ビニールを着た流木を起こしながら、俺は考えた。遊び半分、と言った彼の言葉が頭の片隅に妙に
引っ掛かる。自分は自分のためだけに参加していたはずだけれど、石田から見ればそれは違って見えたらしい。
石田と会って、遊びたい方向に心変わりしたとか。
動機が動機なだけに、人助けひとつにさえ没頭できないのがもどかしいまま、足元の影は短くなる。
手を動かしつつ逆算して、まだまだ作業は長くかかりそうだ――と、悪い予感に遠慮することもなく。
正午は過ぎた。簡素ながら昼食も支給されたし(海を眺めて食べる牛乳パンと牛乳と言った
組み合わせもなかなか斬新だ)、そう言えば正月にもこうして二人でバイトしたっけ、と牛が描かれた白い
パッケージをなぞって思い出にふけったりもした。そんな風に、心は遊び半分だったのかもしれない。
足元の影が元通りに長く伸び始める時間帯まで、時間に気を取られることはなかったのだから。
最初に気付いたのは、石田だった。
「あれ。帰りのバスの時間、間に合わなくないか」
ポケットから腕時計を取り出して、盤面を覗きこみながら訝しむ。結局腕には丸一日着けていなかった。
潮風で金属が傷むなどともっともらしく抜かしていたが、じゃあ眼鏡は例外なのかと聞いてみたい。
意地になって本当に外されたらあつかいに困るから、あえて聞いてやらないけれど。
それよりも、困る。思わず顔を見合わせた。清掃活動の後片付けがかなり長引き、予定終了時刻を
過ぎても終わりそうにない。行きは空座町から乗って海浜公園前のバス停で降りたのだが(同じ車内で
お互い気付かなかった、奇跡だ)、折り返す便を逃せば次まで一時間待たなければならない、のに。
「……黒崎。どうせじっとして待つのなら、バス停ひとつ分だけでも歩かないか?」
石田はとんでもない提案に出た。
イベントにはちゃんとおひらきの段取りまであり、最後に参加者に配られる参加証明書、これだけは
手に入れて帰る必要がある。これを次の登校日である明日に越智先生に提出しなくては、意味がないのだ。
そうだとしても、大概疲れた脚でこれ以上歩くのか。信じられない。作業は一通りは済んだのだから、
事情を説明していち抜けすればよい話だ。そんな血迷った思いつきに乗る気は毛頭ない、
「ああそうしよう、ナイスアイデアだ石田。」
おや?
「おかしい……こんなはずじゃなかった……」
「何を仏々唱えてるんださっきから。喋ると余計に喉が渇くぞ」
「もう遅せえ……」
炎天下、眩しい宙に放り上げたペットボトル飲料の容器には何の重みも冷たさもない。海浜公園を出る
前に自動販売機で買ったものだ。ゴミ拾いの間はこんなものがあるから捨てられるのだと憤慨したが、
もしも無ければ今ごろ干物になっていてもおかしくないと肩を持つ。もちろん計画的な石田のそれは、
半分以上中身が残っている。レモンのビタミン飲料。
海岸線に背を向けて、もうずっと、左右を水田にはさまれた広い農道を歩いている。気だるい道すがら
思いを巡らせるのは、石田に会うとは夢にも思っていなかった昨日までの自分。
「石田ぁ……。俺が本当に、本当に留年したら、……なー」
「……そんなに心配かい? 越智先生の警告がさ。君にやる気を出させる誇大広告ってことはないの?」
「いや、俺だってまるまま鵜呑みにはしてねえよ。けど……駄目じゃねー奴には、いちいち言わねえだろ」
たとえば彼女は、参加者のいないボランティアの人数の埋め合わせに、たまたま自分をけしかけただけだと
か。勢い込んで参加証を提出すれば、なんだ信じていたのか、それにしてもご苦労だったと、笑い飛ばされ
るかもしれない。その方がどんなに気が楽なことか。むしろ明日の提出日が永遠に来なければいい、
そんなわがままをつらつらと真剣に願うかたわらで、石田はそっぽを向いて言う。
「僕は、黒崎が留年したら嫌だよ。君みたいな手のかかる後輩は要らない。……ただし」
ほんの少し、進む速度がゆるやかになる。
指を組んだ手のひらを上に背伸びをして、目線をちょうど同じに合わせたところで、石田は言った。
「留年の危機が本当だったとしても、ここに来れたのは良かったじゃないか。僕は来年も来たい」
「……だよなあ。そうなんだよ」
暗く頷く。それは俺にとって、おおかた予想した通りの言葉だった。
好きになって好きだと言った仲だ、だって、想像はつく。
「石田にとっちゃあ、そこそこうまい話だもんな。
海の風にあたって運動出来て昼メシが出て、点数も稼げるんだから」
「? ああ…、ね。それも無くは無いけど」
