逃奏中!

「刻阪、どうだ? ターゲットの動きは」
「ああ、変わらず停留所のベンチに腰掛けて居るが、また手荷物を確認してる。やはり部長、念入りだな」
「了解。じゃそろそろ、オレらも……って、バス来た!」
「追うぞ!」
「ああ!……の前に、これ買っていい? 今週号読みかけなんだ」
「いいけど、急げ!」

大通りに面したコンビニ店内、その雑誌コーナーで刻阪と立ち読み(のフリ)をすること十分。
定時に着くバスに「目標」が乗り込むと同時に店を出て、買ったばかりの週刊少年漫画を自転車の前カゴに放り込む。
かけ慣れないダテ眼鏡のせいで疲れ目ぎみだ―――
それは隣でおそろいの黒服(上下)に身を包み、きざっぽく中指でブリッジを押し上げる刻阪も同じか。

だけどここまできて後には退けない、「刻阪と一緒に奏馬先輩を追跡する」なる今回のミッション、
――逃がす訳には、いかないのだ。
 
 
「お前らだって気付いてるだろう?――最近奏馬がずっと悩ましげで、コソコソしてることくらい。
部活が終わるとすぐ家と逆方向のバスに乗ったり、携帯の履歴に鳴苑高生じゃないやつの名前が入ってたり、
明後日もどこかに出かけるらしいのにオレはあいにくスケジュールが空いてない、つまりだから尾行しろ」
「部活はまだしも携帯なんて知る訳ねェしっつーか最後の文脈おかしくねェスか?!」
「じゃあ言い換える、バイトしろ。日給はお前ら御用達の中華屋のテイクアウトタダ券な」
「やります」

赤ちゃん怪獣の一吠えで、というか食い気優先でオレ達は奏馬先輩を売っ……背後から見守ることにした。
なにせ、いつも周囲に目を配り和を重んじる部長が、音羽先輩さえ伴わずに一人で動いているというのだ。
もしも厄介事を抱えているのなら心を「見」てフォローする必要もあるんじゃないか、
と二人で相談した結果――ロックフェスのために仕立てた黒服と音羽先輩が貸してくれたダテ眼鏡で変装し、
心地よい追い風の中自転車をこぎまくる、なんともシュールなサイクリング・ロード。
 
 
タダ券に釣られた身ではあるが、こんな晴れた日に刻阪と出かけているだけでももうけものだ。
そのうちに道はにぎわう通りを逸れ、山並みを遠目に、菜の花畑を横目に、視界に緑が増えてくる。
エンジンの排気音の合奏は、いつしか鳥のさえずりや用水路の清かな水音へと変調していた。

「気持ちいなァ」
「だなー。今朝じっと張り込んでる時は肌寒かったけど、身体動すとちょうどいいね」

ガードレールを五線譜に、『このままずっとこいでいたい』、りらりた鼻歌で口ごもりながら。
(なんだかすべてが出来過ぎだ、春風にふくらむ黒いシャツは太陽の光を集めて暖かいし、
ダテ眼鏡も今や風よけのゴーグル代わりになっている。そして前かごで軽くめくれる、好きな漫画誌。)

距離を保ちながら追うバスはやがて大通りから道を外れ、緑化公園前の停留所に吸いこまれた。
並走する刻阪とは、もはや目くばせ一つで息が合う。自転車置き場に滑り込んで息を整えていると、
バスを降りた奏馬先輩は、腕時計に目を落としてから歩き出す。

「待ち合わせみてェだな。心はニュートラルっぽいが」
「うん。バスに乗る前に買ってた洋菓子の包みも、一人で食べ切るような品じゃないし。やっぱりか」 
「……邪魔しちゃ悪ィよな」
「うっ……。ま、まだ分からないぞ。待ち合わせ相手にワイロを要求されたのかもしれない」