気の抜けた炭酸水みたいな返事をもらって、やり取り終了。
空になったペットボトルを望遠鏡代わりに、小さな穴から果てない一本道を覗いてみる。こぼした
愚痴じみてひねくれて屈折する視界は、なればこそ、石田が歩み寄っているのに気付くことまで遅らせた。
稲穂の波を揺らす潮風が遠のいて――ばあっ、と視界が一気に翳る。
麦わら帽子を、頭から乱暴にかぶせられていた。音も光も一瞬捉えられなくなって、地に足のついている
感覚だけが不意に浮き彫りになる。帽子のつばのほつれた切れ端が、ちくりと首筋を撫であげる。
甘ずっぱい残り香ごと、唇をふさがれている。何だ。無償の奉仕がボランティアなら、これは何だ。
(俺は石田に手伝われて、呼吸している。)
舌の上で息を転がす。石田の声が音階を生む。
「……留年しようがすまいが、
死神代行だろうがなかろうが、もう一度点数稼ぎに来ようと言っているんだよ。僕は」
ささやきを最後まで聞く前に、麦わら帽子は取りあげられてしまった。
風にばらけた黒髪が、去り際に頬をくすぐっていく。まるで体温がすべて唇に集まったみたいで、
喉元もと過ぎてもその熱を忘れられる気がしない。
「……馬鹿野郎。参加証欲しさなんかで二度と来るか、次来る時は遊び半分だ」
白い背に吐き捨てて、ペットボトルを握りしめた。
(こんな人間の後輩になんかなりたくない。)(嫌われたとしても、死神の力で護りたい。)
自分のためだとばかり思っていた、留年したくない理由まで、全部石田にかっさらわれているなんて。
結露した水滴と滲む汗が一緒くたになった生温さは、
今夜から雨になるでしょう、そう言っていた今朝の天気予報を、いまさら俺に思い出させた。
翌日、夏季講習の登校日。職員室の越智を訊ねて――雨竜は職員室の扉を叩いた。持って来たのは
軍手でもタオルでもない、級友に断りを入れてから預かった参加証、二人ぶん。手提げ鞄に入れて
長時間移動したせいか多少端が折れてはいたが、きちんと名前まで印字されているあたり、十分だ。
「越智先生、参加証をもらって来ました。一応、僕と黒崎の二人ぶんです」
「おー、ご苦労さん。ってこたあ黒崎はちゃんと来たんだな」
「来ました。『僕がどんなに誘っても頑として首を縦に振らなかった』のに、それもこれも
『僕達の不仲を越智先生に相談したおかげ』です。……とは言え、ずいぶん脅したんですねえ」
「あ?あぁいやいや、ありゃ三割脅しで七割本当だったのよ。でもこれでギリ一学期の成績には加算出来る」
「……え?」
くわしく訊き返そうとして。まあ過ぎたことだ、軽く聞き流して雨竜は適当に相槌を打つ。
「ま、どっちにしても先生が受け持ちの子に留年して欲しくないのは本当。
で、受け持ちの子に仲良くして欲しいのも本当。な訳でお前ら、仲良くできたか?」
「出来ましたよ。少なくとも僕は」
「良かったな。これからも何かあれば相談してくれ」
「はい。ありがとうございました。」
「黒崎もあれで困った奴だから。出来るだけ誰かが見張って、手伝ってやらんとな」
「……そうですか?」
「そうですよ?」
当然だと言わんばかりの、ひどく真顔の答えに少し気圧される。わかりました、とりあえず深く頭を
下げて職員室を後にすると、肩に入っていた力が抜けた。廊下の窓を強く叩く雨の音は、
そんな安堵とは無縁だけれど。
昨晩から今日にかけて、いったい何がお天道さまの機嫌を損ねたのか、不思議なほどに激しく雨が降って
いる。もしかすると綺麗にごみを取り除かれた海をうらやんで、自分だけ放っておかれたことに拗ねた
のか。あるいは天下で熱い交遊を見せつけた高校生ふぜいに気分を害して、つばを吐きかけているのか。
空想と回想にのめりこむ。昨日のことは、よほど思い出したい記憶になってしまったらしい。
一日経てばもう熱が冷めて、冷えた雨が降るかもしれないにもかかわらず。
小さな嵐に荒れる海を思いやった。
(こんな荒れ模様で、海にまたたくさんのごみが流れ着いたりして。)
昨日のことが無駄になる――と嘆きかけて、すぐにかぶりを振る。
たとえそうなっても、それは、再び黒崎とあの海でゴミを拾う口実が出来たに過ぎない。
地球を救う気があろうとなかろうと、要は、困った人一人を救えれば、困ったことにはならないのだから。
少なくとも。
この土砂降りのおかげで困った人に傘を差しかけることが出来る、そんなプラス思考に全部をゆだねて。
放課後はどういったタイミングでその善行を実行に移すか、雨竜は、そればかりに悩んで困っていた。