アホだ。
まあ尾行中に漫画を買うのも大概だけれど(鞄が無いので、ビニール袋ごと持ち歩くしかない)。

しかし、肝心のターゲットの背が高く目に留まりやすいというのは、こちらもやりやすくていいのだが……
鯉の泳ぐ池を迂回し、桜の植えられた広場に来るまで、人目をはばかる様子は彼には全く見られない。
どころか、おもむろに鞄からデジタルカメラを取り出したかと思うと、まだつぼみの桜の枝に向けて
ぱらぱらとフラッシュを焚き始めた。肩を寄せながら、オレと刻阪は自然と顔を見合わせる。

よく見たら、見頃にはちょっと早い桜を眺めている客は他にもちらほらいる。と、
漫画誌を盾に植え込みからちょっと身を乗り出した時だった。

「ああっ! あなたたちもそれ読んで遊びに来てくれたの!?」
「うわあぁ!!?」
「――え? ああ、今日はどうもお世話に……って……神峰君、刻阪君、だよな? それ、私服?」

背後から叫んだ彼女と、盛大にこけたメンインブラックなオレ達と、首を傾げているターゲットと。
まあそんな『尾行中に気付かれる』不幸中の、唯一の幸いといえば。
「お花見の場所選びに協力してもらったお礼に」彼女に差し入れるためのケーキの箱を、
奏馬先輩が取り乱して地面に落とさなかったことだろう。
 
 
黒服はもう脱いだ翌日。
持ってきたダテ眼鏡を握り潰しかけながら、オレ達はことの首謀者に詰め寄っていた。

「お・と・わ・先輩……、なんで騙したんスか、おかげでオレ達大恥かきましたよ!
コソコソ連絡取ってるも何も、相手の方は公園の管理人のお孫さんだそうじゃないスか!?」
「心外だな。事実は伏せたが別にウソはついてないぞ、
そもそもオレは『尾行しろ』と頼んだだけで、真実を暴けとかそんなことは一言も言ってないが」
「ッ……!!」

海外ドラマみたいに肩をすくめる暴君のわざとらしさには言葉もない。
あれほど意気込んだミッションに、なんとも締まらないオチがついたものだ――
「部で出かけるお花見のベストスポットはどこか」を思い悩んでいた奏馬先輩は、
いくつかの公園を下見に訪れた際、鳴苑高校の卒業生でもある女子大学生と偶然知り合ったのだという。
そして景色のいいポイントや屋台の配置・場所取りについてアドバイスをもらい、
昨日は最終確認もかねて、お世話になったお礼をするため待ち合わせた、ということだった。

さすがの刻阪もたまりかねてか、はあぁと深くため息をつく。

「たまたま神峰が今週号を持ってたからごまかせたものの……。何でも式々公園がモデルになったっていう
花見スポットが漫画に出てきて、それ目当てに来た人や問い合わせが他にもあったらしくて」
「ああ、いわゆる聖地巡礼というやつか。良かったな」
「で・す・か・ら! 奏馬先輩何も悪くなかったんスよ!」
「そりゃあ良かった、悪くないんだから。それはそうと点心のお味は?タダ券でたらふく食えたか? ん?」
「……」
「……」

にたあと口角を吊りあげ、音羽先輩はくんと顎を上げる。それはそれは、わざとらしく。

「くそ真面目なお前らのことだ。
オレがこうでもしないと、春休みなのに一日も遊びもせず、勉強だ練習だ特訓だで終わりそうだからな。
いいか、頭からっぽで春休みを謳歌できるのなんて一年坊主の今年だけだぞ」

春休みを『桜花できる』、なんて聞き間違えるのも、陽気のせいと押し付ける。
追いかけていたはずが最初から罠の中、笑うしかない――隣の刻阪も、恥ずかしそうに頭をかく。

「参ったなあ……。音羽先輩、この借りは金魚すくいで返しますからね」
「ほう、楽しみだな。待合室の水槽にもう少し華が欲しかった所だ」
「! じゃ、じゃあオレは託児室にぬいぐるみ持っていきます」
「? 子どものじゃれ相手なら別にお前でもいいんだが」
「良くねェス!!」

良からぬ腹黒い企みに巻き込まれてどっぷり楽しむ、こんなブラックな働きの〆には、最上のお疲れ様を。
オレはついつい昨日のクセが抜けきらず、かけていない眼鏡のブリッジをきざっぽく押し上げていた。